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第一章 レストラン創業! 14-それぞれの道



朝の五時頃にいつもの修行を終えNoir(ノワール) L'aube(ローブ)へスヴァンが帰ってくると、厨房の明かりがついていた。



「誰かいんのか?」



そう言って厨房を覗けば、シューレがお菓子作りをしていてダルクは味見をしていた。



「おかえり、スヴァン。今シューレに味見をしてほしいと言われて付き合ってたところだ。今日は審査の日だからな」


「審査? なんの」


「パティシエの免許をもらうための審査だよー。このシンフォニア王国ではパティシエに味を認められた人がパティシエになる制度があってねー」


「スヴァン、俺はこのティラミスはもうちょっとオレンジの風味を効かせてもいい気がするんだが、お前の意見も聞きたい」



スヴァンは手元に置かれたティラミスを一口食べてみる。



「あぁ、もうちょっとオレンジの風味を足していいかも」


「わかったよー」


「でも、本当にこんなギリギリで味を変えるようなことをして大丈夫か?」


「前より良くなるのなら、やらないわけにはいかないよー」



シューレは独学で修練を積んでいるが、そのセンスは類まれなるもので今の味まで行き着いた。

スヴァンは師匠がいないと今の味には至らなかったから、そこはさすがに多くの羨望と少しの苦い嫉妬が入り混じる。



そしてその日、シューレは本当にパティシエになってしまったのだった。





スヴァンは料理の修行中で、シューレは無事パティシエになった。良いことが続いている。

……とはいえ。



「俺だけ何もしてないよな……」



リビングでダルクはぽつりと悩みを漏らす。すると隣で、



「僕もだよ……」



とトレインが沈み切った声でつぶやいた。

だが、こうして二人とも沈んでいては(らち)が明かない。



「トレイン、お前よくバーに行くんだろ? 俺も連れて行ってくれ」


「お、めずらしいじゃないか。喜んで連れて行くよ」



こういう時は、飲みに行ってしまおう。そうダルクは考えたのだった。





ダルクはトレインに連れられてバーにやってきた。空いてる席が少なかったという理由で、カウンター席に二人で座る。

するとバーテンダーは二人にワインのボトルを見せた。



「本日はめずらしいワインが数本入荷しております。よければご賞味ください」


「どうする? ダルク」


「せっかくだから全種類グラスで頼んでみよう」



ダルクの提案を聞いてバーテンダーは「承知いたしました」と言って三種類の赤ワインをグラスに入れて、ダルクとトレインの前に置いた。

ありがとう、と一言礼を言ってダルクとトレインは会話に戻る。



「僕は普段ワインは飲まないんだけど、この三つはどんな味なのかな」


「楽しみだな」



そう言って二人で左から順に少しずつワインを飲んでみる。

……が、トレインだけ徐々に疑問を濃くした表情を浮かべた。



「?? 本当にこれ違うワインかい? はっ、まさか……同じワインを飲まされているんじゃ……!」


「そんなわけないだろう。ちゃんと風味が違うじゃないか」


「えぇぇ……?」



信じられない、といった顔をするトレインにダルクはひとつのグラスを掲げる。



「たとえばこの一杯目。渋みが強めで深みがある。気難しい老人みたいだ」


「じゃあこの二杯目は?」


「こっちは少しフルーティーだな。はつらつとした若い女性みたいな」


「じゃあ最後は?」


「これは酸味が強めであっさりとした味わい。ちょっととっつきにくい一癖ある男性みたいだな」



ダルクの一通りの説明を聞いてからトレインはもう一巡ワインを飲むが、分かるような分からないような曖昧な表情を見せていた。

すると。



「お客様はもしかしてソムリエでいらっしゃいますか?」



バーテンダーが手元のグラスを拭きながらにこやかに話しかけてきた。



「いや、違うが……」


「そちらの二つ目、三つ目のワインの違いはなかなか分かる方がいません。私も、恥ずかしながら飲んでも違いが分からなかったのですが知り合いのソムリエがあなたの説明と同じような説明をしていました」



そのバーテンダーの話を聞いたトレインはハッとしてダルクを見る。



「もしかして……ダルクができることはこれじゃないかな!」


「なんだ、できることって」


「ソムリエだよ、ソムリエ! 少し格の高いレストランにはソムリエがいるじゃないか、それでいったらどうだい!?」


「なるほど……」



ダルクもワインを見つめながら納得すると、バーテンダーはこんな助言をした。



「そういえば一か月後にソムリエの入門試験がありますよ。受けてみるのもいいかもしれませんね」


「……!」



ダルクの道も決まったようだった。



***



ある日の真夜中。アルバーノのキッチンでスヴァンはいつものように指導を受けていたが。



「……」


「……どうした、アルバーノ? また俺失敗した?」



アルバーノの返答も聞かず、どこやらかしたかな……と工程を頭の中で繰り返すスヴァンだったが。



「ない」


「え?」


「……もう教えることはない」



突然のアルバーノの言葉に、スヴァンはなんだか一気に不安になった。その不安そうな顔を見たアルバーノはめずらしく笑顔を見せる。



「そう不安そうな顔をするな。最近のお前の料理はワシが食べても美味いと感じる。それに、他に教えることはあったかと思い返しても何も思いつかんのだ」


「……」


「じゃあこう言うとしよう。お前はいつも食材代と教えた礼も兼ねてワシに金を置いていくな? 今日の料理は、ワシがお前に金を払いたいほど美味かったんだ」



その言葉を聞いたスヴァンはようやく自信を得た顔になった。



「アルバーノ……今まで、ありがとうございました」



きちんとした礼を言えるようになっていたスヴァンはアルバーノと固い握手を交わす。

そうしてスヴァンが帰る明け方の頃。



「まぁ、なんだ……たまには顔を見せに来い」


「あぁ!」



その日の朝焼けは、スヴァンが見てきた中で一番綺麗な空だった。





「おかえり、スヴァン」



Noir(ノワール) L'aube(ローブ)に帰ってくるとたまたまダルクがいた。



「ただいま。何してんだ?」


「目が覚めたらお前が帰ってきそうな時間だったから出迎えようと思って」


「そーかよ」



スヴァンは、それよりももっと話したいことがあった。



「なぁダルク」


「ん?」


「アルバーノに今日、ついに認められたぜ。修行は終わりだ」



それを聞いた途端ダルクの目は輝く。



「……ずっと待ってたんだぞ、シェフ」


「おう、待たせたな」



そう言って微笑みあう。

こうしてNoir(ノワール) L'aube(ローブ)の復活が目前へと迫った。



***



ダルクの試験が終わった後、ガートナー家に再びダルクたちからメニューの差し替えを頼む郵便が届いた。

ハミエルとロンは内容に目を通す。今回はメニュー表に写真も添えられていた。



「どれどれ、『鰻のマトロート』、『鴨のコンフィ』、『豚ロースのポワレ』……」


「なんだか前から見て本格的に変わったね。ワインの欄もある。『当店にはソムリエがおります』だって。あ、見て。プチガトーの欄もすごいオシャレなケーキばかりだ」


「どれもおいしそうだね。今度私たちも食べに行こうか」



それとなく言ってからハミエルは「あ」と気づく。息子は引きこもりだということはわかっていたはずなのに。

しかしロンはメニュー表を見つめながら微笑んだ。



「いいかもしれないね」


「……!」



少しずつ、何かが変わっていく気配がした。




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