風の章①
「お前とはもうやってられない!」
「チームプレーって言葉知ってる?」
「もう出てってくれ。お前の居場所なここにはない」
ドタンッッ!!
ベットから転げ落ち、ハッとした表情で真田疾風は目を覚ました。またあの夢か。
あの日以来時々見てしまうこの夢。最近は見ることはなかったが、まるで誰かが自分の罪を忘れさせないように仕向けてきている。
相も変わらず気分は最悪だ。何か水でも飲んで落ち着こう。
疾風は重い体を起こし、自分の部屋がある二階から一階のリビングに向かった。
疾風はリビングに入り、キッチンの戸棚から自分のグラスを手に取り、蛇口から水を出した。
水を一気に飲み干し、ふぅと心を落ち着かせた。壁にかかっている時計を見ると、時刻は間もなく午後3時を回るところ。その隣にあるカレンダーに目をやると、家族の予定やゴミ出しの日など、いろいろなメモやスケジュールが記入されていた。あれ、今日って何日だっけ?
疾風はポケットからスマホを取り出し、電源を入れる。画面には7月26日(火)と映し出されていた。
日付を確認し、再度カレンダーに目をやると「夜勤:晩御飯各自で」と母親の字で書かれていた。
そうか。晩メシどうしようかな。疾風はキッチンの戸棚の1番下の棚を開けた。ここにはレトルト食品やインスタント食品が入っている。疾風はその中からカップうどんを取り出した。ここのインスタント食品は家族共有であるため、自分の分を確保しておかないと、両親に食べられてしまう恐れがある。疾風はカップうどんを自室に持ち帰った。
疾風は部屋に戻ると、デスクチェアに座りノートPCを開いた。昨日途中まで見ていた、サッカーの海外リーグの試合中継の動画が停止されている。そうか。あの夢を見てしまったのはこのせいか。
疾風はノートPCを閉じ、自室のカーテンと小窓を開けた。心地いい夏風が、暗い冷めきった自分の部屋に入り込んでくる。さらには、子供たちのはしゃぐ声や、車のエンジン音、工場の機械音などありふれた日常に欠かせない音も流れ込んできた。
疾風は両腕を枕にし、顔を沈め、この落ち着きのある空間に身をゆだねた。
この環境は好きだ。余計な事を考えなくていいし、誰も干渉してこない。あたかも世界には自分だけなんじゃないかと錯覚する。永久にこの環境に居続けたい。そうつい願ってしまう。
「信謙~~!ファイト!ファイト!ファイト!」
突如、この心地いい世界に勝手にずかずかと足を踏み入れるかのような、大勢の太い声が疾風の耳に入り込んできた。疾風はすぐさま窓とカーテンを閉めた。
なんだあいつら。どこまで俺を嫌悪すれば気が済むんだ。
さっきまで落ち着いていた心に、暗雲が立ちこめたかのようにムカムカし始めた。
疾風はベッドに戻り、夜になるまで寝ることにした。だがあの声が脳裏に染みついて離れない。
うるさい!消えてくれ!もうお前らとは関わりたくない!
疾風は掛け布団を頭まで被り、真っ暗で温かい世界に逃げ込んだ。
もう外に出たくない。あんな思いをするのなら、この世界でそのまま命を終えたい。
疾風は、不登校になった自分の愚かさを痛感しながら眠りについた。