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3話

 宿屋にて、私はアエラと2人で荷物を持ちながら騎士が持つ鍵を受け取った。


 そのまま、2階に上がる。アエラが先に行くのを私が追いかけた。次にエリスやイリア、騎士達、御者が続く。


「……確か、部屋は201号室ね。ここかしら」


「あ、そうですね。入りましょう」


 頷いて、ドアノブの鍵穴に鍵を差し込んだ。騎士は右に回してくれと言っていた。その通りにすると、カチャリと小さな音がする。鍵を抜き取り、ドアノブを回してみた。無事に開いたのを確認したら、先にアエラが入る。何も異常がないとわかり、やっと私が入る事ができた。荷物を隅に置き、備え付けの椅子に腰掛ける。アエラにも座るように言った。


「ツェルニー領にたどり着くまで、後少しね」


「そうですね」


「私、しばらくは領地で静かに過ごしたいわ」


 そう言って、ぼんやりと部屋の窓から暮れゆく空を眺めた。部屋の中はオレンジ色に染まっている。アエラが泣きそうな表情になった。


「お嬢様、余程気落ちなさっているのですね。また、新しい婚約者を見つけようとは思わないのですか?」


「あまり、思わないわ。このまま、修道院に行ってもいいわね」


「……お嬢様」


 私は不思議と修道院には嫌悪感はない。むしろ、ああいう場所の方が合っているのではとすら思う。アエラはますます、悲しげに眉を寄せる。


「修道院に入ろうと思うなら。私もご一緒致します!」


「……アエラ」


「せめて、それくらいはさせてくださいな。お嬢様を一人きりにはしません」


 私はアエラの言葉に目を開いた。驚きと嬉しさが綯い交ぜになる。気がついたら、ぽたりと瞳からは涙が流れていた。アエラもボロボロと泣いている。2人して、抱き合いながらしばらくは泣いたのだった。


 日もすっかり暮れて、部屋のカンテラに火が灯される。私もアエラも瞼は真っ赤に腫れて、酷い状態だろう。仕方ないので冷水をもらってきてくれるように隣の部屋のイリアに頼んだ。こちらに様子を偶然にも見にやってきたイリアは、非常に驚いていたが。

 それでも、私達の状態を見てイリアは急いで下の階に行ってくれた。しばらくして、冷水の入った洗面器を持ってきてくれる。


「お嬢様、アエラさん。お水とタオルをもらって来ましたよ」


「ありがとう、助かるわ」


「いえ、これくらいは当たり前です。それより、早く目元を冷やさないと」


 イリアはそう言って、洗面器を備え付けの机の上に置く。タオルを中の冷水に浸して、私やアエラに手渡してくれた。目元に当てるとひんやりとしてなかなかに気持ちが良い。アエラからもほうとため息が聞こえた。同じようにしているようだ。しばらくはそうしていたのだった。


 夜もとっぷり暮れて、イリアとエリスで夕食をもらいに行ってくれる。アエラも遅れて騎士の内の1人と一緒に行く。私は部屋で待機だ。


(これから、どうしたものやら)


 漠然とそう考えながら、部屋の窓から夜闇に浮かぶ町の家々の明かりや星を眺める。カンテラの火がゆらゆらと揺れた。領地に戻ったら、まずは母上や兄上達、姉上から質問責めに合うだろう。そうしたら、どう答えたものやら。仕方ないから、ありのままを話すべきだろうな。けど、母上達は烈火の如く怒るだろうことは想像に難くない。ほうと息をついた。


 しばらくして、アエラが私の分の食事をトレーに乗せて持って来てくれた。黒パンに野菜のスープ、簡単なサラダと質素なものだが。それでもお腹が空いていたので受け取る。文句を言わずに祈りを捧げてから、スプーンを手に取った。黒パンは固いが、ちぎってスープに浸す。そうした上で食べる。スープは塩とコショウのみの味付けだ。まあ、かえってあっさりして良いかと思いながら黙々と啜った。

 スープや黒パンを食べてしまうとサラダにも手をつける。スプーンを置いてフォークを取り、レタスや千切りのキャベツ、トマトに突き刺す。こちらはオリーブオイルにお酢や塩、コショウを混ぜ合わせた簡単なドレッシングがかけられていた。素朴だが歯ごたえも良いし、あっさり系のお味だ。完食するとアエラが驚いていた。


「少食のお嬢様が完食するとは、滅多にないですね」


「今日くらいにあっさりしていたら、私でも食べやすいと思うわよ」


「そうですね、領地に戻ったら奥様にお願いしてみます」


 アエラはそう言って、私が食べ終えた後の食器を片付ける。そのまま、部屋を出ていく。私は満足したせいか、瞼が重たくなったのだった。


 湯浴みを軽くして、ベッドに入る。隣のベッドにはアエラが眠っていた。カンテラの灯りは既に消されていて、窓からの月明かりだけが頼りだ。私は瞼を閉じる。スウスウとアエラの寝息が聞こえた。そんな静かな中で深い眠りに落ちていった。


 翌朝、日が昇ると同時に目が覚める。アエラも眠い目を擦りながらも起きてきた。


「……おはようございます、お嬢様」


「おはよう、アエラ」


「ちょっと、お待ちくださいね」


 アエラはそう言って、ベッドから降りて近くに置いてあったカバンから着替えやらを取り出した。もそもそと夜着から、旅装用のワンピースに着替える。部屋にあるらしい洗面所に行き、手早く歯磨きや洗顔を済ませたらしいが。私は仕方ないので、二度寝をした。そうやって待っていたら、髪を一本の三編みに纏めたアエラが戻ってくる。


「準備ができました、早速お着替えやらを用意します」


「頼むわね」


 アエラは私のカバンから、旅装用のワンピースやつばの広い帽子などを出してきた。まず、歯磨きセットを手渡してきた。ベッドから出て、洗面所に行く。手早く、歯磨きや洗顔を終わらせるとワンピースを受け取った。手伝われながら着替えた。編み上げのブーツを履き、再びベッドに腰掛ける。

 アエラはブラシや香油の小瓶、髪紐を出す。ささっと香油を塗り込み、ブラシで梳いていった。一本の三編みにして、髪紐を括りつける。最後にアシアナネットで纏めて、シニヨン風のお団子にしてくれた。

 軽くお化粧水やらも塗り込み、薄くお化粧も施された。


「できました、帽子を必ず被っていてください」


「わかったわ」


 言われたように帽子を目深に被る。身支度が済んだら、荷物の整理や部屋を軽く掃除をしたりした。それが終わったら下の階に行く。アエラが言うには1階に食堂があり、朝食や昼食はそちらでとるらしい。夕食時は酔っぱらいのお客が多いから、私や他の女性陣は部屋で食事をとる事にしたのだとアエラはこっそり教えてくれた。

 食堂に着くと既に、騎士達やイリア、エリスがいた。挨拶を軽くして、アエラと隣り合って座る。宿屋の女将さんが注文を取りに来た。


「お嬢さん方、兄ちゃん達。注文の品は決まったかい?」


「ええ、私とお嬢様はバタートーストとカフィーを。イリアさんやエリスさんはどうしますか?」


「そうね、じゃあ。私とエリスちゃんはベリージャムのトーストとカフィーでお願いします」


「あいよ、お嬢様とアエラちゃんだったかい。そちらはバタートースト2つだね。んで、イリアちゃんやエリスちゃんはベリージャムのトーストを2つ。後はカフィーを4つと。わかったよ、しばらく待ってておくれ」


「はい!」


 元気よく、アエラが答える。ちなみに騎士達の注文はご主人が取っていた。


 しばらくして、女将さんや売り子のお姉さんの2人が私やアエラの分の品を持って来てくれる。カフィーというのは、元はコーフィーという飲み物にお砂糖やミルクを入れた物だ。苦い中にも甘味やまろやかさもあり、好きな人は多い。湯気の立つカップやバターがたっぷりと塗られたトーストが盛り付けられたお皿が置かれた。祈りを捧げてから、カップを手に取ったのだった。

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