第一章 レストラン創業! 12-こんなところで終われない
「はぁ……ロゼさん……」
ダルクは今になってようやくショックの波が押し寄せている。結局、隣町ウェストンの市場で出会ったロゼという女性がNoir L'aubeを訪れることはなかったのだ。ダルクは思う。集客力が足りなかったのだろうか。いや、でもあんなボロボロの状態のレストランの様子を見られなくてよかったのかもしれない。でもそしたら次出会えるのはいったいいつだ?
「あぁぁぁ……」
ダルクがうなだれていく。それを若干気の毒に思いながらも無視をしたスヴァンがこんな頼みごとをした。
「ダルク……わりーんだけど外で飯食う金、多めにもらえねーか」
「どうしたんだ?」
「……ちょっと」
スヴァンは首に片手をあてながら目線をそらす。ダルクはスヴァンの反応の見分け方を知っていた。
彼がよくないことを企んでいるときは笑いながらごまかす。でも、何か考えや訳があっての時はこうやって真面目なトーンの声で目線をそらすのだ。
「わかったよ。……持ってけ」
スヴァンの理由を聞かず、ダルクは少し多めの金を渡した。
「……サンキュ」
そう残して、スヴァンはNoir L'aubeを後にした。
*
アーシェルヴィアの東側は、富裕層が多く住む。その通りを歩く周りの人間に比べ、スヴァンの恰好はかなりカジュアルな服装で浮いていたが物怖じせず歩いていく。
そうして彼はその地区の高級そうなレストランをかたっぱしから訪れ、ウェイターに人気料理を聞き、それを一店舗につき一品頼んでは食した。スヴァンはスヴァンなりに、料理の研究をしていたのだ。富裕層の人間は味覚が自分と違うのか難解な味の物が多かったが、それは参考にはしないでおく。Noir L'aubeの立地はややアーシェルヴィアの西部……貧民街に近いのだ。その付近の人間が一番レストランに来るだろうに、こんな難解な料理を出したところで好まれないだろう。
そんなこんなで六店舗は回った。気づけば足はアーシェルヴィアの一番東の部分にたどり着いている。
「さっきの店で最後か」
もう腹もいっぱいだったから、ちょうどよかった。スヴァンはそう思いながら今まで食べてきた料理を忖度無しで比較する。
「……四番目、かな」
彼の指針は決まったようだった。
*
スヴァンは看板の明かりが消えた「ガストロ・ボヌール」のドアをノックした。時刻は夜の十一時。店はとっくに閉店しているが、建物の内部の明かりはまだついているから人はいるのだろう。しばらく叩いても人が出てくる気配はない。
「くそ、こうなったら……」
裏口から体当たりでもかましてやろうか。そう思って建物の背後に回ったとき。
「あ」
「……!」
ちょうど裏口でたくさんゴミの入った袋を外に出す白髪の老人がいた。老人はしまった、という顔をして急いで建物の中に入ろうとするが。
「ちょっと待ってくれ!!」
スヴァンが閉まりそうなドアに足をねじ入れ、その凄まじい腕力でドアを押し開けた。
「なんだ貴様は! 警察を呼ぶぞ!」
怯えるのを隠してなるべく強気の姿勢で老人は叫ぶ。しかし、ハッとして近くにあった箒を構えるがその手は震えていた。
「待てよ! こんな方法しかできねーのは謝る! だけど聞いてくれ!」
スヴァンは必死に弁解しようと試みる。
「俺はあるレストランのシェフなんだけどよ、自分の料理の何が悪いのかわからねぇんだ! わからねーけど、客は減ってく一方で、料理も残されて……正直これしか方法が浮かばなかった。俺、バカだからさ……」
そこまで言って、スヴァンはようやく一番大事な覚悟を決めた。もうなりふり構ってなんていられねぇ。そう思い、料理人と思しき老人の目の前で、人生初の土下座をした。
「頼む!! 俺に料理を教えてくれ!」
人に頭を下げて何かを頼むやつの気が知れないと思って今まで生きてきたスヴァンだったが、心の中で嗤ってきた誰かに謝る。その考えは撤回だ。
老人は静かに言った。
「うちの店に厳格なドレスコードはないが、常識として小綺麗な服を着てくるのがマナーだ。しかし今日、周りにそぐわないカジュアルな恰好で料理を頼んだ奴がいたと小耳にはさんだ。……貴様のことだったんだな」
「……」
「帰れ。ここは貴様の来るような所じゃない」
「待てよ! ドレスコードってなんだ!? なんで飯を食べるのに服が関係ある? そういうのも何もかもわかんねぇんだ!」
「だから、貴様の来るような所じゃないと言ってるだろう!」
「それでも頼むよ! 俺にはレストランの未来がかかってる! 俺が店を成功させないと……あのガキが、飢えて死ぬことになるかもしれない」
「……!」
老人はそっと構えていた箒を下す。
「……話だけは聞いてやろう。中に入れ」
「……! あぁ!」
一筋の、希望が見えた。