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2.計画的恋愛声明


 お父様に会う、その前に私は従者であるエリク・イヴェールの元へ向かう。


 心臓の音が聞こえてしまわないか心配しながら控え室から対応に出てきた者に尋ねる。


「エリク・イヴェールはいるかしら」

「シュゼット様?……どうかなさいましたか」


 私の声が聞こえたようで、エリクが控え室から出てきた。

 エリクは薄茶色の髪と深緑の眼の落ち着く色合いをしている。目尻は少しだけ下がっていて、より落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 それなのに、私の心臓の音はよりうるさくなった。


「ちょっと、良いかしら」


 私はエリクを自室に通した。

 貴族の子女が多い学園に通う頃には二人きりになるような形では自室に通すことは無くなっていたので、エリクの方も神妙な面持ちをしている。

 周囲に目を配り、誰もいないことを確認してから改めてエリクと向き直り、深呼吸をする。


「エリク。以前エリクが言ってくれたこと。あれはまだ有効かしら」

「……! はい。もちろんです」


 良かった。もし違っていたら、なんて考えることも怖かった。


「エリク、私と」

「ま、待ってください! ……決められたのですね」

「ええ」


 エリクは手を前に出して私の言葉を遮ると。ゴホンと咳払いをしてから背筋を伸ばした。


「では、こちらから言わせてください」


 言葉にならなくて、頷いた。


「貴方を愛しています。私と共に生きてくださいますか」

「……はい。喜んで」


 エリクが私をそっと抱き締めた。


 いつかこんな日が来ると思っていた。いいえ、心の中でエリクのあの申し出は自分が望み見た夢ではなかったかと怯えながらこんな日を望んでいた。

 状況という運命が背中を押すまで踏み出せなかった弱虫だけれど、これからは今までのように消極的ではいられない。

 私はエリクに今日のこれまでの経緯を伝えると、二人でお父様の元へ向かった。




 家令のラザール・リベに父であるアルバン・エルランジェとの面談を申し出ると、ちょうど時間が空いているとのことで、執務室に通された。

 エリクは従者なので控えていても問題は無い。

 私はお父様に挨拶をして早々に切り出した。


「私とジョスタン・ダルシアク様との婚約の話は本当ですか」

「ああ。ダルシアク伯爵家から申し出があってな。まだ検討中だったが、誰から聞いた」

「ミラベルからです」


 私はミラベルによるパーティー中の謎の暴露話を説明した。


「困ったものだ……相手方の面目も潰しかねない発言だ」


 お父様に伝えずに私が()えたり、ミラベルの周囲がフォローしたりしていただけで、このようなことは頻繁にあったことだ。

 お父様は緑色の目をすがめると、眉間に手を当て小さく(うな)る。茶色の髪を後ろに()くと直ぐに打つ手を思案し始めたようだ。


「……あの、お父様。どうか私の願いを聞いてください」

「聞こう」

「お父様はエリクの優秀さにお気付きになって、まだセドリックが生まれていなかった頃、エルランジェ家の将来を考えてエリクを私の従者にしてくださったのですよね」


 セドリックは私の異母弟で、嫡男だ。母であるパメラと同じ金髪青眼で、顔立ちは父に似ている。

 ミラベルの言葉を真似て傷つく言葉をかけてきたことはあったけれど、その言葉の意味を知った後、こっそり謝罪の意味がある花を渡しに来たり、嫌な話題を逸らそうとしてくれたりと、まだ幼いのに気遣いができる視野の広い子だ。

 現在七歳のセドリックが生まれるまで、この侯爵家の跡継ぎ問題は宙に浮いていた。


「ああ」


 やっぱり。

 婿を取った女当主を支える優秀な側近、あるいは子爵家の五男とはいえ、貴族の子息であるエリク自身が婿入りすることを想定していたのかもしれない。

 でも、今は弟が、セドリックがいる。


「エリクをください。私はこの家を出ます。相手側がよろしいようでしたらですが、ダルシアク家の申し出はミラベルにその気があるかお尋ねください」

「家を出てどうする」

「何も。ただ人として生きていきます」

「お前達が何か画策していたのは、このことか」

「……お気付きでしたのね。エリクは私の状況を見かねてもしもの時は、と申し出てくれたのであって、決して雇用主であるお父様を裏切るような行いをしておりません」

「ああ、わかっているつもりだ」

「セドリックが生まれてからもエリクを私の付き人、従者として留め置いてくださったお父様に、最後のわがままを言わせてください。どうか、私に小さな暮らしをお許しください」


 お父様は私達の目をしばらく観察した後、まるで事前に検討済みだったかのように頷いた。


「許可する。ただし、ストラスフール学園を卒業してからだ。遠方での新規事業を任せる一団の一人にエリクを任命する。シュゼットはエリク・イヴェールと共に生きなさい」


 他の縁談を進められるか、放逐される可能性を考えていたので、アルバンお父様との親子の縁が切れなくて済むことに心から安堵する。

 それに、エリクが私の従者枠で学園に通っているので、優秀なエリクの学ぶ時間を奪わないで済んだことと、学園にいる数少ない友人との時間が途切れないことが嬉しい。


 私とエリクは見合わせるとアルバンお父様の前へ並んだ。


「ありがとうございます。お父様」

「シュゼット様を大切にします」

「幸せになりなさい」


 アルバンお父様がエリクと私に向ける眼差しは穏やかで優しさに満ちていた。

 お父様と前妻であるマリーズ・エルランジェとの娘である私への興味関心はほとんど無くなっているのかと思っていた。

 実際お父様は忙しくなり、会話は減っていた。

 けれど、実母であるマリーズ・エルランジェが他界してから、多忙なお父様との絆が薄れていくようで寂しくて悲しくて、それを確定させるのはもっと怖くて悲しいから、自分の方もお父様と関わる事を無意識に避けていたのかもしれない。


 もっと早くお父様と話す機会を求めれば良かった。

 そうすれば、継母のパメラとも、異母妹のミラベルとも違った時間を過ごせたのかもしれない。

 でも、時間を戻すことはできないし、今は戻したいとも思わない。


「はい」


 示し合わせたわけでは無いけれど、不思議なくらい私とエリクの声が重なった。




 パーティー会場へ戻ると、誕生日パーティーはすでにお開きとなっていた。私の様子から分が悪いと察したパメラがミラベルのために終わらせたのかもしれない。


 私とエリクは二人に宣言する。


「私はエリクと共に生きていきます」

「は? ダルシアク様とのお話はどうなりましたの。それに、やはり不貞を」

「あなたが思っているような事実はありません。婚約の話ですが、お父様に伺ったところ、そのお話は我が家への打診であり、検討段階だったそうよ」


 パメラは黙ったまま。私がこの家を去る話はこの人にとって悪い話では無いからだと思う。

 私はミラベルに対し忠告する。


「ジョスタン・ダルシアク様への気持ちがあるのなら、ちゃんとお父様に相談しなさい」

「ち、違いますわ。私はただ……」

「そうなの。勘違いしてごめんなさいね。それでは、ごきげんよう」


 今までは、私の方はミラベルの言い分を聞くように心掛けてきた。でもこれからもそうしようとは思わない。


 時間が足りない。

 今までも個人的には水面下で色々と備えてきたけれど、これからはエリクと沢山の打ち合わせをして準備をしなくては。







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