第一章 レストラン創業! 15-お迎え
ダルク一同はNoir L'aubeの復活開店の話し合いを進めていた。
以前のような忙しなさもなければ、地に足がつかないという現象ももう無い。皆が慎重になっていた。
「それにしてもここまで建て直せて本当に良かったよ。色んな人の協力があって今の僕たちがいるんじゃないかな」
トレインの言葉にそのとおりだ、とうなずくダルク。
そのタイミングでスヴァンは。
「あのさ」
「どうしたスヴァン?」
「こんな提案こっ恥ずかしくてしたかねーけどよ……世話になった人たち呼んで試食会とかしてみねーかな……とか思っただけ」
そう言って恥ずかしいのかそっぽを向いた。
「いいじゃないか、名案だよ! シューレさんは外に出られてないし、ハミエルさんたちの顔を知らないだろう? 顔合わせにもなるいい機会だ!」
「僕なんかが顔合わせなんて照れちゃうなー」
「よし、じゃあ決まりだ。早速招待状を作ろう」
そうしてその招待状は時雨、ガードナー一家、アルバーノ、アレンの宛て名が書かれた。
「ダルク」
「どうした、スヴァン」
「わりーんだけど、アレンに関してはこの招待状渡すのと同時にもう連れてきてもいいか?」
そこに話を聞いていたトレインが不思議そうな顔で話に入る。
「ちょっと気が早いんじゃないかな? まだ三日も時間があるよ?」
「そうなんだけど、訳があんだよ」
ダルクは静かに言った。
「……アレンが危険な目に遭わないように、だな?」
「えっ……?」
トレインが驚くと、スヴァンはダルクの言葉にうなずきで返す。
「トレイン、貧民街はそういう場所だよ。もしNoir L'aubeの招待状をアレンが持っていたら、奪われたり最悪な事態にもなりかねないんだ」
「そんな……。ごめん、僕は何も知らなかったよ」
「気にすんな。そこに居たりしねーとわからねーことだからな」
話が落ち着いたところでシューレが嬉しそうに言った。
「それじゃあ、僕とトレインの間の空き部屋に住んでもらおうよー」
「ちょっと!! やけに嬉しそうに言うのやめてくれないかな!!」
*
ダルクとトレインが各々招待状を渡しに行き、スヴァンも貧民街へ出発した。
ほんの少し、心がざわつく。貧民街は何があってもおかしくない。アレンはしっかり生き延びているだろうかと考える度にスヴァンの歩調が速くなる。
そうしてこの前出会った広場の辺りを散策し始めると、茶色のくりくり頭が屋台のパン屋でパンを購入しているところだった。スヴァンは密かにほっと息をつく。
「おい、――」
スヴァンが声をかけようとした時、誰かの声が重なってアレンを呼んだ。スヴァンが足を止めると、ボロボロの服を着た少年がアレンを突き飛ばし、
「いいもん持ってんじゃねぇか」
そのままアレンが買ったばかりのパンを持ち上げた。
「なにしてんだ!」
スヴァンが駆けつけると少年は驚いてパンを持ち逃げしていく。
「追うか?」
スヴァンが聞くとアレンは首を横に振った。
「いいんです! あの子昨日も何も食べれなかったと思うから……」
「……お前は何日食えてないんだ?」
「二日、です……」
その返答を聞いてスヴァンはため息をつく。
「お前優しすぎるんだよ。よく今まで生きてこれたな」
「そう、ですよね」
それをスヴァンは聞きながらなんとなくポケットに手を入れた所、普段はない紙の感触がして用件を思い出す。
「そうだ、これ」
そう言ってしゃがみ、アレンに招待状を渡した。
「これは……?」
「お前文字読めねぇだろうけど、招待状。Noir L'aubeがもう少しで復活するぞ」
その知らせを受けたアレンは表情が晴れていく。
「いつ……、いつですか!」
「三日後が試食会だから、その後じゃねーかな」
「! ぼく、生きます。ちゃんと生きて働きに行きます!」
懸命に見上げてくる目を見て、スヴァンはフッと笑った。
「もう『生きる』とか『死ぬ』なんて考えなくていいぜ。……迎えに来たんだ。お前は今日から俺たちの仲間」
「……!」
アレンは涙を目にいっぱい浮かべながら綺麗に笑ってうなずいた。
*
スヴァンとアレンがNoir L'aubeへと歩いていくと、ちょうど入口にダルクがいた。
「おかえり、スヴァン。そしてNoir L'aubeへようこそ、アレン」
ダルクの言葉を聞いたアレンは背筋を伸ばし、
「これからお世話になります!」
と挨拶をする。その時後ろから別の声が聞こえた。
「あれ、意外と早かったじゃないか!」
トレインが紙袋を持ってNoir L'aubeへと帰ってきたところだった。
「なんだ? その手に持ってんのは」
スヴァンの言葉によくぞ聞いてくれましたとでも言うようにフッと笑ったトレインは紙袋の中身を見せる。そこには子ども用の服が入っていた。
「サイズは分からなかったけど、あるだけいいだろう?」
「まぁな。サンキュ」
「それじゃあ、えっと、アレン君。どうぞ。僕はトレインだよ、よろしくね」
差し出された紙袋を受け取ろうとしたアレンだったが、すぐハッとして身を縮こまらせる。
「すみません、ぼく、臭いますよね……」
「しょうがないよ。ほら、じゃあ急いでシャワーに入って! 僕が選んだ服を早く着て見せてよ!」
「は、はい!!」
紙袋を受け取り、慌ててNoir L'aubeへ入るアレンの後を追うスヴァンがトレインに微笑んで見せるとトレインはウインクして応えたのだった。
「えー、ちょっと早すぎるよー」
アレンは今度厨房からする声にビクッとする。シューレが生クリームを泡立てながらチラチラとこちらを見た。
「せっかくアレン君のためにデザートのプリンを作ってたのにー」
「ぷ、ぷりん……?」
「シューレ、今からこいつシャワー入ってくるからまだ時間あるぜー」
「それならいいけどー」
生クリームに再び向き合うシューレをキョトンとした顔で見たアレンは背後のスヴァンを仰ぎ見る。
「スヴァンさん、『プリン』ってなんですか……?」
「あー、甘くて美味しくて幸せな気分になれる食いもんって感じ。ほら、シューレに挨拶」
「あっ……、シューレさん、ぼくアレンって言います! よろしくお願いします!」
「よろしくねー」
そうしてスヴァンに促されてシャワーを浴びたアレンは、トレインが用意した新しい服に袖を通した。すこしぶかぶかの白いワイシャツにネクタイ代わりに黒いリボンがついていて、下はカーキ色のズボン。ズボンの方はやや短く、すねの辺りまでしか丈がなかった。トレインはサイズを気にせずデザインだけで選んだのだろうが、きっとアレンはこれからこの服を大切に着ていくのだろう。
「どう、ですか?」
「似合ってるじゃねーか。よかったな」
スヴァンがアレンの頭を撫でると、アレンは嬉しそうに「はい!」とうなずいた。
*
アレンとスヴァンが地下から一階に戻ると、ダルクたちはホールのテーブルに座っていて、新しい身なりのアレンを笑顔で迎えた。トレインが椅子を引いてアレンを座らせると、シューレが厨房から一皿のプリンを運んでくる。
上に乗っている生クリームや添えられているイチゴのソース、小さな華憐な花が飾り付けられたそのプリンは、アレンが生涯で忘れられない味となった。