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最果てのパンドラ2   作者: いづみ上総
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聖都の闇-3



 宿をとったあと、パンドラと連れ立って新しい本を探すことにした。パンドラにとって本は旅の共であり、もう一人の相棒と言っていい存在だ。


 そんな彼女がレンガに囲まれた小さな本屋を訪れると、そこには数人の憲兵に調書を取られている店主らしき中年の男がいた。


 覇気を失った男の顔色は死人のようで、憲兵は苦々しい表情を浮かべていた。

 彼らの言葉に耳を傾けると、彼の娘は数時間前に行方不明になったと聞こえてきた。


「ほんの一分なんです。一緒に歩いていたのに」

「それは、どこで?」


「言ったじゃないですか何度も何度も。大通りの裏ですよ。マリィはお腹が空いたから早く帰りたいって……ああ、どうして私はあのとき手を繋がなかったのだろう」


 娘が失踪した本屋の主人は憔悴しきった様子で、頭を掻きむしっている。ダラリと下げられた手には古びた『赤い頭巾の女の子』が握られていた。


 店主の顔や、握られた本を見ていると胸がザワザワした。訳もなく額が痛み、知らないはずの女の子の姿が脳裏を過ぎった気がした。


「娘は無事なんでしょうか?」

「さあね。アンタみたいなやつは何十人と見てきたが、まだ親元に帰れた子は一人も見ていない。どこで『どう』なってるのか見当もつかないよ」


「おい、やめろ。滅多なことを言うんじゃない。お父さん、気を強く持ってください。娘さんは我々が全力をあげて捜索しますから」


 冷たく放言する若い憲兵に、年嵩としかさの憲兵が声を荒げてから、嗚咽おえつをあげる店主をなだめる。


 憲兵たちは収穫がなかったらしく、すぐに店主から調書を取ることを終えてしまったが。


 だが絶望の匂いを漂わせたまま店主は立ち上がることなく、ぼんやりと座ったままだった。

 見ているだけで気の毒になるほどの気配を漂わせた店主に、声をかける勇気はパンドラにもなく、仕方なく宿に戻ったのは日が沈む前の話だ。


「ウィル、あんなの可哀想ですよ。私は、なんとかしてあげたいです」

 ――気持ちはわかる。だが、わざわざ顔を突っ込むのは賢いとは言えない。それにこの街には武装神官という戦力もある、聖騎士だって何人もいるだろう――


 大きな宗教というものは信仰心だけで維持できるものではない。

 金銭はもとより政治的な力、そして外的脅威を排除するための暴力機構ぐんじりょくも備えている。宗教とは形のない国家であり、思想でまとめられた組織だ。


 かの優しき王と呼ばれた『聖王』の興した国ですら、武力があるから現在まで存続していると云えるだろう。


「でも。でも、子供たちは『いま帰れない』んですよ。なのに……なにか出来るかもしれないのに、何もしないのはイヤです」


 悔しげに俯いたパンドラの指先がぎゅっと硬く握られる。掴まれたシーツが深いシワを形作った。


「私は黙って見てるだけなんてしたくないんですよ。待っているだけは……イヤなんです」


 俯くパンドラの目元に光るものがあった。

 彼女からは興味本意ではない、強い願いの匂いがする。


 ああ、と思う。


 どうして、彼女はこんなにお人好しなのだろうか。どうして自分は、そんな心根を嬉しく感じてしまうのだろうか。どうして誰かのために心を砕くパンドラの匂いを好ましく感じるのだろう。


 ――まったくパンドラは人が良すぎる――


 その匂いに私は、深い深い溜息をこぼしてしまう。


「ひどいです。ウィル、私は真剣なんですよ」

 ――ああ、分かっている――


 ひょいっとベッドを飛び降りて、部屋に一つしか無い窓の縁に飛び移る。


「ウィル?」

 ――どうした? 子供たちを助けに行くんだろう。はやく鎧戸を開けてくれ――


 まだベッドに腰掛ける振り返り、パンドラに声をかける。


「ウィルッ! 大好きです」


 ようやく私の意図を理解したパンドラが、感激の声をあげて私に抱きついてきた。


 ――やめろ。嗅ぐな、甘噛みをするな――


 遠慮ない旅の相棒の行為に私は悲鳴を上げて暴れる。だが、パンドラはそんな私を抱きしめ離そうとはしないのだった。


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