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第二章 一流への道 2.5-持ちつ持たれつ


とある休業日。アレンはトレインが買ってくれた母国語のドリルをリビングでやろうとしていた。傍らではロンとシューレが読書をしている。



「シューレ、ちょっと来てくれ」



シューレが近くの階段へ視線を向けるとスヴァンとトレインが手招きしている。



「ダルクがメニューのことで相談があるみたいなんだ」


「そうなのー? わかったよー」



そう言ってシューレは読んでいたデザートの本を置いて上の階へと向かっていった。

リビングはまた静かになる。残された二人の耳にはカチコチと壁時計の秒針の音がよく聞こえた。



「うーん……」



アレンはと言うと自分の分からない文字の羅列に呻いている。今の彼には易しい母国語のドリルも魔術書に近いレベルなのかもしれない。



「あの……ロン君。本を読んでるのに邪魔しちゃってごめんね。ぼく、文字が読めなくて一番最初の所も読めないんだ……。なんて書いてるか教えてくれないかな?」



そこまで聞いて、アレンは「あっ」ととあることに気づく。本から視線を上げたロンだが、その傍らにクロワールが居なかったのだ。



「ご、ごめん。やっぱり気にしないで」


「……文字が読めないのに、本を読もうとしてるの?」


「えっ!?」



アレンは驚きのあまり大声を出してしまう。ロンの声を初めて聞いたからだ。思わず喋ってしまったからか、ロンも驚いた顔をしていた。



「え、えっと! あの、その、大声出してごめんね」


「ううん、大丈夫……」



ロンの声はアレンが想像していたより少し低く、落ち着きのある声だった。



「……文字から覚えた方がいいよ」


「え?」


「ボクでよければ、教えるから」



ぽつりと呟かれたロンの言葉にアレンは目をぱちくりとして、ゆっくり言葉の意味を呑み込み。



「ほんとに!? ありがとう、ロン君!」



満面の笑みを浮かべてロンの隣に座った。





三十分ほど経った後。



「それで、次はNだね」



ロンの言葉のすぐ後に階段の方から物音がして、二人はびくりとする。その音はダルク達が階下に戻ってきた音だったのだが、ロンは途端に口を閉ざし『ごめんね』と言いたげに軽く片手を上げた。なんとなく言いたいことが伝わったアレンは何度もうなずくが、突然思いついたようにロンの袖を引っ張って自分の部屋へ連れていく。


パタンとドアを閉めたアレンは申し訳なさそうにロンを見た。



「ロン君、ここなら喋れないかな? 勝手に連れてきてごめんね。ぼく、なんとか文字を読み書きできるようになって皆を驚かせたいんだ!」


「喋れる、けど……。教えるのがボクで、いいのかい? 他の皆の方が教えるの上手いかもしれないよ」



自信のなさそうなロンの表情を見たアレンはぶんぶんと首を横に振る。



「そんなことないよ! とてもわかりやすいと思う! それに……仲良くできて、嬉しいんだ」



アレンの笑みに、ロンは少し照れたように頬を人差し指で軽く掻いた。



「わかったよ。ありがとう。……じゃあもう少し勉強しようか」


「うん!」



それから二人は仲良くなって、ロンはアレンの家庭教師のように勉強を色々と教えだしたのであった。



***



ロンがアレンに勉強を教えているようだ、というのがNoir(ノワール) L'aube(ローブ)内で周知されてきた頃。



「あ、僕としたことがコショウを買うのを忘れたよ!」



トレインが市場でコショウを買い忘れることがあった。しかし営業時間が始まるのが迫っている。厨房にいるダルクは少し考えこんで、



「よし、アレンとロンに買い出しを頼もう」



と提案したのだった。アレンは初めての大役に背筋が伸びる思いだ。やがて呼ばれたロンとアレンにお金が手渡される。



「お使いを頼めるか? コショウを買い忘れたから買って来て欲しいんだ。コショウをNoir(ノワール) L'aube(ローブ)に届けた後でなら、お釣りで好きなものを買っていいから」



ダルクの言葉に「はい!」と元気よく返事したアレンだが、すぐにロンに耳打ちされてその言葉をダルクに伝えた。



「あの、クロワールは連れていけないですか?」



するとダルクは困ったような表情をしてから謝る。



「すまないな、ロン。市場にオウムを連れていくのはあまりいい顔をされないんだ」



その言葉を聞いて納得したロンはうなずいて見せた。





「アレン君、ありがとう」


「え? 何が?」



市場への道を歩く二人だが、突然発せられたロンの感謝にアレンは目を丸くする。



「クロワールの代わりにボクの言葉をダルクさんに伝えてくれたから」


「あ、いいよいいよ! そんなこと気にしないで!」



しばらく道を歩いて今度はアレンがぽつりと聞いた。



「ロン君は……、その、聞いちゃいけないことだったら答えなくていいんだけど、どうしてダルクさんたちの前だと話せないの?」


「それは……。……緊張しちゃうんだ」



意外にも単純な回答にアレンは『なるほど』とうなずいて見せる。





無事にコショウを市場で買って、Noir(ノワール) L'aube(ローブ)に届けた二人は余ったお釣りで何を買おうかと話した。

その結果、ロンが譲ってアレンのために絵本を買うことに決めて本屋に向かう。


その本屋は最近できたばかりで品揃えが良いとウワサだった。本屋のドアを開けると、本屋特有の独特な匂いが二人の鼻腔をくすぐる。



「とりあえず、何冊か自分が好きそうな本を選んでくるといいよ」


「いいの!? ありがとう、ロン君!」



そう言ってアレンがロンの傍から離れて本を見に行った後。



「おい、ロンって言ったの聞いたか?」



ロンは近くで聞こえた声にゾッとした。嫌な予感がする。いや、これはもう確信でしかない。

恐る恐る横を見ると、高校生の時に自分をいじめてきたいじめっ子の三人が幾分か成長した姿で本屋にたむろしていた。

ロンはすぐさま逃げようとしたが、一瞬思いとどまる。ここにはアレンもいるのだ。傍を離れてはいけないとも思った。いじめっ子たちはその隙を突いてロンの退路を塞ぎ、囲い込む。



「こーれはこれは。恥ずかしがり屋のロン君じゃないか? お前が学校に来なくなって、俺たちはすごーく寂しかったんだぜ?」



にやにやした顔が目前に迫り、ロンはひやりとした。



「そういえばお前の親父は金持ちだったよなぁ? ってことは、お前もいくらか持ってるんだろ?」



そう言いながら奴らはロンの鞄をつついてみせる。ロンはためらったが、恐怖で鈍った思考回路でなんとか思いつくのは相手の言う通りお金を渡して難をしのぐことだった。

つばを飲み込み震える手で財布を出したところで。



「あっ!」



その財布ごとひったくられてしまった。ロンはさぁっと血の気が引く。その財布には亡き母の写真が入っているというのに。

いじめっ子たちは財布をロンの目の前でちらつかせ、



「おお! 気が利くじゃん! ありがとよ」



そう言って楽しそうにその場を離れていく。ロンが『しまった』と目元を抑えていた。

すると、アレンがすれ違いざまにいじめっ子たちにぶつかってしまう。



「わっ!!」


「なんだ、このガキ。前見て歩けよな」


「すみませんでした!」



そう言ってアレンは小走りでロンに近寄り、



「走って」



とだけ伝えて通り過ぎた。ロンはその凛とした響きに目を見開いてアレンを見ると、真剣な顔のアレンはそのまま本屋を出ていく。

ロンが何かを感じて急いで本屋を出てドアがバタンと閉まったのと、「あれ? 財布がねぇぞ?」といじめっ子たちが目を丸くするのは同時だった。





アレンとロンは路地を走り抜けて、Noir(ノワール) L'aube(ローブ)の裏の厨房へ続くドアを開き、なんとか逃げこむ。

スヴァンとシューレが目を見開いて、



「どうした、走って」



と聞くと、アレンは「なんでもないです、競争してただけで!」と言って笑顔を見せ、そのまま階段につながっているドアを開けてロンと入っていった。





アレンの自室に二人が戻ると、アレンは服の袖から財布を取り出してロンに渡す。



「……!」



紛れもなく、それは先ほどいじめっ子たちに取られた財布だった。



「どう、やったの?」



信じられないといった声でロンが問うと、アレンはあまり言いたくなさそうに目線をそらしてから。



「……ごめんなさい。あの人たちからお財布を、スリました」


「!」


「見てたんだ、全部。あの人たちがロン君のお財布を取り上げるところ。それでもうしないって決めてたんだけど、スリをしたんだ」



そうしてアレンはゆっくりと打ち明ける。

自分の父はマジシャンで、アレンに手品を教えていたこと。母からは悪いことに使ってはいけないと教えられていたこと。でも両親が事故で亡くなって孤児になってから、どうしても食べ物にありつけない時は食べ物を盗んでいたこと。父が残してくれた手品の技術を盗みに活かしてしまったことを、ずっと後悔していたこと。



「ごめんなさい……」



アレンは涙をにじませてロンに謝る。その言葉はアレンの両親にも向けられていたのかもしれない。

そのアレンの話を静かに聞いていたロンはおもむろに財布を開いて、一枚の写真を取り出してアレンに見せた。そこには優しそうな女性が一人写っている。



「……ボクの母さんだよ。もうこの世にいないんだ」


「!」


「ボクを、母さんを、アレン君は守ってくれたんだよ。ありがとう」



そう言いながらロンはアレンを抱きしめた。その瞬間ロンの声は震える。二人はそれぞれ涙を流したのだった。





「さぁ、全部聞こうか」



ひとしきり泣いた後に二人がリビングへ戻ると、脚を組んだダルクが二人を見据えていた。



「何かやったんだろう? 大丈夫、話を聞くだけだ」



アレンが先ほどスヴァンたちについた嘘は見破られていた。アレンはばくばくと心臓が鳴ったが、ロンがアレンの肩に手をやり、静かにうなずく。



「実は……」



アレンは何があったのか一部始終をダルクに話した。ダルクはその話を聞いて目を見開く。



「驚いた。アレンはスリの達人だったのか」


「本当にごめんなさい……」



心から反省しているようで、アレンとロンは頭を下げた。するとダルクは苦笑する。



「ロンは知っている事なんだけどな。実は俺たち……スヴァンとトレインと俺も犯罪者なんだ。まぁ、薄々気づいてたと思うんだが……。だから普通の大人には言えないことを言ってやる。――よくやった!」



そう言いながらダルクはアレンの頭をわしゃわしゃと撫でた。

アレンは泣きながらダルクと隣にいるロンを見つめ、『この人たちに出会えて、よかった』と心から思ったのだった。




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