第2話 出会ってゼロ秒で結婚
「うーん困ったなぁ。本当に困った。」
「いやほんとそれよ。まさか羽付きトカゲに俺の青い春の一部を捧げてしまうなんてな。」
異世界という確たる証拠は未だにこのドラゴンの存在だけだが、多分十分過ぎる程の情報材料だろう。
色々な出来事に頭が狂ってやけくそに舌が回る。
「君、この状況を上手く掴めてないようだね。」
「ったりめぇだろ。最近見たアニメとか小説でよくある現実逃避のストーリーをまさかの俺が体験するとか本当に勘弁して欲しいわ。俺はお前らと違って勝ち組だごら!」
そう、もう少しでアダルティーで濃厚な生活の第1歩を踏み出そうとしていたはずなのだが、異世界召喚と言うかなりスピリチュアルな出来事に、あのタイミングで巻き込まれたのだ。
「大体なんで俺なんだよ!いかにも充実感あるだろ!というか俺が現実世界にいた方が社会貢献できただろうが!なんでクズニートとかじゃなくて俺なんだよ!」
「うるさいなぁ。」
(落ち着いて考えてみよう。もし神とか言う存在がいたとして、こんな場所に流刑した理由はなんだとおもう?
...
世界を神が見ている→人類の発展が害悪という他の生物の声を聞き入れる→貢献度と繁殖の可能性に比例して異世界送還
とかありそう…!!)
「さっきから君色々と過程を確信して妄想膨らませすぎじゃない?あと自画自賛も半端じゃないし。」
「何お前思考とか読めんの?俺にそんなチートスキルついてないんだけど、どーなっとるんですか神様ぁ!?」
(まあ、色々気づいてはいるんだよ。馬鹿みたいに馬鹿なことを考えて馬鹿発言してる馬鹿だという自覚は十分にある。言いすぎたかもしれない、9.9分にある。)
だが、実際体験してみなければ分から無いこともあったと汰百は頷く。
非現実的な事。
いや、マジックや手品などそんなレベルではないもっと現実離れした出来事は、2回も続けて起きれば脳がバグる様だ。
アニメや小説などで見る主人公は何故あんなに落ち着いて状況整理が出来るのだろうか?
なんて愚問である事も今の彼は分かっていなかった。
「それで君、そろそろ話はできるかい?君の言う『現実世界』って言うのは僕からの解釈ではそれこそ異世界なんだけどね、どうやらその異世界から君が召喚されたって言うのは妄言とは言い切れないみたいだ。読んだ思考に知らない単語がズラズラ並んでるのがその証拠かな。」
暗闇から目を光らせる龍は、俺なんかとは対照的に落ち着いた様子で語りかける。
そしてなぜか分からないが、その落ち着いた龍の様子に闘争心が芽生えた汰百は同じように流暢に話し始める。
「あーね。勉強不足で古文とか読んでんのと同じ感覚か。因みに思考がどこまで読めるか知らないけど言葉は通じるみたいだし、俺が想像した文字とかは分かるのか?」
落ち着いた様子を演じ、少しドヤった。
腐っても名門校行きを果たした意地なのかもしれない。
ここでは何の意味もないが。
「君の情緒は異世界へ置いてきてしまったのかい?まあ、そこはいいや。文字はその人が映像として連想していれば何となく分かるよ。それに僕は君の言うちーと?だからね。今みたいに知らなかった単語でも『読む思考があれば』その意味もそれなりにわかるんだ。言っちゃえば生き物であれば誰とだって話せるよ。」
紛れもないチート能力である。
だが、とてもわかりやすい解説だ。
皮肉もいい感じに効いていてユーモア性を感じる解説である。
彼なりに訳せば『腹が立つ』。
「つまりあれか、お前は俺と話すことによってどんどんJK化促進...ほぅあ!?」
そんな分かるわけもない単語を口にした瞬間目の前にいたデカブツが突然光出しどんどん縮まっていった。
そして、汰百が血反吐を吐く思いをしながら苦労してやっとの思いで入学した、あの高校の女子用制服を着た美少女が現れたのだ。
「ぎゅぎゅっと。じぇーけー?ってのはこんな感じかい?」
「マジかよそろそろキャパオーバーしそうなんだけど。」
先程の説明を聞けば彼の通っている高校の制服である理由は分かる。
だが何より驚きなのはその精度である。
映像として想像したものをここまで繊細に再現出来ている目の前のドラゴンだった者に「何となく」で辞書を引かせてやりたい気分になった。
多分出てこないが。
「人間にもなれるんだな。死んだら来世はお前になりたいわ。」
「褒めるの下手だね君。でもこれは君の観察力の賜物だよ。ハッキリと映像化されてたから忠実に再現出来たんだ。よく見てるんだね。」
褒められてるのだろうか?
汰百が気色悪いほどに彼女、島田花蓮を目で追っていたことがここで明らかにされてしまった。
そしてふと、彼女のことを思い出してしまう。
(もう会えねえのかな…。)
会話が途切れる。
少女はため息を吐き重たそうに腰を下ろしては胡座をかいて深刻そうな表情を見せた。
「ところでさ、君僕と接吻したの覚えてる?」
「ああ、歯が当たる程の濃密な奴をしたな。だが済まない!あれは不可抗力なんだ。俺には既に心に決めた...」
「悪いけど、君の都合は尊重されないんだ。」
彼の熱弁が長くなりそうなのを読み食い気味に話を割る。
「どういう意味だ?まさか君の故郷が...」
「驚く程にその通りだよ。僕の故郷は接吻で良人を決める方針がある。これは油断した僕が悪いけど、君という人間と僕は形だけでも既に結婚してしまっているんだ。」
(いや言いたいことは山ほどあるけど、心が読めるからってそんな食い気味に話すことないじゃん...。)
少し凹みながらも聞いた情報を整理する。
これは、龍である彼女の気持ちの問題になる。
無かったことにすると言う選択肢はきっと無い。
目の前で深刻そうに考え込んでいる少女を見れば、嫌でもわかる。
きっと、故郷をこの上なく愛しているのだ。
加えて、先程チートスキルを何度も見せられたのだ、猿でも気づく。
彼のような虚弱な人間は、このドラゴンたちの方針に逆らえば一瞬で消し飛ばされるだろう。
逆らえないのだ。
つまり、彼の都合は“ここ”では尊重されない。
ならばさっき妻になったこのドラゴンに夫婦のフリをしつつ協力を仰ぎ、元の世界へ帰る方法を探す他ないだろう。
「多分、俺の気持ちは分かってるだろう?」
少女は何も言わず頷く。そしてまた下を向いて考え込んだ。
「一応聞くけど、あんの?帰る方法。」
「わからない。それにあったとしても帰るんじゃなくて行く方法かもしれない。異世界なんて初めて聞いたし本当にあるなら1つとは限らないんだよ。」
彼は何かデジャブを感じ取り、その正体がわかった途端自然と笑みが零れた。
「また仕切り直しか...。」
お先は真っ暗。
可能性は塵ほども無いだろう。
しかし信じて見つけていくしかない。
きっと、前回より断然辛い旅路になるだろうが乗り越えて見せなければならない。
(向こうではきっと待ってくれているんだよ。女の子を待たせるのは男の名が廃る。)
「...いいよ、手伝ってあげるよ。」
「いいの?俺みたいな男取り逃がしちゃって。後でやっぱりなんて言ってもお婿に行ってあげないんだからね?」
「だからどっから来るんだい?その自信は。」
汰百は、ドラゴン1匹をゲットした。
普通に考えてみれば幸先が良すぎるかもしれない。
この調子が続くことを願いながら、女子高生の制服を装ったドラゴンと洞窟の出口へ向かった。