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序章 伝説の始まりは一つの嘘


これは、伝説の始まり。



なぁアンタ、レストラン「Noir(ノワール) L'aube(ローブ)」って知ってるか?

ここ、アーシェルヴィアに昔あった伝説のレストランだよ。


……え? 間違ったフランス語だって? そりゃあそうさ。なにせフランス語のできない奴が間違ってつけた名前だからな。

でも出される料理やサービスは天下一品。一度食べれば誰しもが一生忘れられない味さ。


だけどその店が『伝説』って呼ばれてるのは、何もソレだけが理由じゃないんだ。


なんとそこ、働いてる奴らが落ちこぼれの『犯罪者』だったってんだから驚きだろ?



***



時刻は深夜二時。大抵の人間が寝静まっている時間に、ある植物園にはパトカーが集まりだしていた。そして数台の車が裏口から逃げるように飛び出していく。


……その中の一台、とある黒い軽自動車の中では。



「っだーーー! また失敗だ!」



後部座席に座って脚を前の座席の方にぶん投げている細身の男が怒声を発していた。そうして茶髪をぐしゃぐしゃに掻き回して頭を抱え込みながら体勢が沈んでいく。



「スヴァン……言いづらいが、ハゲるぞ」



隣に座る黒髪でオールバック、三十代後半と見える男が戦利品のアタッシュケースに頬杖を突き、気の毒そうな顔で言う。

堀の深い顔つきの彼は筋肉質で体格はよく、黒スーツと深紅のストールを首からさげていてどこからどう見てもマフィアにしか見えない。


するとスヴァンと呼ばれた二十代半ばに見える茶髪の男は飛び起きて即座に隣の男の肩を平手打ちする。



「誰だよ花粉症なのに取引場所を植物園に指定したのは! 周り全部敵だらけじゃねーか!」



その言葉を華麗にスルーした隣のオールバックはアタッシュケースの中身を見てしょんぼりした。



「取れた麻薬はたったこれだけ……」



そんな呟きを聞いた運転席に座る三十代前半に見える男は、ブロンドカラーのパーマがかった髪を後ろでひとつに結んでいて、わざと片側だけ垂らした髪の毛を手で払う。そして笑いながらため息をついた。



「ダルクが麻薬を前にしてくしゃみをしなければね」



ダルクと呼ばれたオールバックは未だに鼻がむずむずするのか、鼻をすすってため息をひとつ。



「まぁ生理現象だからな。こればっかりはしょうがない」


「なーにが『生理現象』だぁ!? 俺たちの生活がかかってんだぞ、この白い粉に! トレイン、お前も何か言ってやれ!」



運転席のブロンドカラー、トレインは裏道を縫うように車を走らせながら苦笑した。



「そういうスヴァンだって、たかが虫一匹くらいで大声出したじゃないか。そのせいで警察を呼ばれたんだぞ?」


「『たかが虫一匹』だと!? バカ言ってんじゃねぇ、殺し屋の俺を侮辱すんな! 芋虫だぞ、い・も・む・し! あんなキモいもんが世の中にあったらダメだ。……誰だよ取引場所を植物園に指定したのは!」



激昂するスヴァンをなだめるようにダルクはその肩をポンポン叩くが、



「まぁまぁスヴァン。同じことを二度も言って……そんなに自分の過ちを責めるな」


「てめぇのせいだよ! っつか、てめぇの過ちだろうが!」



その手は即刻振り払われた。

トレインはその様子をバックミラーで覗きながら後部座席に声をかける。



「それはそうと二人とも。そろそろ僕の手柄を褒めてくれてもいいんじゃないか? 喜んでお言葉を頂戴するよ」


「出たな、このナルシストが……」


「確か今夜泊まるホテルを手配してくれたんだよな。感謝する」


「どういたしまして。さっき隣町に入ったから、もうすぐだよ」



ふふん、と気を良くしたトレインは得意げにハンドルを切る。スヴァンはその様子を見て「気に食わねぇ」と愚痴をこぼした。やがて、トレインの言葉の通り早いうちに今夜泊まるホテルに着く。しかし「ホテル」とは名ばかりの、人が宿泊できるかもわからない古びた二階建ての建物だった。



「うっわ、ひでぇ」



つい本音が口から出たスヴァン。……本音を隠す人柄でもないが。そしてそれとは正反対で感心したようにうなずくダルク。



「ここなら確かに警察に見つからずに潜伏できそうだな。さすがはトレインだ」


「そうだろう? しかも……」



得意げに話を続けようとしたトレインを押しのけたスヴァンは宿の看板をつぶやくように読んだ。



「えーと、一泊は二千ビター……」


「しかも、だ。僕の計らいでなんと! 驚きの一泊三千ビター!」


「上がってんじゃねぇか」



スヴァンの拳がトレインの頬にクリーンヒット。



「痛い!」


「別の意味での驚きだわ。なぁダルクどうすんだよ、値段上がってんぞ!」



ダルクは困ったようにトレインを見る。



「確かに安いと言えば安いが……どうしてより高い値段で泊まることになったんだ?」



トレインは殴られた頬をさすりながら渋々答える。



「しょうがないじゃないか……いつものように騙そうとしたんだよ。でもここの宿主がお金に困ってるって言うからつい……」


「詐欺師のくせにテメェが(ほだ)されてどうすんだ」



こうして、マフィアだというのに肝心な場面でやらかす男「ダルク」、殺し屋なのに虫が怖い男「スヴァン」、詐欺師なのに情に流されやすい男「トレイン」の三人は同時にため息をついたのだった。





翌朝。



「あー、腹減った……」



三人が同じ部屋に泊まった次の日の朝、腹を空かせたスヴァンがベッドの上で呻く。ダルクは身支度を終えるが、トレインは未だ鏡の前で髪型を気にしているようだった。そんなトレインを見やってからダルクはベッドに腰掛けて足元のアタッシュケースに目を向ける。



「確かに腹は減ってるが、その前に麻薬(こいつ)を売りさばきたいな」


「それなら良い情報があるよ。この町の食料が並ぶ市場に占い師を騙る闇の商人がいるのさ。麻薬も裏で操ってるらしい」



白スーツに金のネクタイをしめた中肉中背のトレインがダルクの言葉を耳にして自慢げに話しだした。

まるで「この町は自分の庭だ」とでも言ってるかのようである。

対するスヴァンは、まるで餌を見つけた野良犬みたいだ。



「食料……市場!」



途端に目をぎらつかせ始めた彼の隣で、ダルクはひとまず冷静に考える。



「市場か……人通りが多いだろうし、万が一警官に麻薬を売ってるところを見られたらどうする?」



するとトレインは軽やかに言った。



「別になんとも。『レストランを経営していて食材の下見に来ています』とでも言ってごまかせばいいのさ」


「なるほど。よし行こう」



……切り替えの速さは風のごとし。





朝の市場は活気があり、人が所せましとあちこちに列を作っている。その中を掻き分けるように三人は進んでいった。身長の高めなダルクを中心にして横に一列に三人が歩いているため、ひとつの山が動いているよう。ある程度足を進めれば占い屋が見えてくる。幸いにもそこに客は居なかったが、ダルクを先に行かせてスヴァンとトレインは周りを見張った。ダルクは占い屋に尋ねる。



「おはよう。今宵の月はどれだけ欠けてる?」



占い屋である男はダルクの言葉に反応して目線だけ上に寄越した。



「……満月だよ、お兄さん」


「じゃあ、ちょっと砂糖を買いすぎてしまったんだ。余りを買ってくれるかい?」


「いいとも」



ダルクは占い屋に麻薬が入った透明の袋を見せて量がどれだけかを知らせた。占い屋はうなずき、後ろから小包を取り出して麻薬を受け取るのと同時に渡す。ダルクは小包を少し開けて「……たしかに」とつぶやいてその場を去ろうと身を(ひるがえ)した。その時。



「きゃっ……」



栗色のウェーブがかった髪がダルクの前を舞った。眼鏡をかけている若い女性が、転ぶ……!



「危ない!」



ダルクの声を聞いて後方にいたスヴァンは警戒して腰のナイフを抜こうとするが、隣のトレインがスッと目を細めて女性を見てから「待った」をかけた。ダルクは転ぶ女性を抱きとめようとしたが……手にアタッシュケースを持っていることを忘れていた。同時にダルクを始め男共は間抜けな声を出す。



「あ」



その瞬間、女性が顔をアタッシュケースに強打。「ぐえっ!」とその体のどこから出してるのか分からないカエルのような鳴き声を出して、エビ反りになった(のち)にぺたりとその場に倒れ伏した。


「えーーーっ!?」というトレインの絶叫と、「大丈夫か、君!」と素直に心配するダルク、そして栗色の頭を人差し指でツンツンつつきながら「死んだ? なぁこいつ死んだ?」と縁起でもないことを言い出すスヴァン。……が、さすがにお亡くなりにはなっていなかったようで。


「う……」と女性がすぐに目を覚まし、倒れこんだときに落とした眼鏡を片手で探しながら彷徨う視線がダルクに向けられたその時。



(なっ……なんと可愛らしい女性だ……!)



ズキューーーン!とダルクのハートは撃ち抜かれた。こんな気持ちになったのは十何年ぶりだと男は焦り、ついにパニックを引き起こす。



「ご、ごめんなさい! お怪我はありませんかっ!?」


「いや、怪我してんのはてめぇだろが……」



スヴァンの冷静なツッコミ。……さえ、男の耳には入っていなかった。



「わ、わわわ……」



ダルクの声が震えている。遅れて傍に来たトレインとその場にいたスヴァンは「『わ』?」とその方を見れば。顔を赤く染めたダルクは自分の胸をバンッと叩きながら、



「わっ……わわわ私はレストラン経営をしていて食材の下見に来ています!」



と一気に言い切って、スヴァンとトレインは同時に「何言っちゃってんのこの人!」と心の中で叫び、凍り付いた。文脈がまったくない。しかし女性も女性で言葉の呑みこみが速く。



「まぁ! そうなんですか? どこででしょうか、今度行ってみたいです!」


「と、隣街のアーシェルヴィアで……」


「『隣街のアーシェルヴィア』……え、首都じゃないですか! すごいです! 私三か月後にそちらに向かうのでお店見つけたらお食事させてもらいますね!」



すると、女性の後方から彼女を呼ぶ女性たちの声が聞こえた。女性たちも目の前の彼女もよく見ればどこかのメイドのような恰好だ。



「何やってるの、ロゼ! 先行くわよ!」


「あ、今行きます! それでは、これで」



ロゼと呼ばれた女性はぺこっとお辞儀をしてその場を離れていく。

スヴァンとトレインは冷めた目をダルクに向けた。



「……どーすんだよ」


「ロゼ、さん……」


「レストラン経営なんて一時の嘘さ。そうだろう、ダルク?」


「いいや……レストランを、立てよう……三か月以内に!」



……男は仲間の想像の斜め上を行く馬鹿だった。


だがしかし彼らはまだ知らない。このたった一つの嘘が伝説を生み出し、自分たちの人生を変えていくことを……――。




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