第一章 レストラン創業! 9-料理修行を始めよう
ある日トレインは図書館で胸を弾ませながら本を読んでいた。そのタイトルは「料理のきほん 厳選三十種」。いわゆるレシピ本である。今日はある意味奮闘しなければならないから、知識が必要になってくる。彼が読んでいる本の字の一つ一つは、彼らの戦力となるだろう。そう、料理修行という名の戦いで。
*
スヴァンは普段の戦闘よりも緊張している面持ちで厨房のまな板の前に立っていた。
その様子を見て脇に立っているダルクは隣のシューレに耳打ちする。
「調理器具や食器は俺が買いそろえてきたんだが……スヴァンは本当に大丈夫だろうか……」
シューレは無言のまま困り顔で肩をすくめて見せた。シェフに指名したのはあんただろ、と言いたいのをこらえている。
「す、スヴァン、気を楽にするんだ。でないと包丁で怪我をするよ」
トレインが気を遣ってスヴァンにあえてにこやかに言うものの、
「あぁ? 怪我なんて怖くて殺し屋やってられっか」
とドスの効いた声と顔で返され、その笑顔は凍り付いた。
「そんなことを言っても始まらないだろ。とりあえずミートソースパスタから作ってみよう。本の最初の項目だ」
そう言いながらダルクは本を開き、スヴァンに見せながら言う。
「う……文字ばっかで見づれぇ」
本を目にしたスヴァンが呻き、シューレはひらめいた。
「トレイン、写真がついたレシピ本はないのー?」
「あ、なるほど! 待ってくれるかい、えーとミートソースパスタ、ミートソースパスタ……あった!」
そう言って今度は別の本をスヴァンに見せた。
「おう、いいじゃん? えーと、『にんじんと玉ねぎとニンニクをみじん切りに』……おい、みじん切りってなんだ」
「そこからか……。みじん切りって細かく切るやつじゃなかったか?」
ダルクの言葉があるもののその場にいる全員、疑問は晴れない。
「一応調べるよ。確か、この本に……。そう、ダルク正解だ! 1ミリ四方に細かく切ればいいらしい」
「……こう?」
そう言ってスヴァンは目にもとまらぬ速さで玉ねぎをみじん切りにしてみせた。
さすがにこれには一同驚く。
「す、すごいじゃないか! スヴァン、才能あるよ!」
「さすがシェフー」
「俺の見る目に狂いはなかったな!」
皆に褒められたスヴァンは気を良くして、なんとか料理を進めたのだった。
*
「とりあえず、一品目……」
そう言って出されたミートソースパスタはナポリタンのようにソースが混ぜられた状態で、のびきったパスタはぼろぼろに切れ、ひどい有様だった。
「「「「…………」」」」
恐れおののく一同。
「とりあえず食べてみよう」
そう言いながらダルクが先陣切って一口食べる。
「その勇気に乾杯」
と褒めたたえるトレインにスヴァンがローキックをかました。
ダルクはコメントを考えているのか「うーん」と言って、フォークを置き。
「玉ねぎと人参に熱があまり入ってないな。玉ねぎは辛いし、人参は固い。次はもう少し長めに炒めてみてくれ。スパゲッティの方は俺たちが最初本とか見せてたから、それを読んでいて思わず長くゆでてしまったんだろう。たぶんこれは覚えて慣れれば解消する問題だ」
「なるほど」
そう言いながらスヴァンはメモをとった。下手な字ではあるが添えた図は上手く、わかりやすく書いている。
「スヴァン、メモをとるなんて勤勉だねぇ」
シューレはその様子にうんうんと感心しながら、ダルクが「みんなも食べてみろ」と差し出した皿を受け取って食べていた。
「お前はなんか感想ある?」
とスヴァンが聞くと、シューレは「言いたいことはだいたいダルクと一緒なんだけどー……。なんだろー、色合い的に緑がほしいというかー」
「みどり?」
スヴァンが聞き返した。トレインは回ってきた皿を受け取り食べながら「付け合わせも作ってみたらいいんじゃないかな? サラダとかどうだろう」と提案する。
「サラダか。あれなら俺でもなんとかなりそう」
と言って、ごそごそと買ってきた食材を漁っていたスヴァンだったが。
「きゃあああああああ!!!」
とんでもない乙女のような声をあげてダルクにひっついた。
この声はダルクもトレインも聞き覚えがあり、同時に目を見合わせる。
「虫か」
「虫だね」
シューレはスヴァンのいた所に立ち「イモムシとアブラムシだねー」と言って易々とその虫がついてる部分の野菜を持って、厨房の裏口から虫を逃がしてあげた。
スヴァンはがたがたと震えながらその場にしゃがみ込んで頭を抱え、「俺……、もう料理できねぇ」と弱気になっている。シェフ終了のお知らせ。
「困ったねぇ……これからいくらでも虫は出るだろうし」
「虫がつく野菜って農薬使ってない良い野菜って聞いたことあるから、使わないわけにはいかないしな」
トレインとダルクが困っていると、シューレが戻ってきてスヴァンの背をぽんぽんと叩いた。
「大丈夫だよスヴァンー。厨房には僕もいるし、これから野菜とか使う前には虫がいないか見ておいてあげるからー」
それを聞いたスヴァンはがしっとシューレに抱き着く。思わずダルクとトレインはシューレのお手柄に拍手を送った。
「あと、色合いの話なんだけどバジルの葉をミートソースパスタに乗せてみたらどうかなぁ? 色合いもバランスよくなるし、おいしそうじゃないー?」
「なるほど、良い提案だ」
ダルクがうなずく横で精神を持ち直したスヴァンがメモをとっている。
「ただよく考えてみれば盛り付けと虫のチェックしかやることがないと、シューレさんも退屈じゃないかな。あ、デザートを作るなんてどうだろう? 一応本もあるよ!」
「ちょっと見せてー」
と言って、トレインが渡してきた本を白衣の裾を指元まで引っ張って摘まむように受け取るシューレ。
「ちょっと! いい加減僕に慣れてよ!!」
「百年くらい経てば大丈夫だよー」
「それもう死んでるじゃないか!!」
するとしばらくパラパラとページをめくっていたシューレの手が止まる。それはフロマージュのページだった。
「フロマージュって、チーズケーキみたいなやつか。シューレはこれを作りたいのか?」
そうダルクが聞くと、シューレは嬉しそうにページを見せて。
「特にそういうの考えてないけど……この写真の、フロマージュの隣にある花が可愛らしくてー」
「そっちか……」
「だったらシューレさんは花の形のデザートを作るとか、デザートの飾り付けに花を使ってみたらどうだろう?」
「いいねー、それなら作ってみてもいいかもー」
乗り気になったシューレを見て微笑んだダルクは、「よし、買い出しだな」と外に出る準備をする。
「シューレさん、飾り付けに使う花も買ってくるよ。何がいいかな?」
「じゃあ赤いカランコエをお願いー」
「わかったよ!」
*
一時間後。
買い出しも終わり、シューレがフロマージュを作り始め、スヴァンももう一度ミートソースパスタに挑戦している様子をダルクとトレインは見つめていた。
「ね、ねぇダルク。すごい急にレストランっぽく見えてきたね!」
「そうだな。しかもシューレ、あんなにスイスイと作ってるぞ。すごいんじゃないか?」
デザートを作る型に生地を流し込んだシューレは「これで二時間くらい冷やすみたいだよー」と言ったので、ダルクが休憩を言い渡す。
レストランのホールの方の席に座った一同は新たに作り直されたスヴァン作のミートソースパスタを食べた。今回は盛り付ける際にシューレが手伝い、見栄えはよくなっている。
「え!! すごい成長だよスヴァン! おいしいと思う!」
感激するトレインの様子にホッと息をつくスヴァン。シューレもダルクも次に続いて「本当だ、おいしい」とそれぞれに感想を言った。
「よし、みんなお疲れ様。ちょっとひとつ発表をいいか?」
「なんだよ?」
「俺なりにみんなの役職を考えた。まず、シェフはスヴァン。次にデザートと盛り付け担当がシューレ。ホールのウェイターがトレインだ、どうだろう?」
その発表を聞いてみんなは顔を見合わせ、笑顔になる。
「それで、ダルクはなんなんだい?」
「俺か? 皿洗いだ」
「もうちょっとマシな役職なかったのかよ」
「そこはオーナーも兼ねてでいいんじゃないかなー」
着実に、レストラン創業への道を進んでいるようだった。
***
二か月後、ガートナー家にダルクたちから郵便が届いた。
「ダルクくんたちからだね」
その言葉を聞いてロンはすぐにハミエルの隣に立って手紙の内容を見る。
「会計機に入力するレシピと金額だ」
「んーとミートソースパスタにオムライス、ハンバーグにあとは……」
「家庭料理がメインなのかな」
「彼らが上手くいくのかはわからないが、私はちゃんと自分の仕事をしようじゃないか」
ロンとハミエルがそう話す横で、クロワールはダルクたちの今後を予想し首をかしげて見せた。