風の章③
目の前で起きたことに疾風は動揺を隠せなかった。
なんだこの人は。朝早くから大声で呼び出しておいて、特に事情も言わないままよく分らんポーズを取っている。疾風は上杉と名乗る女性に返答せずに、静かにドアを閉じカチャと鍵を閉めた。
さて、何もなかったことにしよう。もう一度寝るか。
「疾風くーん!なんで閉めるのー-!?君を助けに来たんだよー--!」
恐らくさっきの上杉朧が鍵のかかったドアをドンドンと叩きながら自分に呼びかけている。
疾風は無視して自室に戻ろうと思っていたが、この大声と騒音を続けられると、両親が起きて面倒くさいことになり、近所の方々にも何事かと心配されそうと感じた。
疾風は仕方なく玄関に戻り、鍵を開けた。するとノックが止み、満面の笑みを浮かべた朧が立っていた。
「やあ疾風君!せっかく来たのに話もしないなんて、寂しいじゃないか。まあ立ち話もなんだし、お邪魔させてもらおうかな!」と、家の中に入ってこようとしていたので、疾風は慌てて止めた。
「ちょちょちょ!?何ですかあなた!いきなり家に来て、俺を助けに来たとか訳わからないこと言い出して!挙句には勝手に家に入ろうとしてるし!警察呼びますよ!」と軽く怒りながら、疾風は言った。
「あれ?昨日メール送らなかったっけ?助けにきたよーみたいなやつ」
「あれあなただったんですか?てかそもそも初対面なのに、なんで俺のメールアドレス知ってるんですか!?」
「まあ細かいことは気にしないで、とりあえず私とお話ししようか!では家の中へ・・」
また朧が家に入ろうとしたので、再度疾風が止めた。
「いやだから!いきなり来られて家に上げられるわけないでしょ!?」
「えー!私歩いてきて疲れたのにー!客人はもてなすものでしょー?」
「朝っぱらから急に来て、大声と騒音を出す人を客人とは呼ばん!帰ってください!」
「ちぇー。じゃあ家には入らないから、少しお話だけしよ!」
どうしようか。この様子だと、この手のタイプの人間はあきらめて帰ることはない。相手の条件を飲んで素直に帰ってもらうことにしよう。でもほんとにやばい人かもしれないから、警察に不審者がいると連絡する準備をしておこう。疾風はため息をつき、朧に返答した。
「分かりました。では近くに公園があるのでそこでお話を聞きます。それでいいですか?」
「ええー。また歩くのかー。まあ話聞いてくれるなら我慢するか。じゃあ飲み物おごって?」
「高校生からたかろうとするな!じゃあちょっと準備するんで、おとなしく待っててください!」
疾風は朧をおいてドアを閉めた。そのあと、急いで自室に戻り、外出用に服を着替え寝癖を直した。スマホと財布をズボンのポケットに入れ、玄関に戻った。ドアを開けると、朧が腕組みをしながら青空を眺めて待っていた。
「お!来たね。では公園にレッツゴー!」
「もっと小さい声でお願いします!まだ朝早いんですから!」
疾風は人差し指でシィー!としながら朧に注意した。テンションの真逆な二人は、陽気な足取りと、とぼとぼした歩きで近くの公園に向かった。