第二章 一流への道 6-目撃
ロンとアレンは時折一緒に外出する仲になった。
「今日は雪が降ってるね!」
「本当だ。あまり体が冷えないうちに帰ろうね」
アレンはつい最近トレインに買ってもらった冬用の服とコートを着込んでいるが、何もつけていない手が寒いのか自分の温かい息を手に吹きかけている。
それを横で見ていたロンは、目の前の道に視線を戻して「あ」と閃いた顔をした。
「アレン君、この前教えた計算は覚えてるかな」
「え? あ、うん。覚えてるよ!」
「ちょっとやってみようか」
ロンはアレンを道端の露店に連れていき、品物を見せた。アレンが背伸びをして見てみると、防寒の道具が色々売られている。その中でロンは手袋の値段を隠した。
不思議そうにアレンはロンを見ると、なにやらロンは品物のあちらこちらに視線を向けては頭の中で何か計算しているのか聞き取れないほどの小さな声で何か呟いている。
きっと計算の問題を作ってくれているのだと察し、その聞き取れない呟きはまるで魔法の呪文を唱えているようだとアレンは夢見心地で思った。
「じゃあ、アレン君に問題です」
「はい!」
「ここで買い物をするとしよう。手袋を二つと帽子を一つ買うときの値段は、手袋一つとカイロを二つ買うときの値段と同じになります。では、手袋一つの値段はいくらでしょう」
「んーと、ここでは手袋の値段をXにすればいいんだね。そして帽子は450ビター、カイロは375ビター。じゃあ……」
アレンはサッと鞄から小さなメモ用紙とペンを出して、計算式を書く。ロンはそれを見ながら、うんうんとうなずいていた。
しばらくして、アレンは顔を上げる。そして少し自信のなさそうに答えを言った。
「えっと……手袋は、300ビター……です」
「じゃあそうだとして、ここに1000ビターあります。これで手袋を一つ買ったらお釣りはいくらになるかな?」
「……、700ビター?」
「よし、じゃあ実際に買ってみてあってるか確かめてみて」
先ほどからアレンとロンのやり取りを見ていた露店の店主が微笑みながら一歩前に出ると、アレンはロンの方に振り返る。
「本当に、買っていいの……?」
ロンがうなずくとアレンはどきどきしながら店主に「手袋をひとつください」と、お金を渡した。
すると店主は「賢い子よ、お釣りをどうぞ」と言い、アレンに手袋とお釣りを渡す。
「ありがとうございます!」
アレンは恐る恐る手元のお釣りを数えて、ぱぁっと嬉しそうに顔を上げた。
「ロン君、あってたー!!」
ロンが微笑むと、店主は拍手をしながら言う。
「こんなに小さい子が解ける問題だとは思わなかったよ。孫が同じくらいの年だが、きっとあの子らは解けないだろうね」
アレンはその言葉に照れて、ロンは嬉しそうにうなずいたのだった。
*
露店から離れて人気がなくなり、ロンの緊張が解けたところで話し出した。
「じゃあアレン君、この買ってきた手袋は君にあげるよ」
「え、いいの!? ありがとう、ロン君!」
そうしてアレンが手袋をつけ始め、ロンがもう帰ろうかなと思って辺りを見回した時。
「!」
急いでアレンを道端に停められていた車の影に隠し、自分も隠れる。
「え、なになに!?」
緊急事態だと思ったアレンが小声でロンに聞くと、ロンが人差し指を口の前に立てながらもう片方の手で道の先を指さした。
アレンがその方向をこっそりのぞくと、トレインが何やらドレスを着た金髪の女性と一緒に歩いている。美女と言うべきか、美少女と言うべきか悩む年頃に見えた。
「!?」
慌てて顔をひっこめたアレンは目を輝かせる。
「もしかして……トレインさんの恋人かな!?」
「どうなんだろう……」
「追いかけてもいいかなっ!?」
「どうなんだろう……って、え、尾行ってこと?」
おどおどとしたロンをスルーしたアレンはウキウキしながら手で招き、どんどんと先へ進む。
「ちょっ……、えぇぇぇ……」
そんなこんなで二人の尾行が始まった。
*
トレインと美女はとあるお店に入っていく。
「お店に入っていったね……。えっと『P』、『e』……」
「Perfume。 香水屋さんだね」
「香水……。大人だ……」
目がキラキラしているアレンが一歩前に出たところで流石にロンは止めた。
「さすがにボクたちがお店に入ったら、バレるよ……」
「そんなぁ……」
*
小一時間ほど経ってもトレインたちは店から出てこない。
アレンは寒さでくしゃみをした。ロンも震え始めている。
「もう、帰ろうよ……」
「えぇぇ……せっかく来たのに……」
その時。
「じゃあ、次はよろしくお願いします」
トレインの声がして二人はハッとする。トレインの方を見ると、美女とトレインは店の中の人とひとしきり談笑をしてからまた歩き出した。
「ロン君、行くよ!」
「えぇぇぇ……」
*
ロンは少し前から嫌な予感がしていたが、それが明確になったのはアレンを追って次の角を曲がった時だ。
ロンが来たこともない道に行きついてしまっていたのだ。ロンは思案する。
ここはどこだろう。これじゃあ、帰れない。いや……でも、さっきまで自分たちはほぼ北に向かって歩いていた気がする。北極星が前に見えていたからだ。じゃあ南に行けば帰れる可能性はある……?
しかし、確証はなかった。これならいっそ、トレインに見つかった方が確実に帰れそうだと考えたロンがアレンの後を追ってまた次の角を曲がろうとした時。
「うわぁ!!」
アレンの声が響いた。見ると、トレインがにっこりと笑って壁に手をついていた。
「僕に何か用かい? 二人とも」
トレインが笑っている。
笑って、いる。
「ひぃぃぃっ!!!」
アレンは怖がってロンの後ろに隠れた。
ロンは申し訳なさそうに、ペコリと頭を下げたのだった。
*
「まったく、君たちも好奇心旺盛だねぇ」
トレインの導きでとあるカフェに入った二人。テーブルに置かれたココアを前に説教が始まりそうな雰囲気だ。
ロンはアレンになにやら耳打ちした。するとアレンは目に涙を浮かべながらぶんぶんと横に顔を振った。
「謝るのはロン君じゃないよ!! ぼくが全部悪いんですー!!」
「はいはい、君たちからの謝意は受け取ったよ。でもね、君たちここら辺に来たことある? ないでしょ。もし僕を見失ったら君たちは迷子だ。わかるね?」
「ごめんなさい……」
トレインはウェイトレスが持ってきたコーヒーを礼を言いながら受け取り、一口飲んだ。
「なんで追いかけてきたんだい?」
「えっと、トレインさんが綺麗な女の人と歩いてたのを見かけたので、彼女かなとワクワクしてしまって……」
「え……、そんなことで? デートくらい男のたしなみだろう?」
トレインのさらっと言った一言にアレンは「はわわわ……!」と言いながら恥ずかしそうにロンの腕にしがみついた。ロンも少々頬を赤らめて咳払いをする。
「それにしても君たち、ずいぶん尾行が下手だったねぇ……。香水屋に居る時には丸わかりだったよ」
そしてトレインは立ち上がった。
「さぁ二人とも、早くココアを飲むんだ。観念してついてくるんだね」
アレンとロンはびくりとする。この後はスヴァンやハミエルに言いつけられるのだろう……と一抹の不安がよぎった。
びくびくしながら二人がトレインの後を追ってカフェを出ると、トレインは振り返ってこう言った。
「尾行の特訓、始めるよ!」
そしてアレンと、ロンまでも
「「……え?」」
と、声に出してぽかんとしたのだった。
*
「と、まぁこんな感じだね。じゃあ、二人に僕から依頼だ」
「い、依頼……?」
「明日、ダルクが休みの日なんだ。アレン君も休みだよね? ダルクが何をしてるか、探ってきてほしい」
ニヤリと笑ったトレインを見て、二人は顔を見合わせてからこくりとうなずいた。
***
翌日、ダルクが出かけたのを見た二人は早速尾行を始めた。
しかし、見慣れた街並みから外れたところへ歩いていくダルクを見たロンはすぐさまアレンに待ったをかけた。
「ここから先は地図が読めないアレン君は危ないから帰ってて」
そう言ってサササッとダルクの後を追っていくロンの姿は、まるで尾行の達人である。
***
午後になり、そわそわしながらアレンがNoir L'aubeのリビングで待っていると、ダルクが帰ってきた。
「戻ったぞ」
「あ、お、おかえりなさい!」
「? あぁ、ただいま」
ロンの事が、心配になった。けれど、この事を唯一Noir L'aube内で知っているトレインは今接客中で、わざわざ話しかけにはいけない。
秘密を抱えることがこんなにも心細いことだったなんて。アレンは苦しくなりながら自室のベッドに寝転がっていた。
しばらくしてロンが帰ってきたことを、ベッドに寝転がったまま寝てしまったアレンは気づかなかった。
*
その日の夜。トレインがロンとアレンを自室に呼んだ。
「それで、どうだったんだい?」
アレンはロンに言われて途中から尾行せずにおとなしくNoir L'aubeに帰ったことを話すと、「いい判断だったね」とトレインは二人を褒めた。
ロンはアレンに耳打ちする。
「えっと、ダルクさんは街のはずれで乗馬をした後……えっ!?」
なにやら驚いたアレンはもう一度聞き返した。そして笑いをこらえながらロンの言葉をトレインに伝える。
「ねっ……猫カフェに行ってお食事してたらしいです……!!」
「猫カフェ!?」
トレインが目を丸くして驚いた。
すると、ロンが封筒をトレインに渡す。
「なんだい、これは……えっ!?」
そこには何枚かのポラロイド写真が入っていて、乗馬を楽しむダルク、猫カフェで猫と戯れるダルク、猫にデレデレのダルクの写真などが入っていた。
それを見たトレインたちは大爆笑している。
「すごいよ、ロン君! 尾行の才能があるね、僕が見込んだ通りだったよ!」
「写真まで撮るなんて、すごすぎるよロン君!! ぼくも見習わなきゃ!」
ロンは少し照れたように笑った。
*
ロンが自室に戻るとクロワールはロンの肩に乗った。
「ドウシタノ? 嬉しそう! 嬉しそう!」
「ちょっとね……。クロワール、秘密は守れるかい? 父さんには内緒だよ……」
そうして一人と一匹の秘密がまたひとつ増えたのだった。




