言いがかり
たくさんの声がしてきた。
「ほんとに死んでるんだろうな?」
「ああ、動かない。人がいる気配もあった」
「まあ、これだけ人数がいれば大丈夫か」
十数人がこちらに向かってきた。僕とモルンを見つけて足早になる。そろいの革鎧に身を包んだ街の警備隊、思い思いの装備は冒険者。子どもたちを守ってくれていた人もいる。
「誰か!」
「こいつ、猫を連れてた木証の小僧か」
「木証?」
「おい! 煙の魔物はどうした!」
「あれだ! 狂熊かこれ?」
「死んでるのか?」
「頭がねぇ。ズタズタだ」
「……おい、ちょっとまて。何だ、あの小僧の手!」
「こいつ、魔物じゃねえだろうな」
やいのやいのと一斉に質問してきた。僕はみんなを押し留めて答えようと、両前足をあげた。
「本物?」
「作りもんじゃねえのか?」
タジタジとなりながら答えた。吐き気をなんとかこらえる。
「ええと、狂熊は死んでいます。僕らで討伐しました」
「なにぃー!」
「お前がか? こんな小僧が?」
「いや、だが煙はないぞ。ただの狂熊か?」
「この小僧は嘘つきだ。小僧に討伐なんてできるはずがない」
「ああ、そいつは嘘つきだ。俺たちが討伐したんだ」
キツネ顔がニヤリと笑った。
「この狂熊は俺たち『無敵の強者たち』が討伐したんだ」
「なっ」
「おまけにこいつは、俺たちの仲間を殺した」
「はぁ?」
「荷物持ちのチーロを身代わりにして、逃げやがった!」
「おお、おお、そうだ。こいつは半分魔物の人殺しだ!」
「あんな手、きっと魔物だ!」
「えっ、な、なに! この子は人間じゃないのか?」
「くっ! 犠牲にしたのはお前のくせにぃー!」
「横取りか? モルン! 狂熊をしまって!」
「あ、うん!」
狂熊をモルンが魔法の袋に収める。警備隊と冒険者たちから声があがった。
「消えた!」
「狂熊が消えた?」
「こいつらがなにかしたのか?」
「おい! 俺の狂熊をどうした!」
キツネ顔が詰め寄ってきたが、前足を警戒したのか手の届くところまではこない。
「討伐したのはボクらだ! お前らじゃない!」
モルンが激高して言いつのろうとしたとき、警備隊の中でも年かさの隊員が割って入ってきた。
「待て! ザール、ほかの冒険者を身代わりにしたと言うんだな?」
「ラッザロ、信じるのか?」
ひとりの冒険者が嫌そうにザールと呼ばれたキツネ顔を見ていった。年かさの警備隊員は鋭い目つきをザールに向けている。
「あん? ああ、そのとおりだ、ラッザロ。人殺しだ! 捕まえろ! うちの荷物運びを、狂熊の方に蹴り飛ばして襲わせやがった。とんだ損失だ! 払わせてやる!」
「そ、そんなことしてない!」
「テオはそんなことしてない!」
「まあ待て。おい、あたりを捜索しろ。その荷物運びを探せ。その小僧と猫が逃げないよう見張れ。魔物かもしれん、拘束するんだ」
何人かの警備隊と冒険者があたりを探しにいった。
「狂熊はどうした? どこに消えた?」
ラッザロと呼ばれた警備隊員に僕が答えた。
「討伐した狂熊は瘴気の魔物です。魔術師ノ工舎に届けなくてはなりません」
「瘴気? 魔術師ノ工舎?」
「ええ、異常な魔物です。報告しなくてはなりません」
「俺の狂熊を!」
「ザール、ここで言い合うのは危険だ。街に戻ってから隊長に判断を仰ぐ。で、狂熊はどこへやった? お前が持っているのか?」
「はい。僕らが持っています。いつでも取り出せます」
「……うむ。よし、あたりを捜索して街に戻るぞ」
冒険者とラッザロが僕らを見てうなずく。
不機嫌な顔をしたザールが、急にニヤニヤと笑いだす。
「ラッザロ、こいつは魔物だ。危険な奴らだぞ。得体が知れない。俺から副長に言っておく!」
そう言って狂熊の通った跡から荷物を集めるよう、仲間たちに指示しはじめた。
警備隊は僕らに及び腰で槍を突きつけ、猫の前足をロープで縛り上げようとする。
「僕らは悪いことは何もしていない!」
「そうだ! 狂熊を討伐しただけなのに!」
大きな声を出すとクラクラする。
「抵抗するな。話は警備隊本部できく。連れて行け」
「待ってください。抵抗などしません。……僕らは魔術師です。魔術師ノ工舎の者です」
魔術師証を引っ張りだした。
「鋼の魔術師証は珍しいものです。ですが記章を確認してください」
「……」
「ボクらは大人しくついていくよ。街で確認すればいいんだ」
「わかった。だが、武装は預かる」
「わかりました」
短杖と剣を手渡そうとしたが、近づいてこないので地面において下がった。若い隊員が拾い上げる。
「本部につれていけ。冒険者ノ工舎にも伝えておけよ。残りはここを調べるぞ」
街門広場に面した警備隊本部、その一室に入れられ、大人しく待つようにと指示された。
本部に入るまで、大きな前足を物珍しそうに街の人がジロジロ見ていた。
通された部屋で椅子に崩れ落ちるように座りこむ。
モルンはテーブルに登ったが、大きな前足は扱いづらく横向きに寝て、時折ケイレンのように震えている。
自分の気持ち悪さを抑えて、大きな肉球でモルンのお腹を撫でるのが精一杯だった。
しばらくしてラッザロが、見たことのある冒険者ノ工舎の職員といっしょに入ってきた。
「あの手。人が魔物になっているのか? 猫の方も異常に大きな前足? いずれにしろ、聞いたこともない魔物だ」
僕らの木証を確認するときに、魔術師証も見て首をひねった。
「確かに魔術師ノ工舎の記章だが。鋼の魔術師証? どこかで聞いたことがある。少し調べてみよう」
「本物の魔術師証なのか?」
「そうだなぁ、調べたほうがいいだろう。万が一にも、魔術師ノ工舎と対立するなんてことは願いさげだ」
ここで、職員は声を潜めた。
「ラッザロ、注意した方がいい。あいつなら無視しかねんだろう? だがもし、本物だったら……」
「……ああ、そうだな。隊長に直接伝えておく」
「もうすぐ、巡回魔術師がくる。それまで処分を保留にするべきだろう。こっちも長に言って、狂熊の件をおさえておく。こいつらの持ち物も……ザールには渡さないほうがいいだろう」
「ああ、あいつらの話しは信用がおけん」
「巡回魔術師を待つべきだな」
「そうだな。魔術師ノ工舎を敵に回すなんてごめんだ」
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