第二章 一流への道 1-鳥の知らせ
復活したNoir L'aubeの客足は多くもなく少なくもなかった。やはり初めて開店したときに失敗したイメージの払拭は難しい。
しかし幸運だったのは興味本位でやってきた客が満足して帰った後に良い噂を流してくれていることだ。ダルクたちがその事実に気づいたのは客たちの会話を偶然小耳にはさんだからであった。
今日もなんとか営業を終えてスヴァンが一人、翌日の分の仕込みをしていたところ。
――コンコンッ!ココンッ!
Noir L'aubeのホールの窓を鋭い何かで小突く音が聞こえた。スヴァンは普段聞きなれない音に顔を上げ、
「あ? なんだ?」
ホールに入り窓に近づくと見覚えのある黄色いオウムが赤いトサカを揺らしながら懸命に窓を小突き続けている。この鳥はガードナー家のペット、クロワールだとすぐにスヴァンは気づいた。
「クロワール!? おまっ……どうした!」
窓を急いで開けるとクロワールはすぐに中へと入ってきて羽根をばたばたさせながらスヴァンの前を行ったり来たりしている。
「スヴァン! タスケテ! ロンと父さん、危ない! 襲撃!」
「またかよ! 待ってろ、すぐ用意して行く!」
スヴァンはそう言うなり、走って『STAFF ONLY』の扉をくぐって下へ続く階段を降り、途中で手すりから軽く飛び降りた。
「ダルク、トレイン! ガードナー家がまた襲撃だ!」
スヴァンの様子と言葉にリビングでくつろいでいたトレインとダルクは目を丸くする。
「なんだって!?」
「トレイン、俺たちもすぐ行こう」
スヴァンは自分の部屋からナイフをホルダーごと持ってきて腰にくくりつけながら階段を駆け上がり、ダルクとトレインも後を追う。
突風が吹いた後のように静かになったリビングに残されたアレンは不安そうな顔をしているが、シューレはぽんとアレンの肩を優しく叩いて微笑む。
「大丈夫だよー、スヴァンはものすごく強いんだ」
「本当に……? ぼくにできることはないのかな」
「アレン君は安心して待ってるのが一番だけど、そうだなぁ」
シューレは少し宙を見上げて数秒考えた後。
「どうしても何かしたいなら、僕と一緒にお風呂掃除でもするかい? そしたらスヴァンたちが帰ってきた時ゆっくりさせてあげられるよー」
シューレの言葉にアレンはパァッと顔を明るくして、うなずいた。
「はい! お風呂掃除します!」
*
スヴァンたちは無我夢中で走っているが、隣町ウェストンはまだ遠い。
「困ったな、車だったらもう少し速いんだろうけど」
トレインのつぶやきを聞いてダルクは「なるほど」とうなずく。
「クロワール、周囲にタクシーはいないか見てこれるか!?」
「リョウカイ! 見てくる!」
そうしてクロワールはひと際高く飛び上がった。数分の間辺りを旋回すると何かを見つけたらしく、ダルクの目線の高さへと戻ってくる。
「ボス、右前方の路地、タクシー!」
「『ボス』って俺のことか……? まぁいい、よくやった! スヴァン、右前方の路地のタクシー捕まえろ!」
「おう!」
スヴァンが加速し、やがてタクシーに乗り込んでダルクと肩に乗せたクロワール、トレインも後から乗り込む。
移動するタクシー内でトレインはダルクに持ってきたロープを手渡した。
「これは?」
「敵を捕らえるためのロープだよ、一応渡しておく」
「お前がいるなら俺に渡さなくても大丈夫じゃないか?」
「いや、僕は途中で警察署に寄ってから行くよ。警察を連れていくから、スヴァン、わかったね?」
「わーってるよ」
つまり、『あまり過激な捕らえ方はできないよ』という意味だ。
「あっ、運転手さん、その左脇にある警察署で僕を下ろしてくれるかい? ……それじゃあ、皆あとで会おう」
そう言ってトレインは車を降りていく。再びタクシーは走りだし、その車内で二人と一匹は作戦を練り始めた。
「今回はどう攻略しようか」
「さすがに前みたいにハミエルが玄関に出てこれる状況じゃねーかもしんねぇからな」
スヴァンの言葉の後に沈黙が落ちると、ひとしきり考えた後に言葉を発したのはクロワールだった。
「ボス、スヴァン! クロワール、囮になる!」
「囮っつったって、何ができんだよ」
スヴァンの問いかけに、ダルクが「いや、案外ありかもしれない」と考えながら言う。
「例えばこうだ。クロワールがハミエルさんとロンがいるであろう部屋の窓を小突く。敵は一瞬警戒するが、窓の外を見て鳥だとわかり安心する。そこでクロワールがずっと小突いていればうるさくて敵はどうにかしようとするだろ? そしたら窓か玄関が開いて油断している敵が出てくるはずだ。そこを取っ掛かりにして俺たちが入り込む」
「あー、それならアリ」
「ナルホド! クロワール、頑張る!」
やがて見えてきたガードナー家の手前でタクシーを降りて、ダルクとスヴァン、クロワールは車内で決めておいた作戦の準備へ移行する。
ダルクは玄関の脇で銃を構え、クロワールを肩に乗せたスヴァンは明かりのついている窓の真下へ移動した。ダルクはスヴァンに向かって、親指で首を真横に掻き切る仕草をしてから両手で×を作る。毎度のことながら『殺すなよ』と念を押しているのだ。スヴァンはそれに対し、呆れた表情で数回うなずいた。
そうしてまた真面目な表情になった彼らは作戦を実行する。
――コンコンッ! コンコン!!
クロワールの窓を小突く音が聞こえると、家の中の空気が一気に張り付くのがわかった。スヴァンはクロワールに『もっとやれ』とジェスチャーする。
――コンコンコン! コンコン!!
「うるせぇぞ! 何の音だ!」
家の中から野蛮な男の声。そしてザッとカーテンを開く音。
「親分、鳥だ! オウムってことはこいつらが家で飼ってたやつじゃないすか?」
「オウムだとぉ? なんでもいい、黙らせろ!」
「へいへい」
そんな声が聞こえて、窓が開いた瞬間。
「ぐあっ!」
窓の上部のクロワールにしか目がいってなかった男をスヴァンが真下から掌底を食らわし、一気に外へ引きずり出してから家の中へ入り込んでいく。
「邪魔するぜー」
外に引きずり出した男が地面に顔を強打して気絶したところをダルクはロープで縛り、水撒き用の蛇口に動けないようにくくりつけておいた。
スヴァンの方はというと、部屋の中をざっと見渡すと敵は三人。拘束されているハミエルとロンの傍に一人、豪華な椅子でくつろいでいた男が一人、金目の物を探っていた男が一人。
「そこの家主たちを助けに来た。てめーら痛い目に遭いたくなきゃ、降参しな」
「なっ……なんだお前!」
動揺する男たちにスヴァンは不敵な笑みを向けた。
「言っとくけど、俺らは強いぜ?」
……と言ったところで。
「あれっ」
後ろから間抜けな声が聞こえた。スヴァンが振り向くと、ダルクが窓から侵入しようとしたがそのガタイの良さで窓に挟まっている。
……のを見なかったことにして、スヴァンがもう一度「俺らは強いぜ」と言い直した。
クロワールが「……ボス、ショボい」と呟いたのは言うまでもない。さすがはやらかす男、ダルク。
「おい、挟まってる男から始末しろ! かかれ!」
その敵の一言で戦闘が開始。スヴァンは敵のナイフを持った手を受け流し、叩き落としたり蹴り上げたりして凶器を奪い。
「ダルク、よけろよー」
そう言って窓の外へと次々に相手の武器を放り投げる。
「おいスヴァン!! ナイフを投げるな、危ないだろ!」
「てめーが窓に挟まってんのが悪ぃんだろが!」
そうして途中からダルクとスヴァンのしょうもない言い合いをしながらの戦闘になった。スヴァンの怒りは良い具合に拳や蹴りに威力を与え、敵を吹き飛ばしていく。
その間にクロワールはハミエルとロンを縛り上げている縄をくちばしで引っ張り、二人を解放した。
「よくやってくれたね、クロワール。ありがとう」
ハミエルの言葉にうなずいて同調しながら、ロンはクロワールを抱きしめる。
*
それから数分後、スヴァンが殴って気絶させた男たちは駆けつけてきた警官たちによって連れてかれた。
「えー……? なにやってるんだい、ダルク」
トレインは呆然と、窓に挟まってもはや動くのを諦めたダルクを見つめている。
「……見てないで引っ張ってくれ……」
ダルクの情けない声がむなしく響いた。
*
警察が帰った後、ガートナー一家はダルクたちに礼を言った。
「何度も助けてくれて、本当にありがとう。クロワールが君たちのレストランの場所を覚えていて助かったよ。お礼をしたいんだが、私たちに何かできることはないだろうか」
ハミエルの申し出にトレインは「とんでもないよ!」と返したその時、少し考える素振りをしたダルクがこんな提案をした。
「もし差し支えなければだが……、俺たちのレストランに住み込みで働いてくれないだろうか。命を守る代わりに、会計機の調整やちょっとした何かを作ってもらえたら嬉しいんだが。もちろん今まで通り他方から依頼を受けてくれて構わない」
「マジかよ。この家より何倍も狭い部屋に住んでくれると思ってんのか?」
「でも確かに、住み込みで居てくれたら僕たちは助かるね……」
ダルク達の会話を聞いたハミエルは「ふむ……」と考え込んだ。ロンとクロワールは期待を込めた目でハミエルを見つめている。
「この家は、亡くなった女房とみんなで過ごした家なんだが。……そうだな、私たちの命が最優先だ。ロンとクロワールも、いいのかい?」
ハミエルの問いかけにロンはうなずき、クロワールは「モチロン! いいよ!」と小さく飛び回った。
「ではひとつ、ダルク君たちにもう一度聞きたいことがある。……君たちは、何者なんだい?」
ハミエルの真剣な眼差しを受けて、「俺たちは……」とダルクがつぶやき。スヴァンとトレインは静かにうなずいた。
「実は、世間で言うところの犯罪者なんだ。俺はマフィアに居た過去があって麻薬密売を、スヴァンは殺し屋、トレインは詐欺師。黙っていてすまなかった。……しかし、これだけは信じてくれ。俺たちは本気でレストランをやってる。レストランを始めてから麻薬や殺しはしていないんだ」
そこで「盗みはちょっとだけ……」と口を滑らせたスヴァンの腹をトレインが思いっきりエルボーを食らわせて黙らせる。
「僕たちは、レストランが血塗られるようなことはしないと誓うよ。君たちの命は絶対に守って見せるさ」
そこまで聞いて、ハミエルはふっと顔の緊張をほどいた。
「なるほど。どうりで、強いわけだ。私の予想通りだったよ。正直に言ってくれたのは、君たちが真摯に私たちと向き合ってくれたからだろう」
ハミエルは息子たちに向き直り、もう一度問いかける。
「今の話を聞いてどう思う? よく考えるんだ。もし言いづらいことがあれば席を外して話そう」
するとクロワールはスヴァンの肩に乗って、ほおずりをした。
「クロワール、信じたい! この人たち、ワルクナイ!」
ハミエルは「うん、そうだね。ロンはどうだい?」と、静かにロンを見つめる。
ロンはクロワールを手招きして、なにやら耳打ちした。クロワールは代わりに答える。
「確かに、犯罪を犯した人って聞くと、ビックリしたし少し怖いけど、僕もシンジタイ。助けてくれたことは、事実だから!」
「そうか。それではダルク君、スヴァン君、トレイン君。どうぞ、よろしくお願いします」
ガードナー一家が頭を下げ、ダルク達も安堵して微笑んだ。
「こちらこそだ。どうぞよろしく」
こうしてNoir L'aubeに発明家のハミエル、ロン、クロワールが仲間入りしたのだった。