第一章 レストラン創業! 6-意外な才能
建物の中をシューレに一通り説明したダルクたちは、最後に住居スペースへと案内した。
「ちなみにだけど、僕たちもここで寝たことはないんだ」
トレインの言葉に「そうなんだー」と返すシューレだが半分くらい聞こえてないのか、住居スペースを物珍しそうにキョロキョロと見ている。一方トレインは棘のある返しをしてこなかったことにほっと一息ついた。
「ちょっと色々見させてもらってもいいかなー?」
住居スペースの内部に興味津々なシューレにダルクはどうぞと手で促す。
階段を降りた先には広々としたリビングがあり、ダイニングキッチンとつながっている。向かって左側には個人部屋の入り口が奥へずらりと並んでいた。個人部屋の扉はすべて空いた状態になっているが、簡素なベッドとクローゼット、タンスが各部屋に備え付けられているようだ。
「個人部屋がずいぶんたくさんあるねー。何部屋あるのー?」
「全部で十二部屋だったと思う」
シューレの横を歩くダルクがそう答えた。
「君たちの仲間はそんなにいるのかいー?」
「いや、残念ながら俺たちはまだ君を入れて四人しかいないんだ。これから増えてくれたらいいなとは思っているが」
「そっかー」
個人部屋を左に見ながら二人は奥へと歩を進めていく。右手にあるキッチンを通り過ぎると通路になっていて、一つ目の扉がすぐそばに現われた。
「開けてもいいかなぁ」
「あぁ、どうぞ」
シューレが扉を開けるとそこは脱衣所のようだった。数人で使えるようになっていて、割と広い。
「広いねー」
「一応大浴場みたいになってるんだ。その奥の横開きの扉を開けてみてくれ」
シューレは言われた通りに、すりガラスになっている横開きのドアを開けると大きな風呂場があった。右手の空の浴槽は大きく、左手にはシャワーがいくつか備えられている。
「すごいや、公衆浴場みたいだねぇ。僕こんなに大きいお風呂入ったことないよー」
「申し訳ないが、掃除をしたりしないと湯には浸かれないんだ。当分はシャワーで勘弁してくれ」
「わかったよー」
「さぁ、次に行こうか」
ダルクが一足先に脱衣所から通路に戻り、シューレも後に続く。
数メートル進むとまた右手に扉が出てきた。
「ここが男性用トイレだ」
「男性用、ってことは女性用もあるんだねぇ」
「それはもう一つ隣の扉の先だ。まぁ、使われることはないと思うが」
とりあえずシューレは男性用のトイレの扉を開ける。洗面台があって、奥に四つほどトイレの個室が並ぶ。
「男性用だけで四つも個室があるんだー」
「あぁ。ちなみに女性用トイレも四つの個室がある」
男性用トイレを出たシューレは数歩通路を進んで女性用トイレの扉をノックしてから開け、中を覗く。男性用トイレとは左右対称の作りだった。
「次の扉の先が、少し謎なんだが」
「んー?」
シューレが通路に戻ると、すぐ隣の扉の前でダルクが考え込む仕草をしている。
「いや……、実はまた風呂があるんだ。前の持ち主が何を考えて作ったのか俺にはわからないんだが、こっちは普通の浴室でな」
「それは不思議だねぇ。でもトイレだって女性用があるんだから、こっちは女の人が使ってたんじゃないかなー」
シューレの推理を聞いてダルクは目を見開き、「なるほど!」と納得したようだった。
「まぁ、これで地下の説明は以上かな」
「ありがとう。良い住み家だねー」
そう言いながら二人はリビングに戻る。するとちょうどトレインとスヴァンが上の階から、ステレッド兄弟のアジトから盗み出した金や金目のものをリビングへと運び終えたところだった。
ダルクは三人を見まわして声をかける。
「よし、スヴァンとトレインはありがとうな。じゃあみんなどの部屋を使いたいか希望を聞くぞ」
「俺一番近いとこなー」
スヴァンがリビングに近い一番端の個人部屋に入ろうとするが、トレインが待ったをかけた。
「待つんだ。一番近いところはダルクがいいだろう。何かあった時にすぐ駆け付けられるようにさ」
「ちぇー。しょうがねぇ、じゃあ二番目に近いとこなー」
そう言ってスヴァンは二番目の部屋に入っていく。
「ありがとう、トレイン。お前はどこがいい?」
「僕はどこでもいいんだけど……。まぁスヴァンの隣でいいかな」
「じゃあスヴァンの隣がトレインで、シューレはその隣に……、」
そう言いながらダルクがシューレを見ると、凄まじく嫌そうな顔をしていた。
「……、やめとこう。ひとつ空けるか」
ダルクが言い直すと、トレインは悲痛な面持ちで嘆く。
「そんなに嫌わなくていいじゃないか! 僕が何をしたって言うんだい!?」
「その顔に生まれてきたことを後悔するんだねー……」
「ひどい!!」
トレインとシューレの問答をある程度聞いたダルクが間に割って入った。
「まあまあそのくらいにしといてやってくれ。みんな今日は疲れただろう。部屋にベッドが備え付けられてるから、各自休んでくれ」
***
翌日。
目を覚ましたダルクが傍らに置いてある腕時計を確認すると午前十時を過ぎていた。日の光が一切入ってこない部屋だが、思ったほどの閉塞感は感じられなかった。
節々の軋みを感じながら体を起こし、ゆっくりと腕を回す。そのまま伸びをしながら立ち上がり、重い体を引きずりながらリビングへ向かった。
すると、そこには。
「なんだ、これは……」
なんと昨日結局食べずに置いたままだった豚の丸焼きの頭部が、色とりどりの花で綺麗に飾られてリビングのテーブルに置かれている。一瞬、どこかの高級なレストランで出されたものではと疑うほどのクオリティ。
ダルクの中で一番最初に思い浮かんだのはトレインの顔だった。すぐにその豚の頭を持ってトレインの部屋のドアをノックする。しばらくして、「ふぁ……、なんだいダルク」と言って目をこすりながらドアを開けるトレイン。そしてすぐにぎょっとした顔をした。
「ちょ、なんだい! 朝から怖いものを見せないでくれるかな!! ……と言いたいところだけど、なんだか綺麗だね。高級レストランみたいじゃないか」
「トレインがやったんじゃないのか? ってことは……」
「あー、それやったの僕だよー」
通路の右手にあるトイレから出てきたシューレがハンカチで手を拭きながら口を挟んだ。
「「!?」」
二人がぎょっとした顔をして一瞬固まり、シューレのそばに寄る。
「すごいじゃないか、シューレ! 過去にレストランで働いたことでもあるのか?」
「え、ないよー?」
「こんな才能があるなんて……。あ、それにしてもこの色とりどりの花はどこで調達したんだい?」
トレインは豚の頭に乗せられていた鮮やかなピンクの花をつまみながら聞いた。
「調達も何も……朝レストランの前で女の人に振られた男の人がいて、花束を捨てて行ったんだよー。もったいないから拾ってきたんだー」
「そんなことが……。あ、いや、よく考えてくれ。シューレ、君はこれからステレッド兄弟に追われる身になるかもしれないんだ。ほとぼりが冷めるまでは、悪いがレストランから出ないでもらえるか?」
ダルクの提案にしまったというような顔をするシューレ。
「僕の不注意だったよ。気を付けるねー」
すると少し考え込む仕草をしたトレインはダルクに向き直った。
「それにしてもダルク、これは吉兆ではないかな。レストランで出す料理には多少の華やかさがあってもいいと思うんだ。シューレさんには盛り付けの担当になってもらえたら心強いよ!」
その言葉にシューレが反応する。
「僕が、盛り付け担当? このレストランの役に、立てるってこと……?」
ダルクもトレインにうなずいた。
「あぁ……、そうだ。そうだよな、これはとても幸先がいい。シューレ、君が来てくれて本当に良かった!」
ダルクとトレインの喜んでいる姿を見たシューレは顔を赤らめて少し背けた。
「そんな……、僕はたいしたことしてないよー」
その声は少し震えている。初めて自分の才能が良いことに使われたのが嬉しかったのだろう。
こうしてNoirL'aubeの盛り付け担当が決まったのだった。
*
この日、スヴァンがその知らせを受け取ったのはそれから四時間ほど後。だいぶゆっくり寝てきたようだった。
……その時は誰も、スヴァン自身も、彼がこのレストランの厨房を率いていくことなど知りもしない。