第一章 レストラン創業! 13-修練と話し合い
スヴァンは料理経験のない自分がシェフに選ばれてから、アレンという孤児を店で雇うには自分が料理を上手くなる他ないということを十二分に説明した。
老人は黙って聞いていたが、最後に面倒くさそうにため息をつく。
「厄介なやつに目をつけられたな」
『厄介』というのはスヴァンが料理の知識もあまりないだけでなく、こちらが断るとその孤児が飢え死にするかもしれないという事態も含めてだ。
スヴァンがこの老人にまた断られたら次はどんな手を打とうかと悩んでいると、渋々老人が手を差し伸べて言った。
「……アルバーノだ。これ以上の厄介事は起こすなよ」
それを了承と捉えたスヴァンは心の奥底から安堵と感謝をした。
「ありがとう、じいさん! いや、アルバーノ!」
「とりあえず、ワシがこの厨房にお前を入れたことは内密にするんだ。外で待ってろ、仕込みが終わったらすぐ行く」
「あぁ!」
*
アルバーノの家に着くとその室内は料理の本がいっぱいで、広いキッチンもあった。
「まずはお前が美味いと思う料理を作ってみろ。なんの料理でもいい」
「わかった」
スヴァンは一番最初に覚えたミートソースパスタを作ってみる。味見もしっかりした。大丈夫そうだ。
そして出来た料理をアルバーノが無言で食べる。スヴァンが緊張しながら次の言葉を待っていると。
「お前はこれが本当に美味いと思ってるのか?」
「え? あ、あぁ」
「かなりのバカ舌だな。美味いものを食べてこなかったのか?」
スヴァンは言葉に詰まる。
「……俺は孤児だったんだ。飯なんて、食えればなんでもよかった」
「ふん、そうかい」
するとアルバーノはスヴァンを指さして言った。
「お前、今度から料理を習いに来るときは腹を空かせて来るんだな」
「? なんで」
「これからそのバカ舌を鍛えなおすんだ。ワシの料理を食べてな」
こうして、スヴァンの料理修行がまた始まるのだった。
***
「……で、ここでフランベだな」
数か月後のNoir L'aubeの厨房でスヴァンは昨日の夜にアルバーノから伝授されたレシピを復習していた。
フライパンからは炎が一瞬ごぉっとあがる。
「すごいじゃないか……!」
ダルクたちは目を見開いてそれぞれ驚きの言葉を連ねた。
トレインはまな板の上に転がっているハーブを束ねた塊を指さす。
「これはなんだい?」
スヴァンはセロリと玉ねぎと人参を炒めながら片手間に答えた。
「あぁそれ? ブーケガルニ。風味つけんのに使う」
「へぇ……! すごい本格的じゃないか!」
前ならこう褒められるだけで浮かれていたスヴァンだが、そのようなことはもうない。微笑だけ浮かべて着々と料理に挑む姿は料理人のそれだ。
「よし、あとはこれで一晩寝かすとマトロートの出来上がりだ」
そう呟いて、すぐに使った料理道具を洗い始めるスヴァン。その様子をじっと見ていたシューレはぎゅっと手に力を込めてうつむいた。
「どうした?」
ダルクが問うと、シューレは困ったような笑みを浮かべる。
「スヴァンがこんなに成長して、嬉しいはずなのに……なんだかちょっと悔しいなぁ。自分だけ置いてかれた気分だよー」
「じゃあシューレはパティシエでも目指すか?」
何気なく言ったダルクの一言にシューレの瞳が輝いた。
「……いいかもしれない。よし、僕頑張るよー」
そう言って気持ちを切り替えたシューレはスヴァンの皿洗いを手伝い始める。ダルクとトレインはその様子を見て、顔を見合わせ微笑んだのだった。
*
「みんな、ちょっと集まってくれるか。レストラン復活のための話し合いがしたい」
ダルクがそう言ってリビングに人を集めた。
「まずは俺からだ。前回の開店時には二階まで開放してたんだが、料理人はスヴァン一人だけだ。これじゃあ客を入れても料理が間に合わないから、当面の間一階だけで営業しよう」
「そうだねー、いつか料理人が増えたら二階も使っていいのかもー」
話が一段落したのを見たスヴァンが次に切り出す。
「じゃあ次は俺な。お前らダルクから少し聞いたかもしれねーけど、この前文字が読めねーガキに飯食わせた時にメニューがどれがどれだか分からなかったみてぇだ。俺らだってホテル・リベルタに偵察しに行ったときにメニューの内容が何か分からねーで頼んだろ? あれをなんとかしたい」
「それならメニューに写真をつけたらどうだろう? シューレさんの盛り付けもせっかく綺麗なんだ、写真映えすると思うよ!」
「写真なら僕に任せてよー」
「よし! いい感じだな。じゃあ次は……」
絶望を経験した彼らは今、前を向いていた。