第一章 レストラン創業! 8-ガートナー家へようこそ
隣町ウェストンのとある家の前でスヴァンは、何事もなくドアをノックしようとしているダルクとその横のトレインに待ったをかける。夜であたりが暗いせいか、スヴァンの顔は凄みがあった。
「おい……なんなんだよこの展開は……」
「え? どうしたんだい、スヴァン」
「ダルクがポストに入ってた地図を受け取って、俺たち三人が隣町まで歩きで行ったのはまぁいい。だけどその次だ! ダルクお前何したか言ってみろ!」
「え……その地図をなくした。その次にスヴァンが野犬にどうすればいいか聞いて、その野犬の跡を追っていくとタクシーがちょうどいて、トレインが駆け込んでそのタクシーに乗って。ようやくガートナー家にたどり着いたときに運転手のお涙頂戴話に感涙したトレインが勝手に多額のチップを渡した」
「そして僕はこう叫んだのさ。『僕としたことが!!』ってね」
「お前らほんとアホかよ! そしてそれを何食わぬ顔でなかったことにすんな!!」
ダルクとトレインの二人を指でさし大声でまくしたてるスヴァンにダルクは小さく反論した。
「待ってくれ。俺は地図をなくしただけだ」
「てめーが地図なくしてなかったらこの一連の事態は起こらなかったんだっつーの!!」
と、ダルクを指さして怒ったスヴァンは、
「えっダルク、それは僕だけアホだと言ってるようなものじゃないか! ひどいよ!」
「てめーは正真正銘アホなんだよ!」
と、今度はトレインに向かって指をさして咆哮した。
すると。
「あの……」
目の前のドアが静かに、チェーンをつけたまま少しだけ開いた。
中から五十代ほどの男が強張った顔でこちらを見ている。
「君たちは何者だ? もう夜なんだ、静かにしてくれないだろうか」
「あ、申し訳ない。あなたはハミエル・ガートナーさんか? 会計機を作ってもらいたくて俺たちはここに来たんだ」
ダルクの申し出に少し顔が明るくなったような男は「少し待ってくれ」と言ってドアを一度閉め、数分後にドアが開いた。
「おっしゃる通り、私がハミエルだ。中へどうぞ」
そう言ってハミエルはダルク一行をガートナー家の中に招き入れた。
後ろを行くトレインとスヴァンは小声で話す。
「今の間はなんだったんだろう?」
「外に出ていけねー服だったんじゃね?」
「なるほど……」
そして応接間のような部屋に連れていかれたダルク一行。その部屋はハミエルの発明品がたくさん並べられている。そして奥の中央にある丸テーブルを囲うように並べられた豪華な椅子に座るようにハミエルに言われた。その椅子はふかふかで、とても心地いい。
「うっわ、めっちゃいい椅子じゃねーか」
「心地いいね。寝れそうだよ」
「それじゃあハミエルさん、本題なんだがホテル・リベルタにあった会計機を俺たちにも作ってもらえないだろうか」
するとハミエルは立ったまま宙を見て考えるような素振りをしてから、
「いいとも。少し待ってくれ、依頼書と計算機を持ってこよう」
そう言って傍らの棚から依頼書と計算機を探り当て、ダルクたちの目の前にある丸テーブルに置いた。
そこに書いてあった会計機の金額は割と高い。トレインは目を見開く。
「これは……、結構な額だね」
ダルクは少し難しそうな顔をしながら腕を組み、「しかし、妥当な金額なのかもしれない」と渋々受け入れた。
「まぁ俺たち、今は金あるからなー」
何でもないように言うスヴァンと、それにうなずきながら依頼書にサインをするダルク。
トレインはふと、ハミエルと目が合った。その目に映るのは……かすかな恐怖。
「待つんだ」
トレインのめずらしく威圧的な声にダルクとスヴァンだけでなく、周りが沈黙した。
「ここにいるのは僕たちだけではないね? ハミエルさん」
「どういうことだ、トレイン……?」
不思議そうな顔をするダルクをよそに、トレインは立ち上がって今しがたハミエルが立っていた場所と同じ場所に立ち宙を見上げて指をさした。
「ほら、そこにいる君たちだ」
その目線の先には壁時計が置かれていたが、そのガラスの面に反射するのは見知らぬ男たちの顔。応接間から続く別の扉付近に隠れていたらしい。
「くそ!!」
そう言って一人の男がナイフを持って飛び出してくるのと、ハミエルががくりと床に膝をつくのは同時だった。
「スヴァン、頼んだよ!」
「結局俺かよ、しゃーねぇな!」
そう言いながら腰もとのナイフを引き抜き、男に応戦するスヴァン。
ダルクがスヴァンに「殺すなよ!」と言いながらハミエルを安全な場所に誘導すると、ハミエルは怯えた顔でダルクに掴みかかった。
「待ってくれ、その扉の奥に息子がいるんだ! 男の仲間に人質になってる!」
「敵は何人だ!?」
「あと二人だ!」
ハミエルが答え、扉の方にダルクが走り出すのとスヴァンがナイフの柄で敵の男の頭を殴って気絶させるのはほぼ同時だった。ワンテンポ遅れてスヴァンもダルクを追いかける。
トレインはハミエルに「ロープはどこだい!?」と聞いて、ロープを持ってきたハミエルと二人がかりでスヴァンが気絶させた男を縛り上げた。
直後に隣の部屋からダルクの「トレイン、ロープをよこせ!」という声が聞こえて今度はトレインがロープを持って隣の部屋へ行こうとする。ハミエルも息子が心配で後に続こうとしたが、
「あなたは男を見張ってて!」
と言われて、おとなしく従った。少し安堵の息を吐く。
数分後。
隣の部屋からダルクが敵と思われる縛り上げられた黒ずくめの男二人を、スヴァンが長身で細身の二十代くらいに見える赤毛の男を保護し、大きな鳥かごを手に持って戻ってきた。
「ロン! クロワール!」
ハミエルが叫ぶと、赤毛の息子ロンがスヴァンから鳥かごを受け取ってその檻を開け、中から中くらい程の黄色い体と赤いトサカのついたオウムを出してからハミエルに抱き着いた。トレインはそれを見て微笑み、警察を呼びに外へ出る。
*
しばらくして警察がトレインの誘導で来て、男たちを連れて行った。
「なぁ、そいつ変だぜ。助けてやっても喋んねぇし、話したとしても言葉を全部横のオウムに喋らせる」
スヴァンの言葉を聞いたロンは横のオウム、クロワールに耳打ちして、クロワールが「うるさい! ウルサイ! 助けてくれてありがとう!!」と可愛い声で喋る。ハミエルは苦笑した。
「うちの子は外の人に対して恥ずかしがって喋れないんだ。だからこのクロワールが代わりに喋ってくれるんだよ」
するとクロワールはスヴァンの肩に飛んで行って、頬にすりすりと体をこすりつける。
「オマエ、すごかった! つよかった!!」
その様子を見て、ロンとハミエルは驚いた顔をした。
「その子、普段は人になつかないんだがな……」
スヴァンは困った顔をしてから、「え……耳打ちされなくても自分の意思で喋れるコイツ、なにげ天才じゃね?」と指でクロワールの頭を撫でる。
「助けてくれてありがとう、えっと……ダルクくん、かな。ところで君たちは何者なんだ?」
そのハミエルの問いかけを聞いたダルクたちは顔を見合わせ、笑った。
「しがないレストランの人間だ」
*
ハミエルから地図をもらって帰路を歩くダルクたち。
「ところでよく気づいたな、トレイン」
「ん? まぁね。ハミエルさんの様子がずっと気がかりだったんだけど、確信したのはハミエルさんが金額を提示したとき。手首にうっすらロープの跡があったんだ」
「全然気づかなかったぜ。やるじゃねーか」
ダルクはハミエルにもらった契約書を見ながら微笑む。
「しかも、会計機の値段を安くしてくれたしな。お手柄だ、トレイン」
トレインは照れたように笑った。
*
窓から遠くなるダルクたちを見送ったロンは、クロワールの頭を撫でながら言った。
「クロワール、『クロワール』は『信じる』って意味を込めてつけた名前なんだ。知ってるかい?」
「ハツミミ! 初耳!」
「さっきあのスヴァンって人になついていたってことは、君はあの人たちを信じるってことなのかな」
そう独り言のように言ったロンは、どこか嬉しそうだった。