5話
私がツェルニー領の本邸に帰ってから、5日が経った。
その間は、読書をしたりアエラ達と刺繍などをしたりとほぼ外出する事なく、自室で過ごしていたが。たまに母上や姉上、兄上達が様子を見に来てくれた。
「……リア、ちょっと大変よ!エントランスに来てちょうだい!!」
「え、レイ姉上?!」
ちなみにレイ姉上もとい、スカーレット姉上は懐妊中なはずだが。こんなに慌てていたらお腹の赤ちゃんに影響はないのだろうか?
そんなことを考えてしまう。
「とにかく、行きましょう!」
「ちょっ!」
姉上はグイグイと私の手を引っ張る。仕方なく、付いて行った。
今は昼間だが、姉上はお構いなしに私を引っ張る。階段を降りてエントランスホールに着いた。そうしたら、やっと手を放してくれた。
「母上、ナタリアを連れてきましたよ」
「まあ、ありがとう。リア、あなたにお客様よ」
「あの、母上?」
話が見えないので母上に声を掛ける。姉上がどいたので、私は離れて立っていた母上に近づく。
「……イリノア辺境伯夫人、こちらが末の娘です。リア、ご挨拶を」
「まあ、こちらが末の娘さんですね」
「ええ」
母上がしきりと目配せをしてきた。目線を上にやると、そこには淡い栗色の髪に翡翠の瞳が綺麗な美女が佇んでいる。母上と同い年くらいだろうか。たぶん、50歳を少し越えているかな。隣には若い男性がいる。2番目のショーン兄上と同い年か少し下か。顔立ちが隣の美女とそっくりだ。髪色は黒髪で瞳が淡い翡翠色ではあるが。親戚筋かご子息かな?
そう当たりをつけて、膝を曲げて腰を落とし、カーテシーをした。
「初めまして、ご紹介に預かりました。私はヒルデガルト侯爵が娘、ナタリアと申します」
「まあまあ、可愛らしいお嬢さんね。こちらこそ初めまして。わたくしはイリノア辺境伯の妻でオリヴィエと言います。隣にいるのは、息子で長男のジェファーソンよ」
「……初めまして、イリノア伯爵の息子でジェファーソンです。よろしく、ヒルデガルト侯爵令嬢」
心地よい低い声でイリノア辺境伯令息は名乗った。けど、何故に辺境伯夫人と令息が来ているんだ?
頭の中は疑問符だらけになる。
「……リア、立ち話も何だし。応接間に行きましょう。レイは戻ってくれていいわよ」
「わかりました、母上。リア、頑張ってね」
「姉上?」
私が小首を傾げていたら、レイ姉上は自室に戻っていってしまう。母上と2人で辺境伯夫人方を応接間に案内した。
私は母上と応接間に入る。ドアの向こう側のソファーに私達が、近い方に夫人、隣の一人がけのソファーに令息が腰掛けた。メイドに言ってお茶の用意をしてもらう。その間に母上と夫人で話していた。
「……オリヴィエ様、今日はわざわざお越し頂いたのに。ろくなおもてなしもできなくてすみませんね」
「あら、セレーネ様。わたくしは久しぶりにお会いできたから構いませんよ」
「そうね、ナタリアは覚えていないでしょうけど。オリヴィエ様はね、私とは幼なじみの間柄なの。私が元々いたのはマーレイ王国の東部にあるチュロス領なんだけど。オリヴィエ様はすぐ隣のテールズ領を治める子爵家の出身でね。小さい頃から、よく遊んだ仲なのよ」
「ええ、懐かしいわね。セレーネ様は元は伯爵家の出身なんだけど。わたくしの事をリヴィと呼んでいたわ。わたくしはセレと呼んで。2人で外に出ては走り回っていたっけね」
「リヴィは足が速かったわね。私は木登りが得意だったし。あ、ナタリアやジェファーソン様にはわからないかしらね。長話も良くないし」
母上はそう言っていそいそと立ち上がる。夫人もとい、オリヴィエ様に目配せをした。すると、オリヴィエ様も立ち上がった。2人はオホホと笑いながら、応接間を出ていく。
「……行ってしまったわね」
「本当だな」
ポツリと呟くと令息もとい、ジェファーソン様が相づちを打つ。私は驚いてジェファーソン様を見た。すると、彼は苦笑いをする。
「いや、すまない。母上達も積もる話もあるだろうし。ナタリア嬢、2人でしばらくは話そう」
「そうですね」
「そろそろ、お茶が運ばれてくる頃だろうな」
彼が言うと本当にメイドがワゴンを押して応接間に入ってきた。ドアは開け放してある。メイドはお茶の準備を始めた。
「ナタリア嬢、その。あなたが元は王太子殿下の婚約者だった事は聞いている。今は婚約を解消している事も。母上はそれを承知の上でこちらに来たんだ。俺を同伴してな」
「はあ、もしや。お見合いという事でしょうか?」
「そうだ、まだあなたが婚約を解消して間がないというのに。悪いとは思っている」
ジェファーソン様はそう言って頭を下げる。私は慌てて頭を上げてくれるように言う。
「そ、そんな。頭を上げてください。ジェファーソン様は何も悪くないですから」
「そうか、なら。俺との婚約を前向きに考えてもらえないか?」
「そうですね、すぐに婚約したとなったら。私はいいとしても、ジェファーソン様が悪く言われないかが心配ではあります」
「成程、あなたはそれを心配していたのか。俺の事は気にしなくていい。今更だしな」
「今更ですか?」
「ああ、俺は幼い頃から周りから「嫌味な奴」とか「冷血漢」とか言われていた。悪い噂にはある意味慣れている」
そう言ってジェファーソン様は笑った。心配するなと言いたげだ。私はその笑顔にちょっとだけ、ドキリとなる。嫌だわ〜。顔が良い男はこれだから。まあ、今は平常心よ。平常心。
「……ナタリア嬢?」
「何でもありませんわ、あの。私の事は呼び捨てで構いません」
「そうか、なら。俺の事もジェフと呼んでくれ」
「わかりました」
「ナタリア、お茶を飲んだら。庭園にでも行こうか」
私は頷く。ジェファーソン様もとい、ジェフ様は笑みを深めた。
その後、メイドがお茶とお菓子を用意してくれる。私には小さくカットされたショコラケーキやナッツ入りのクッキーでジェフ様にはチーズやベーコン入りのスコーン、甘さ控えめのレアチーズケーキが饗された。
「美味しそうだわ」
「ああ、俺が好きな物ばかりだ」
私が言うとジェフ様も嬉しそうに言った。私はフォークを手に取ると、ショコラケーキから食べる。チョコレートの甘味とケーキ生地のしっとり感がたまらない。中にオレンジの果肉が入っていてほんのりと酸味もあり、後味はあっさりとしている。お茶もストレートでよく合う。ナッツ入りのクッキーもサクサクしていて甘さも控えめで美味しい。
「……ん、どちらもなかなかだわ」
「ああ、このレアチーズケーキは甘さが控えめで。俺好みだな」
「ええ、お茶もよく合っています」
私が言っていたら、ジェフ様がまたも相づちを打ってくれた。2人してしばらくはお茶やお菓子を堪能したのだった。
お茶などを堪能して、満足した私はジェフ様を庭園に案内した。今は初夏だから、薔薇やカーネーション、ゼラニウムが綺麗に咲いている。薔薇は白やピンク、黄色の花が植えられていた。母上が好むのもある。
「見事だな」
「はい、母上が好きだからでしょうね」
「ふむ、ナタリアは何の花が好きなんだ?」
「私はカーネーションや紫陽花が好きです」
「紫陽花か、あれは東方の花だったな」
意外とジェフ様は詳しい。驚きながらも、私は足を進める。ジェフ様はゆっくりと付いて来た。
「ナタリア、明日もこちらに来てもいいだろうか?」
「はあ、構いませんけど」
「わかった、カーネーションの花を持ってくるよ」
ジェフ様はそう言って、手を差し出した。私がおずおずと自身のを重ねたら、ギュッと握られる。しばらくはジェフ様と手を繋ぎながら庭園にて散策した。