第二章 一流への道 10-初取材!
冬の寒さも落ち着き、次第に春の気配を感じられるようになった。
そんな中Noir |L'aubeにも躍進するチャンスが訪れる。
朝、ダルクが郵便受けから手紙を受け取ってリビングに戻ってくると、届いた手紙に目を通す。
だいたい新しくオープンした店のチラシであったり、今月の水道・電気の料金の明細が入っているのだが、いつもの顔ぶれにひとつだけ見慣れない手紙が入っていた。
「なんだ、これは?」
ダルクがその手紙の差出人を見ると、地元の新聞社の名前が書いてある。
少しドキドキしながら手紙を開くとそこには。
『Noir |L'aubeの取材依頼のご連絡』という見出しがあった。
「やった……」
つい言葉が先に漏れるダルクに、朝食を食べに来ていた一同の視線が集まる。
ダルクは顔を上げながらハッキリ言った。
「やったぞ! 新聞社がNoir |L'aubeを取材したいらしい!」
「ほ、本当かい!? 嘘じゃないよね!?」
トレインはすぐさまダルクの持つ手紙を横から覗き見て、「本当だ……!」と呟く。
「マジかよ……」
スヴァンは喜びを噛み締めながら下を向くと、アルバーノが肩に手を置く。
「よかったな」
「あぁ、夢みたいだ」
夜更かしの延長で起きていたハミエルは腕まくりしながら気合を込めた。
「それならば私は動画撮影機を作ってみようじゃないか」
その隣にいたロンは肩に乗ったクロワールに耳打ちする。
クロワールは首をかしげながら代弁した。
「そんなすごそうなもの、ツクレルノ?」
「最近は映画が撮影できるようになっているからね、あとは音声だけどう録音するかを考えれば大丈夫だと思うよ」
それを聞いていたアレンはそれとなく言った。
「撮影機を使ってる間にレコードの録音も一緒にできたらなぁ」
「それだ!! 君は天才だよ、アレン!」
ハミエルはアレンの頭をくしゃくしゃ撫でて早速部屋へ向かった。
シューレはその様子を見て、
「アレン君天才だってー。すごいじゃないー」
と言うと時雨がシューレに近づいた。
「子どもの発想ってたまに大人を凌駕するよね」
その時シューレが「顔が良い奴とは話したくないよー」とにこやかに言ったので時雨は動きが固まる。
何も意味が解ってないアレンが不思議そうにシューレと時雨を見てにこやかに笑うと、時雨はアレンにそっと抱き着いた。
「アレン、オレは今心が折れそうだけど、君の笑顔に救われてるよ」
「?」
……反応はそれぞれだが、皆が喜ぶ嬉しいニュースだった。
*
一週間後の取材を念頭に、レストランのスタッフは準備を始めた。
「いいか、わかってると思うが取材の前日は下ごしらえに時間をかけるぞ」
「おう。とりあえずちょっとずつ掃除しとこうぜ。もしかしたら厨房も写真に撮られるかもしれないしな」
「それなら僕も一緒に掃除しなきゃねー」
シューレがそう言って掃除をしようとすると、スヴァンはこんな提案をする。
「いや、お前は当日被るマスクを作っておけよ」
「マスク?」
「お前の顔が写真に写ったら困るだろ?」
「そっかー、なるほど」
その後シューレはマスク作りをしに行って、スヴァンとアルバーノは厨房の掃除を始めた。
「僕たちもホールの掃除を少しずつ始めようか、アレン君」
「はい! さっそく窓を拭いてきます!」
「お、いいね。お願いするよ」
ホール組も掃除を始める。それを見届けたダルクは二階のワインセラーを見に行った。
*
「ロン、私だけでは手が足りないんだ。手伝ってくれるかい」
ハミエルの言葉にロンがうなずいて部屋の中へ消えると、リビングにはクロワールと時雨が残る。
「なぁ、先生」
「ドウシタ、弟子!」
「お、弟子にしてくれたか。嬉しいな。……オレたちだけやることないね」
その言葉にクロワールは困ったような呻き声を出した。
「やること、ナイ……クロワール、お荷物?」
クロワールの悲し気な問いかけに、時雨は苦笑して赤いトサカを撫でた。
「そんなことないさ。なぁ先生、オレ達は買い出しにでも出かけようか。きっとみんなの助けになる」
「! 弟子、ナイスアイデア!」
みんなそれぞれ、出来ることをこなしていた。
そして一日一日が過ぎていき……取材の日が、ついにやってきた。
***
皆がじっと時計を見ている。いつも以上に綺麗になっているホールや調理台が照明の明かりを受けてキラキラと輝いていた。
その場にはトレインだけが居ない。彼は外で記者を待っているのだ。
そして、時計の針が約束の13時を指した。ロンは物陰から人の背丈ほどある動画撮影機を回している。
Noir |L'aubeの前に一台の白い車が停まり、中から一人の記者が降りてきた。
トレインはきっちりとお辞儀をする。
「デイルガー新聞社のオリバーさんでいらっしゃいますでしょうか」
「はい! 今日はどうぞよろしくお願いします」
記者のオリバーは細身でメガネをかけており、ベージュのきっちりとしたスーツを着ていた。
Noir |L'aubeに期待しているのか目が輝いている。トレインは嬉しい気持ちを抑えながら奥ゆかしい笑みを見せた。
「Noir |L'aubeへようこそ。こちらこそ、よろしくお願いします。本日当店は貸し切りにさせていただいております。どうぞごゆっくりお過ごしください。厨房などもご覧いただけます」
「厨房も拝見してよいのですか? レストランによっては他人に入られることを嫌うシェフも多いので見せてもらえない所も多いんですよね。今日は良い記事が書けそうです!」
トレインは笑顔で扉を開けた。中ではダルクをはじめとした従業員が一斉に頭を下げる。
「思っていた以上に素敵な店内ですね……! あ、今日はお世話になります。記者のオリバー・ダニエルです」
オリバーが頭を下げるとダルクは恭しく礼をして、名刺を受け取った。
「オーナーのダルク・ロマーノです。この度は当店を選んでくださり、誠にありがとうございます」
トレインがそのまま席へ案内し、調理組は厨房へ移動する。
「改めまして、Noir |L'aubeへようこそいらっしゃいました。メニューはこちらでございます」
「あぁ、ありがとうございます。へぇ……すべての料理に写真がついていてわかりやすいメニュー表ですね……!」
「当店では名称だけではどういったものか伝わりづらい料理も取り扱っておりますので、写真をつけることでわかりやすくお客様に伝えるようにしております」
「ほう……」
しばらくしてオリバーはフリカッセという生クリームなどで肉を煮込む料理とビシソワーズというじゃがいもの冷製ポタージュ、桃のタルト、リムーという白ワインを頼んだ。
スヴァンとアルバーノとシューレは目を見合わせて、すぐに作業にとりかかる。
スヴァンはすぐさま下準備しておいた鶏肉をフライパンで焼き、アルバーノは付け合わせのガーリックライスの準備を始める。あくまで料理長はスヴァンなので、アルバーノはあまり先導しないように心がけていた。
シューレはあらかじめ作っておいたタルト生地を取り出して、やることがなく待機したままのアレンに冷蔵庫から卵と牛乳を取るようにお願いする。
アレンは役割を与えられたことが嬉しいのか、シューレの傍らで手伝いを始めた。
「スヴァン、厨房をオリバーさんに見せてもいいか?」
「作ってる所が見たいのか? ……厨房の入り口の邪魔にならないところでだったら、いいぜ」
「あぁ。写真は許可するか?」
「アルバーノ、シューレ、写真撮っても大丈夫か?」
スヴァンの問いかけに二人はうなずいた。ダルクはその反応を見て、オリバーに提案しに行く。
記者としてはやはり作っている様子が気になるのか、提案に乗ったオリバーはカメラを片手に厨房の入り口へと歩を進めた。
物陰から客席の方を撮っていたロンは慌ててカメラ部分を撮影機から取り外し、マイクと共に厨房の外から記者と調理組の様子をカメラに収めた。
ハミエル作のこの動画撮影機はコードでつながっているものの、カメラとマイクを取り外して移動できるのが強みとなっていた。
尾行の達人になったロンの気配は完全に消えており、おそらく記者は気づいてさえいない。
「驚きました……ここでは子どもも働いているのですか?」
オリバーがシューレの手伝いをするアレンを見て、ダルクに問いかける。
ダルクは目を伏せて品の良い笑顔を見せながら答える。
「はい。彼はこの店になくてはならない大事なスタッフです。ホールも担当しています」
「ほう……、素晴らしいですね! 貴重なお話、ありがとうございます」
オリバーは手元のメモ帳に記録していた。そしてしばらく皆の様子を見学した後、「ありがとうございました」と言って席に戻る。
席に着いたタイミングを見計らったダルクはワインを注ぎ、オリバーのテーブルにそっと置いた。
「こちらがリムーになります」
「ありがとうございます」
オリバーはグラスを回さずに香りを嗅ぎ、次にグラスを回してから香りを確認する。
その間にトレインとアレンが料理をテーブルに運び込んだ。
「それでは、お食事をお楽しみください。何かございましたらテーブルに置いてありますベルを鳴らしてください。すぐにお伺いいたします」
ダルクがそう言って、スタッフたちは全員厨房に戻って待機する。
店内にはホールの隅に置かれた蓄音機から優雅な音楽が流れていた。
誰も口を開かず、緊張した面持ちのまま時間が過ぎる。客席のオリバーはおいしそうに料理を食べては、時折何かメモをとっていた。
*
三十分後、オリバーのテーブルのベルが鳴ったのでダルクが席に向かう。料理はデザートも含めてすべて完食していた。
「はい、何か御用でしょうか」
「フリカッセもビシソワーズも美味しくいただきました! 桃のタルトには素敵なお花がついていて見栄えも素敵でした。最後にオーナーのダルクさんにお店のこだわりなどお聞きしたいのですが……」
「こだわりですか。そうですね、お客様にはこのレストランで心地よくお食事していただけるように、工夫を様々なところに凝らしています。そしてスタッフがそれぞれ持ち合わせている長所を活かした店づくりを今後も追及していきたいと思っております」
「たしかに、メニュー表などに工夫がされていましたよね。……それでは本日は取材にご協力いただき、ありがとうございました!早速記事にして参ります!」
「こちらこそ、取材していただきありがとうございました。ぜひとも素敵な記事を、よろしくお願いします」
そうしてオリバーは丁寧なお辞儀をして、帰っていったのだった。
白い車が去っていったのを見届けた一同は、ぐったりとしてため息をつく。
「緊張したぜ……。料理について何か突っ込んだこととか聞かれるかと……」
スヴァンの言葉にシューレは同意してうなずく。
「なにはともあれ、やり切ったな! みんなお疲れさん! ゆっくり休んでくれ」
ダルクがそう言うと、皆は嬉しそうに安堵の表情を見せていた。
……ただ一人、アルバーノを除いて。
***
翌日、ダルクは胸の高鳴りを感じながら郵便受けの新聞を持ってきた。
皆を呼びかけて集めたわけでもないが、新聞の内容が気になるのか全員リビングに集まっていた。
「それじゃあ、読むぞ……。えっと、記事は……あった。『街角のレストラン Vol.16 Noir |L'aube ここは……」
そこまで言って、ダルクは硬直する。
その記事に書かれていた内容はこうだった。
『ここは強面のオーナーが経営しており、従業員の接客態度も悪い。掃除も行き届いていないし、店内も薄暗い。料理の提供も遅く、味もそれほど良くない。店では貧民街の孤児を雇って働かせている。一応資格持ちのソムリエとパティシエを揃えているが、5段階評価で言うと良くて2と言ったところか。わざわざ足を運ぶほどでもない』
……目を疑った。
ありもしない事をつらつらと書き連ねた偽りのレビューだったのだ。
「ちょっと貸してみろ」
アルバーノがダルクの後ろから新聞をもぎ取って、内容を確認する。
そして、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「そんなことだろうと思った。料理についていくらも質問しなかったから妙だと思っていたんだ、ワシは」
そうしてアルバーノはリビングのテーブルに新聞を無造作に置いた。
皆が緊張した面持ちでその記事を読むが。
「おい、なんだよこれ……」
「ひどい。僕らの何を見てたんだい、あの記者……!」
それぞれ怒りの言葉が口を突いて出た。
しかしダルクだけは頭を殴られたかのような衝撃で、何も言うことができなかった。
なぜ、こんなことを?
怒りよりも疑問が脳内を埋め尽くし、皆の言葉など聞こえなくなっていた。




