大きな桃色肉球
「タヌゥーって、なんだったの?」
「精霊猫? 猫師?」
「でも、でも、助けてくれたから、悪い人じゃないよね」
「うん。治療も魔力も。……きちんとお礼できなかったのは残念だね」
タヌゥーが消えていった森を見つめてため息をついた。でも、この手、いや、前足。なんで? 中の人? モルンのは自分のが大きくなった?
「モルン、この前足。猫、だよね?」
「そーだね。テオは白なんだね」
大きな猫の前足。白い毛並みが狂熊の血で汚れている。あれ?
「あっ! ねえ、まわりの魔物がわかるよ。モルンはどう?」
「ん? ほんとだ。わかる! さっきよりわかるよ!」
「こんなにわかったの初めてだ」
「んー、ボクは前ほどじゃない。でも、この街きて魔力が無くなった時よりわかる」
「タヌゥーのおかげかな」
「だねー」
「まわりに危なそうなのはいないから安全かな。……でも、この、て、いや前足じゃあ剣と短杖が拾えない」
僕は自分の肉球、大きな桃色の肉球を見つめて考え込んでしまった。
モルンは落ちている僕の短杖まで歩いていき持ちあげた。
「これでも持てるね。テオもやってごらんよ」
モルンの声は聞こえていたけど、つい前足に見とれてしまう。大きな肉球。桃色で広げたり窄めたりできるな。
ニュウっと爪が出てきた。長くて鋭い爪。これ、モルンの手甲鉤みたいだ。剣は受け止められないかもしれないけど、
狂熊の頭を引き裂いた威力は強力だな。
「テオ?」
何度も爪を出し入れしてみた。一本ずつも出せるし、便利かも。
それと肉球だ。ちょっと爪でつついてみると、柔らかく弾力がある。モルンが高い所から着地しても痛そうじゃないのは、この肉球のおかげかな。
「テオ!」
「え?」
「もー、ほら、前足大きくなってもボクは短杖が持てるよ。テオもやってみて」
「ああ、うん」
モルンが目の前に置いてくれた短杖に前足を乗せる。肉球に短杖の感触があるな。モルンみたいに持てるといいけど。
「あれ?」
「どうしたの?」
モルンに向けて短杖を持ち上げてみせた。
「持てるよ。でも……」
「テオも浮かせてくっつけられるんだね」
「いや。そうじゃないみたいだ。前足の中に自分の手がある」
「なかに? あ、ああ、重なってる。うん、たしかに。ボクが子猫と若猫、成猫の大きさになった時とおんなじだ」
「人の手と猫の前足が重なってて、どちらも自由に使えるってことか。短杖を握れるし、爪も出せる」
そういいながら僕は落ちている剣のところまでいき、剣を拾いあげた。
「なんとか持てるね」
「ボクはこれじゃあ手甲鉤つけられないなぁ」
「うん、あ、フクちゃんはどう? 細かいことできる?」
「試してみるよ」
モルンは魔法の袋をフクちゃんから出し入れしてみる。
「大丈夫だね。狂熊を入れられるかな?」
「この狂熊も魔術師ノ工舎に渡したほうがいいだろうね」
「そうか、瘴気だね。腑分けする?」
「いや、このままで渡したほうがいいかな」
僕とモルンは、何度か狂熊を魔法の袋に収めたり、取り出したりしてみた。出した狂熊を観察する。
ガエタノが仕留めたものより大きな気がした。僕の前足一撃でか。瘴気も裂き払うことができた。
「あれ? ……なんだか目が回る……」
「テオも? ボクも」
「うー、気持ちワルイ……」
僕もモルンも肉球で口を押さえ、お腹をさすった。
「……ねえ、モルン」
「なに?」
「僕のこの手……ずっとこのままかな?」
「はい?」
「猫の前足。このままじゃあ注目を集めそう。変じゃない?」
「全然。人の手より、そっちのほうがカッコイイよ」
「そうだけど……」
「うーんとね……前足じゃなく、自分の手にイシキを集中してみて」
「意識を集中か。僕の手、動いている僕の手」
薄っすらと猫の前足と人間の手が重なって見えてきた。どちらかに集中するとはっきりと見える。手でも前足でも意識したほうが濃くなってくる。
その時、こちらに向かってくるものに気がついた。忍びやかに近づいてくる。
モルンを見ると僕に向かってうなずいて、気配のする方にヨロヨロと向かっていった。
僕も身を低くして、揺らさぬように気をつけて草の陰に隠れる。
しばらくして気配が消え、モルンが戻ってきた。
「訓練場で見たことがある人だった。たぶん狩人かな。遠くから狂熊を見て戻っていったよ」
「狂熊の偵察なんだろうね。討伐されてるのがわかったら、大勢でくるかな。うーん、この手どうしよう?」
「そのままがいいよ。おそろいだね」
「そうだけど……」
ずっとこのままだったら、どうしよう?
お読みいただき、ありがとうございます。
客観的に見れていない部分もあり、ご感想、ご意見などお送りいただけると感謝感激です。
誤字脱字もお知らせいただければ、さらに感謝です。
★★★★★評価、ブックマーク、よろしくお願いいたします。




