風の章④
公園に着いた二人は、備え付けのベンチに腰を下ろした。
疾風にとってこの公園は、思い出の場所であった。自分がまだ幼かったころ、よく両親に連れてきてもらっていた。自分のサッカーとの付き合いは、この公園から幕を開けた。そろそろ保育園に上がる年になったころ、外で遊ぶのに慣れおいたほうがいいと、父親がサッカーボールを買ってきたのだ。あんまり覚えてはいないが、自分の足元にコロコロと転がってきたボールを力いっぱい蹴っていた記憶がうっすらある。まあ今の自分にとっては、最も思い出したくない記憶である。
「それで、話って何ですか?」
疾風は不信そうに朧に質問した。
「いやー、朝の公園ってのはいいもんだねー!澄んだ空気の中で閑静な時間を堪能するのは、心にゆとりを持たせてくれるしねー!」と、朧が両手を重ね、伸びをしながら答えた。
「聞いてます?俺に用があるんですよね。できれば手短にお願いできますか?」
「せっかちさんだなあ~。そんなんじゃ女の子にモテないぞ!」
苛立ちを隠せずに尋ねる疾風に対して、朧はおどけた様子で返答する。
「帰ります!」
しびれを切らし、疾風がベンチから立ち上がる。
「ごめんごめんごめん!!ちょっとからかっちゃった!」
それに対し、朧は笑いながら両手を合わせ疾風に謝罪した。
疾風を再びベンチに座らせた朧は、ふうと深呼吸をし、疾風の顔をまっすぐ見つめて話し始めた。
「改めておはよう!私は上杉朧!単刀直入に言うと、不登校の君を、また学校に連れていくために会いに来ました!」
朧の話を聞いた疾風は、ますます彼女に嫌悪感を抱いた。
なんだこの女は。アポも無しに朝早くから家に来て、遠慮せずに家に上がろうとするし、挙句の果てには俺の不登校をやめさせる?馬鹿馬鹿しい。頭おかしいんじゃないのか。
「何を訳の分からないことを言ってるんですか!そもそも俺は、あんたと今日初めて会ったんですよ!
あんたにそんなことされる筋合いなんかないでしょ。」
「ところがそうでもないんだよな~!確かに君とは初めましてだ。でも私は君のことをよく知っているよ!高校生最強のドリブラーの真田疾風君」
朧が調子よく返答すると、疾風の顔が歪んだ。
自分にとって最も思い出したくなかった、その名前を聞いてしまったから。