13話
私が実家のツェルニー侯爵本邸に帰ってから、1週間が過ぎた。
その間はジェフと手紙のやり取りをしている。意外と彼は、筆まめだ。そう思いながらもお返事をしたためるのだった。
そんなこんなで昼間になり、食事を済ませたら。家令のダナンが慌てた様子で入って来た。
「……お、お嬢様。大変です!」
「どうしたの、ダナン?」
「王都より手紙が届いています!」
私は王都と聞いて、食後の紅茶を飲むのは中断した。ダナンは懐の内ポケットからハンケチーフを出す。それで冷や汗を拭きつつ、一通の封書を差し出した。見てみると王家の印璽が捺された封蝋が施してある。これはいわゆる陛下からのものではないか!
私は一気に緊張しながらも何とか、受け取った。
けど、宛名を見て違和感を覚える。
本当に陛下からのお手紙なのか?
首を傾げながらも、ペーパーナイフで封を切る。震える手で便箋を出して内容を確かめた。
<ナタリア・ヒルデガルト侯爵令嬢
貴殿には、私と婚約者のニーナ・サリビ子爵令嬢との結婚式に出席する事を命じる。
故に、これは王命なり。
欠席は無しとする。
キーラン・マーレイ>
私はため息をつきたくなった。何よ、緊張して損したわ。そう思いながらもダナンに手紙を返す。
「ナタリア様、お返事はどうなさいますか?」
「……行くとしか言いようがないわ、とりあえずは。父上と母上、ジェフにも相談しないと」
「分かりました、では。奥様には先にそうお伝えしておきます」
私は頼むわと言うと、父上とジェフ宛に送る手紙の内容を考えた。
こうして、父上とジェフに「キーラン王太子から、手紙が届いた」と手短に伝えたが。先にダナンから言伝を聞いた母は慌てて、こちらにやってきた。
「リア、あなた。キーラン王太子から手紙が来たって本当なの?!」
「はい、本当です。ダナンが手紙の現物を持っているはずですが」
「で、何て書いてあったのかしら」
「それが、「自身の結婚式に出席せよ」と。しかも、王命だとかありました」
「……ふうん、何ともふざけた事をお書きになったわね」
母は静かに、怒っているらしい。言葉の端々に感じられる。
「実は、父上とジェフにも相談したいからと手紙を送りました。この後にお返事が来ると思います」
「分かったわ、私もその場に同席するから。何と言っても、ナタリアの一大事だしねえ」
「ありがとうございます、母上がいてくださったら。心強いですね」
私が言うと、母は怒りを引っ込めて笑った。それはもう、にこやかにだ。
「任せなさいな、私も久しぶりに旦那様に会いたいしね」
「では、母上。よろしくお願いしますね」
私が言うと、母は頷いた。その後、2人で父やジェフにどう説明するかを話し合った。
あれから、3日が過ぎた。父が王都からツェルニー領にトンボ返りしてくる。余程、慌てていたらしくて馬車は使わずに騎馬で帰って来た。
「……旦那様、まあまあ。馬に乗って帰っていらしたの?」
「ああ、ナタリアからの手紙で「王太子から手紙が届いた」とあったんでな。急いで戻って来たんだが」
「そうなんですね、とりあえずは。中に入ってくださいな」
屋敷の門前にて、母と2人で父を出迎える。こんなやり取りをしながらも父は私の方を向いた。
「ナタリア、それで。後で良いから、王太子からの手紙を見せてくれんか?」
「分かりました、ダナンが預かってくれていますから。声を掛けておきますね」
「頼むぞ」
私が頷くと、父は母と2人で先に中へと入って行った。夕暮れ時の空を見上げたのだった。
しばらくして、ジェフも騎馬でやって来た。ちなみに、護衛の騎士が2人いるだけだ。
「……ナータ、久しぶりだな。君から手紙が届いたから、急いで来た」
「ありがとう、ジェフ。ちょっと、父上達やあなたと相談したいことがあったの」
「相談か、手紙にもあったな」
私は頷くと、ジェフに中に入るように促した。暮れゆく中、手を繋ぎながらゆっくりと歩いた。
応接間に父と母、ジェフに私の4人が揃う。兄や姉には一応、説明はしてある。ただ、兄の奥方もとい、義姉や姉は身重になっているし。だから、両親とジェフとで相談する事になった。ダナンが4人分の紅茶やお菓子を用意してくれる。それが終わった時に父が口を開いた。
「ダナン、キーラン王太子からの手紙を見せてくれ」
「畏まりました」
ダナンは頷いて一旦、応接間から出ていく。少し経ってから、一通の手紙を持って戻ってくる。
「こちらです」
「……ふむ、確かに王家の印璽だな。確認するぞ」
「ええ」
私が頷くと父は封筒から、便せんを出した。内容を確認したのだった。
しばらくは応接間に沈黙が降りた。父は読み終えると、眉間に皺を寄せる。
「……何とも、ふざけた内容だな。こちらを完全に見下した態度だ」
「でしょう、私もナタリアから聞いた時は腸が煮えくり返るかと思いましたよ」
「ふむ、確かにな。ナタリア、私達に相談して正解だ」
父は穏やかな口調で言ってはいるが。内心は怒り狂っているのがなんとなく分かる。
「侯爵、いかがなさいますか?」
「そうだな、ナタリア一人だけでは何をされるかわからないしな。もしよかったら、ジェファーソン君が付き添ってやってくれんか?」
「俺がですか」
「ああ、君は武芸もなかなかの腕だと聞いた。ナタリアを守ってやってほしい」
「……分かりました、侯爵がおっしゃるなら。俺が同行します」
「そうしてくれ、君が側にいてくれたら。心強いな」
父が言うと、ジェフは力強く頷いた。私は胸を撫で下ろしたのだった。




