風の章⑤
俺は物心ついた時から、サッカーをしていた。
父親が自分と外で遊びたいとサッカーボールを買ってきた。最初は上手く蹴れず、足に数えきれないほど傷を負ってきた。だが負けず嫌いな性格の自分は、涙を流しながら上手になるまで練習を続けた。
その結果、周囲から一目置かれるほどの選手にまでなった。FWとして、数多くの得点を決め続けてきた。
記者やリポーターからもインタビューを受け、「高校生最強ドリブラー」とも称されていた。
周りからの期待や憧れの眼差しを受け続けて、俺は正直天狗になっていた。自分の実力を誇示するのは気持ちがよく、歓声を浴びるのも自分が認められている、必要とされている証に思えた。おそらく自分に勝てる奴なんていないんじゃないかなんて、度々思ったこともあった。
ただ、俺は負けた。
強豪校でもなく、プロでもなく、自分の驕りにだ。
新人戦の県大会。1つ上の代が引退し、1,2年で構成された新チームでの初めての大会であった。
疾風はこの活躍ぶりから、1年生のころからレギュラーメンバーであったため、試合の雰囲気にのまれることなく、今大会でも素晴らしい活躍をしていた。だが疾風はチームメイトにずっと苛立ちを覚えていた。緊張で動きが硬い奴、自分がシュートを打てるときにパスをしない奴、簡単に敵に抜かれる奴。疾風はいつからか、仲間に期待をしなくなっていた。
自分1人でも点は取れる。攻撃は最大の防御、攻めてる間は攻められない。
むしろ仲間がドジを踏むせいで負けてしまう、そんな考えを持ち始めるようになった。
そんななか、事件は起きた。県大会の決勝戦。0-1で後半戦残り5分。何としてでも追いついて
延長戦にもっていかなければいけない。疾風は得意のドリブルで相手を出し抜くが、敵チームは完全に守りの体制になっていて、さすがの疾風にもどうにもならない強固な壁となっていた。
疾風のチームメイトで同じポジションである稲田は、「一緒に攻めていこう!」「俺が囮になるから!」と提案をしてきたが、疾風は聞く耳を持っていなかった。このボールは俺のものだ。俺が持っていることが1番勝利につながる。そう信じ込んでいた己の実力と才能。疾風は仲間の提案を無視し、1人で敵の壁に立ち向かっていった。
1人、2人と得意のドリブルで疾風は敵の守りを突破していく。稲田も疾風に食らいつくように進んでいる。ついに敵チームの守りを突破した疾風は、瞬時にKPの位置を見定めシュートを放った。狙うは右上の角ギリギリ。しかしむなしくもボールはゴールポストに弾かれた。だが幸運にもボールは、ここまで必死に疾風についてきた稲田の足元に返ってきた。疾風は「よこせ!!」と鬼気迫る表情と怒鳴り声で仲間にパスを要求するが、敵チームに囲まれその声は届かなかった。
稲田は敵チームのスライディングを上手によけ、何とかボールをキープしていた。そのおかげか、彼の視線にシュートできそうな空間が出来上がったのだ。彼はいざシュートを打とう足を振りかぶった。
その時、強い衝撃が体全体に走った。誰かから衝突されたのだ。敵チームの誰かならば、これはファールレベルのタックルだ。PKに持ち込めるかもしれない。だがそんな彼の願いは瞬時に砕け散った。
タックルをしてきたのは、疾風だった。
疾風は無理やり敵の包囲網を突破し、ボールを持つ稲田の方へ向かった。だが疾風には稲田のアシストなんて考えは1㎜もなかった。なんでお前が持っている?お前が持っていても意味がない!それは俺のだ!疾風はあろうことか稲田にタックルをし、ボールを奪ったのだ。そのプレーには味方、敵、審判、観客全員が唖然としていた。
結果、疾風は奪ったボールを力任せに蹴った。ゴールポストを高く越えたところで試合終了のホイッスルが鳴り響いた。敵チームはフィールドでともに戦った仲間、ベンチで応援してくれていた仲間と肩を抱き合って、笑ったり泣いたりして喜んでいる。対照的に疾風のチームは負けたことではなく、別の要因のせいで只ならぬ重い空気に満ち溢れていた。無論その要因は語るまでもないだろう。疾風はその場に立ち尽くし、荒い呼吸を続けていた。そこに他のチームメイトが、近寄ってきて胸倉をつかまれ地面に倒された。
「てめぇ!!自分が何したかわかってんのか!」
その言葉に対して、疾風は沈黙でしか答えることができなかった。そもそも疾風は自分が何をしたか気づいていなかった。試合に集中しすぎるあまり、もはや周りのことが見えなくなっていたのだ。
疾風にタックルされた稲田が、みんなに心配されながらも「大丈夫・・」と呟きながら起き上がった。
誰もその場に倒れこんでいる疾風に目もくれず、控室に戻っていった。
起き上がろうとした疾風に監督が「疾風、しばらく部活来るな。頭冷やしてこい」と告げ、駆け足でベンチに戻っていった。
疾風はそれ以来、サッカー部には行かなくなった。さらには応援していた一般生徒からの悪評も広まりり、学校に居場所が無くなってしまった。疾風はつらく苦しい気持ちを抱え、不登校になった。