第一章 レストラン創業! 16-再会と再開
「ところで残念なお知らせがあるよ」
アレンがプリンを食べ終えて皆でリビングに戻ってきたところ、最初に切り出したのはトレインだ。
「どうしたんだ、一体?」
「僕の友人が試食会の日に予定が入っていたみたいで、来られないらしいんだよ」
「ああ、情報屋の時雨か」
ダルクとトレインのやり取りを聞いていたスヴァンが頭の後ろで両手を組みながら、
「別にしょーがなくね? また今度来てくれんだろ」
それとなく言うとトレインもうなずいた。
「そうなんだよ、本人もそう言ってたんだ」
「……となると、あと来てくれそうなのはガードナー家とアルバーノさんか」
ダルクの言葉を不思議そうに聞いていたアレンにトレインは、ガードナー家とアルバーノについて説明した。
シューレはトレインとシューレの部屋の間の空室のドアを開けて、アレンを招き入れる。
「ここが君の部屋だよー、アレン君」
「ここが、ぼくの部屋?」
見上げるアレンにスヴァンがうなずき、ダルクが「そうだ。好きに使ってくれ」と言うとアレンは真っ先にベッドへ飛び込み、
「ありがとうございます!」
と嬉しそうに笑った。
*
その日の夜、ガードナー家では。
ハミエルが郵便物の中に招待状を見つけた頃だった。
「Noir L'aube……ダルクくんたちか!」
その言葉に近くにいたロンも反応して招待状の中身を読む。
「『……つきましてはガードナーさん一家もこの試食会に参加してもらえると嬉しいです。当店は普段ペットの同伴はお断りしていますが、この日のみ許可します』……!」
ロンが息を飲み込む音がした。ハミエルとクロワールがロンを見て少し黙り込み、やがてハミエルはロンの肩に手を置いて気遣う。
「無理はしなくていいよ、ロン」
「うん。……少し考えさせて」
***
三日後、余所行きの服を着て震える手で外出の用意をするロン。
クロワールは心配そうにくるくるとロンの周りを飛び回った。
「ダイジョウブ? 心配! 心配!」
「ありがとう、クロワール。でも、これは僕が向き合わなくちゃならない問題だから」
玄関で待っていたハミエルも心配そうな目をロンに向けている。
「大丈夫かい、ロン」
「……、うん。行こう」
一度目を閉じたロンの瞼の裏で自分をいじめてきた同級生たちの顔がちらついて邪魔をするが、跳ねのけるように目を開いて勢いでドアを開けた。
「出れた……」
ロンの力ない声が夜の街並みに吸い込まれる。
そこは窓から見ていた見慣れた景色。外の世界は思ったほどすごいわけでもなくひっそりとそこにあった。
「よく頑張ったね、ロン。さぁ、車に乗って。お楽しみがアーシェルヴィアで待ってるよ」
「エライ! 頑張った! 頑張った!」
ハミエルが車に乗り込み、クロワールが肩に止まったのを確認してロンは笑顔で車に乗り込んだ。
*
数十分後、約束の時間より早い時間にガードナー家はNoir L'aubeに着いた。すると車のエンジン音で気づいたのか、中からトレインが出てくる。
「ようこそ、ハミエルさん!」
「ちょっと早く着いてしまったけど大丈夫かな?」
「はい、みなさんどうぞこちらへ」
そうしてNoir L'aubeの中へと案内されるとすでにアレンが奥のテーブルに座っていた。ロンは肩に乗ったクロワールを撫でながら興味津々でレストランの中を見回している。
「こちらの席になります」
「あぁ、どうもありがとう」
ロンはクロワールに耳打ちして、クロワールが「アリガトウ!! ございます!」と可愛い声で伝えた。
ガードナー一家が席に着いた時に約束の時間になったのか、また扉が開いて。
「まったく、年寄りを長く歩かせおって」
わざとそう言いながら素直に喜ばないアルバーノがやってきた。
「アルバーノさんでいらっしゃいますか。はじめまして、オーナーのダルクです」
すかさずダルクが頭を下げると、アルバーノはひとつうなずいて見せる。
「よぉ、アルバーノ。来てくれてありがとな」
スヴァンも厨房からやってきて軽く手をあげた。
「今日はお手並み拝見といこうか。厳しくいくぞ」
「頼む」
そう言って微笑みあう二人には絆が感じ取れる。
アルバーノが手前の席に着いたところでシューレもホールにやってきて、ダルクたちは横一列に並んだ。
「えー、本日はお越しいただきありがとうございます。近々Noir L'aubeが復活しますので、お世話になった皆様に試食会という形で感謝をさせていただきます。各自メニュー表をご覧いただき、なんでもお好きなものを好きなだけご注文ください。今日のひと時が良いものになりますよう願っております」
ダルクがそう言うと、ハミエルが最初に拍手をしてそれは次々に広まった。
「ありがとうございます。それでは、どうぞメニュー表をご覧ください」
*
アルバーノはオーダーした鴨のコンフィが運ばれてくるのをじっと見ていた。
それは鴨肉を低温の油で煮たものに粉末状のバジルが振りかけられている。
「鴨のコンフィになります。どうぞ」
そう言って料理を置いて軽く頭を下げるトレインにアルバーノは「ありがとう」と一言返した。
さっそくコンフィにナイフとフォークを差し込み、一口食べてみる。
「これは……ガーリックか?」
「気づいた?」
調理を一段落させたスヴァンが声をかけた。
アルバーノはそれを聞いてもう一度食べてみる。従来のコンフィの味に、バジルの良い香りとほんのりガーリックの味を感じた。その後は、なんだか爽やかな後味が残る。
素直に、良い味だと思った。
「アルバーノが教えてくれたコンフィを土台にして、最後にガーリックで炒めてバジルとレモン汁を少しかけてみた」
「なるほど、レモンもかかっているのか」
二人はさらに料理について話していく。それは師匠と弟子の会話というよりか、対等な立場の料理人による会話だった。
「すみません」
今度はハミエルがダルクを呼んだ。
「はい、どうしましたか?」
「ワインを頼みたかったんだけど、今日は車で来てしまってね。どんなワインがあるのかだけでも教えてくれないかな」
「もちろん、可能です。この近くにホテルもありますのでワインを飲んでそちらに泊まれるか、ホテルに確認を取ることもできますが」
ダルクの提案に「ほう」と感心したハミエルはロンを心配そうに見つめる。
「久しぶりの外出で疲れているかい? ロン」
するとロンはハミエルの意図がくみ取れたようで、首を横に振った。そのままクロワールに耳打ちする。
「ダイジョウブ! 僕は大丈夫だよ、父さん!!」
クロワールづてに答えを聞いたハミエルはダルクにホテルの場所を聞いた。
ダルクは「ホテル・リベルタ」への道をハミエルに説明し、会話が終わった後にホテルへの確認をとる。
そして再びハミエルたちに報告した後で自分用のメモに『周辺の地図を用意する』と書いておいた。
今後もしこのような場面があっても、これで客に「ホテル・リベルタ」や周辺の案内ができるようになるだろう。
「あの……」
今度はアレンがトレインを呼ぶ。
「ご注文はお決まりですか?」
「はい、えっと……これと、プリンが食べたいです」
文字が読めないアレンはメニュー表の写真を頼りに注文をして、見事オムライスとプリンを頼むことができた。
それを影から見ていたシューレは自分の撮ったメニュー写真が使えたことを実感して「よし!」とポーズを決める。
「アレンも上手く注文できたな」
スヴァンが声をかけるとシューレは嬉しそうににんまりと笑った。
*
客として招待された人々が楽しそうに食事をして、スヴァン発案の試食会は見事大成功に終わった。
そして二日後。
「Noir L'aube、本日復活開店いたします! 当店へようこそ!」
ダルクの声が高らかに響く。
今度こそ、人々に認められますように。そしてあの女性がこのレストランに来てくれることを願って。