11話
私がイリノア辺境伯邸にやって来てから、半日以上は経っていた。
もう、時刻は宵の口だ。ジェフ様は今頃、自室にて寛いでいるだろう。私も客室にて夕食をとりたいと無理を言った。メイドのキャロルとクリスは、仕方ないと言って食事を部屋にまで運んでくれる。
「お嬢様、夕食はあっさりした物にしました」
「ありがとう」
私がお礼を言うと、2人は嬉しそうにした。どうやら、気を使わせていたらしい。まあ、まだ初対面に近いしね。用意された夕食は細かく刻んだ野菜やベーコンを煮込んだコンソメスープと白パン、サラダだった。かなり、料理人が配慮しながら作ってくれた事がわかる。カトラリーを手に取り、まずはスープから飲んだ。
「うん、これは美味しいわね」
「良かった、少しでも召し上がってくださいね」
「もちろん、そのつもりよ」
頷きながら、食事を進めた。なかなかに優しい味のスープだ。あっさり味は確かにそうだし、食べやすい。ベーコンのおだしがよく効いている。白パンは柔らかくて、ほんのりと甘みがあった。スープに浸して食べるとなかなかにいける。サラダもレタスやキュウリがシャキシャキしているし、トマトも甘みがあり新鮮さや美味しさを感じられた。気がついたら、殆ど食べきっていた。やはり、お腹は空いていたらしい。ちょっと、気恥ずかしくなりながらも満足はしたのだった。
夕食が終わると、軽く湯浴みをした。上がったら、肌触りの良いベージュ色の足首丈のネグリジェをキャロルが着せてくれる。鏡台に行き、クリスが髪をブラシで梳いてくれた。仕上げに爽やかな薫りのシトラスミントの香油を塗り込む。より、髪が柔らかくなり艶やかさが増したように思う。礼を言って、寝室に向かった。キャロルとクリスが挨拶をして退がっていく。それを見送ってから、ベッドに入る。就寝したのだった。
翌朝、私は明け方に目が覚める。起き上がり、伸びをした。うーんと声が自然と出る。そうしてから、ベッドから降りた。とりあえず、今日の昼頃には実家に帰ろう。お義父様やお義母様、ジェフ様には話さなければならない。そう考えていたら、ドアをノックする音がする。
「お嬢様、起きていらっしゃいますか?」
「ええ、ついさっきに起きたところよ」
「では、失礼します」
そう言って、キャロルが入ってきた。続いてクリスも入る。
「「おはようございます、お嬢様」」
「おはよう、2人共」
「お嬢様は洗顔などをなさってください、クリスさんはカーテンを開けてきて」
私やクリスが頷くと、キャロルはてきぱきとベッドのシーツを剥がす。メイキングをするようだ。私はクリスから、洗面用具を受け取る。そのまま、教えられた通りに洗面所に向かう。ドアが2つあり、向かって右側がそうだった。開けて、中に入り洗面台にある蛇口を捻る。すぐに冷たい綺麗な水が出てきた。軽く驚きながらも備え付けのコップに注ぐ。私のいた王都には上下水道が完備されていたが。実家のあるツェルニー侯爵領にはなかった。せいぜいが井戸水を汲んで大きな瓶を使うくらいだ。その点、イリノア辺境伯領は進んでいる。正直、歓心すらした。
まずは歯磨きを一通りしたら、口を何度かゆすぐ。洗顔も軽くした。コップや歯ブラシを軽く濯いだ。タオルで顔の水気も拭く。済ませたら、洗面所を出る。
「……終わったわ」
「あ、終わりましたか。丁度、ベッドメイキングを済ませましたよ」
「そう、今日のお昼頃には侯爵領に帰りたいのだけど」
「あら、確かにそろそろ戻られた方がいいですね」
「うん、母上や兄上達も心配しているだろうから」
キャロルはそうですねと頷く。クリスが旅装用のワンピースや外套を両手に抱えて持ってきた。
「お嬢様、昨日にお召しになっていたワンピースと外套です。湯浴みをなさった後に洗って乾かしておきました」
「ありがとう、助かるわ」
「では、お召し替えをしましょう」
頷き、自力でネグリジェを脱いだ。リボンを解きさえすれば、簡単に脱げる。そうしてクリスに手伝ってもらいながら、ワンピースを着た。仄かに花の香りがする。外套は客室にあったハンガーに一旦、掛けるように頼んだ。
「後は、髪結いとお化粧ですね」
「ええ」
キャロルが鏡台にまで案内してくれた。椅子に座ると、手早くお化粧を施される。お化粧水や美容液を塗り込み、マッサージをした。次にリキッドタイプのファンデーションを薄っすらと塗り、眉を描く。まつ毛をアイビューラーでカールさせてから、アイラインを引いた。チークや口紅も施す。瞳と同系色の薄い青のアイシャドウもする。最後にパウダータイプのファンデーションを軽く塗った。
次は髪を三編みで一束ねにして、ぐるぐると巻いた。アシアナネットで纏める。いわゆるシニヨンだ。立ち上がると、クリスがやってきた。
「綺麗になさいましたね」
「ええ、いつもは自分でするんだけど。やはり、手際よくはできないわね。あなた達みたいにはね」
「そんな事はないですよ、お嬢様も練習なさったら。上手くできるようになります」
クリスが一所懸命に励ましてくれた。私は久しぶりに気持ちが和むのがわかった。
「確かにそうよね。帰ったら、シニヨンを上手く結えるように練習してみるわ」
「そうなさったら、いいですよ。初めてはどなたにもありますから」
私は笑いながら、頷いた。キャロルは不思議そうな表情をしていたが。私とクリスは笑い合ったのだった。




