第二章 一流への道 8-情報屋の職業病
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「ということで、改めて。オレは時雨だ。基本的には情報屋として動くが、趣味でデザインやメイクもできる。何かあれば気軽に相談してくれ。歳は二十歳、出身は日本だ。よろしく」
時雨は令嬢姿からいつもの姿に戻り、リビングで皆に自己紹介した。黒い服が好きなのかパーカーとカーゴパンツ、ミドルブーツはすべて黒い。華奢な体躯で身長も男性の平均より低く、なんだか『黒猫』のようだった。
ダルクは時雨の隣に並び、皆を見渡す。
「よし、全員居るな。実は新しく仲間になった時雨から皆に自己紹介をしてほしいと頼まれてな。皆の前で発表はしなくていいから、順々に時雨とちょっと世間話をするつもりで話してみてくれ。そうだな、このレストランに来た順番で話そう。まずは俺からだ、他の皆はリビングでゆっくりしていてくれ」
そこで時雨は何か思い出し、スッと手をあげた。
「ひとついいだろうか。皆の話を聞く際にメモを取らせてほしい。色々話したところで何も覚えてなかったらもったいないから」
時雨の言葉を聞いて了承と見られるうなずきをしたダルクは「そういうことだ、じゃあ始めるぞ」と言って、時雨に向き直った。
*
「俺はダルク。歳は36で出身はイタリアだ。昔マフィアに居たことがあるが、もう抜けた身だ」
「なるほど。オレはアンタを『旦那』って呼ぶよ。ところでレストランを始める前は何をして生計を立てていたんだ?」
「そんなことまで聞かれるとは……。個人で麻薬の密売とかをして生計を立ててたよ。今はやってないけどな」
ダルクを見て時雨は目じりを下げた。
「旦那は真面目にレストランをやってるんだな。トレインから聞いたよ、ある女性に惚れてとっさについた嘘からレストランを始めたんだろう?」
時雨の話にダルクは少し照れたように笑って、話を続けた。
*
次はスヴァンだ。
「自己紹介とかってのはしたことねーんだけど……」
面倒な気持ちと緊張が混ざってるのか、スヴァンはやりづらそうな顔をした。
「大丈夫、オレの質問に答えてくれるだけでもいいよ。アンタの名前はスヴァン、でいいかな」
「あぁ」
「歳は?」
「25」
「出身は」
「……プエルトリコ」
スヴァンの返答を聞いた時雨はペンを唇の下にあて、「へぇ」と呟いた。
「カリブ海の辺りか。海に囲まれた島だね」
「知ってんのか!? ここら辺のやつに言っても『どこそれ?』みたいな顔されんだよなー」
「ここら辺では確かにめずらしいかもしれない。オレもついこの間勉強したばかりだよ。で、役職はシェフか」
「あぁ」
出身の話で打ち解けたのかその後のスヴァンはするすると言葉が出てきて、会話は弾んだ。
*
その後も時雨とメンバーの対話が続いて。
自分の番が終わってホッとしたアレンは、ロンとハミエルと話す時雨の近くを何の気もなしに歩いていて……時雨のノートの中身を垣間見てしまった。
アレンは衝撃を受ける。なんとそこには各人の身長や体型など、話には出てこなかった内容まで書き込まれていたのだ。ゾワッ……と悪寒が背筋を走り抜け、くるりと背を向けてひとまず距離を置いた。
***
時雨は最後に、ノートのクロワールの欄に『呼びたい愛称:先生』と書き終えてひとつ息を吐く。
「ありがとう、先生。ハミエルの旦那の所に戻っていいよ」
「モウイイノ? クロワール、楽しかった!」
「オレも楽しかったよ。また今度話そう」
そうしてリビングからのびる階段に少し上って時雨は皆に声をかけた。
「みんな、時間を取らせて悪かった。色々話してくれてありがとう。これからどうぞよろしく」
その様子を見てダルクは続けて、
「……ということだ。それじゃあ、解散!」
リビングに集まっていた全員を解散させたのだった。
*
その数分後、Noir L'aubeの屋上へ向かう階段を一人、時雨が上がっていくのをロンは見かけた。
さらに一分後、今度はアレンがその階段を上っていくのも見かけた。
「……?」
アレンはロンの教え子だ。普段から可愛がっていることもあって、ロンの心に一抹の不安がよぎる。
ロンは口をキュッと固く結び、尾行を開始した。
*
時雨が雪の積もった誰もいない屋上で取り出したのは煙草だった。レストランだから室内で吸うのはよくないと考えたのだろう。
そして塀に積もった雪を振り払って寄りかかり足を軽くクロスして立ち、先ほど使っていたノートを開いて満足そうに眺めている。
すると、室内へ続くドアが静かに開いた。
「君も外の空気を吸いに来たのか?」
ドアにしがみついているアレンに時雨が問うと、アレンは心を決めた様子で勇気を奮い立たせて時雨へと一歩、また一歩と近づいていく。
「違うんです、時雨さんに聞きたいことがあって」
「ほう」
「そのノート、実はさっき見ちゃったんです……。話してないことまで書いてましたよね。そこに書いてる情報は、どうするつもりなんですか?」
アレンの言葉に驚いたのか、時雨は少し目を見開いた。……そして苦笑する。
「……気づいちゃったか。オレは情報屋だよ。誰かに情報を売るために情報を仕入れている」
この言葉を盗み聞きしたロンはすぐさま階段を降りて行った。そのことにも気づかない二人は会話を続ける。
「ということは、まさか……!」
アレンは血の気が失せたような顔つきになって震えだす。しかし、みんなを守ろうと必死に足に力を込めて逃げ出さずに沈黙に耐えていた。
それを見た時雨はフッと笑う。
「……というのは冗談だよ。怖がらせて悪かった。実は情報収集することがクセになってしまっているだけでね」
「ほ、ほんとに……?」
その時、アレンの背後の扉がバンッと開いた。そこにはトレインとロンとクロワールがいる。
トレインは明らかに怒っていた。
「しぃぃぃぐぅぅぅれぇぇぇっ!!! 僕たちの情報をこっそり集めているというのは本当かい!?」
トレインの方を振り返ったアレンは一気に緊張の糸が切れたのか、涙腺が緩んだ。そのままトレインに駆け寄ってしがみつく。
「トレインさぁぁぁん!!!」
「え……泣くほど怖かった?」
呆然と立ちすくむ時雨を無視してトレインは言葉を続けた。
「こんな小さい子を泣かせるなんて! ほら、可哀そうだろう!? とにかくこの話は後でじっくりしようじゃないか!!」
そうして嵐のような勢いで去っていった一同に取り残された時雨。
「えー……?」
ふと、煙草の箱を手に持っているのを思い出して煙草を吸い始める。
「やれやれ、信頼を得るのは至難の業だね」
再度ノートを開いた時雨はアレンの欄に「まだ心の耐久度は弱いが、勇気ある行動を起こすことができる」と書き加えた。
もう一度全体を眺めて、満足そうにノートを閉じる。
「……売るわけないだろう、仲間なんだから」
そう呟いて、煙を長く吐き出してから煙草の火を消した。
「こりゃあ、朝まで説教かな」
時雨は屋上に積もった雪を踏みしめ、白くなった息を吐きながら明るい建物のドアを目指して歩いたのだった。




