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結月祭シリーズ  作者: ホッシー@VTuber
第2章 空二謡ウ月兎
9/26

3

「ただいまー」

 今日も何事もなく、仕事を終わらせた俺は玄関を開けながら言う。いつもなら、PCを付けて、ゆかりさんに向かって言っていたが、今はゆかりがいる。言ってみてから感じたが、胸の奥から懐かしさが込み上げてきた。

「ゆかりー? 帰って来てる?」

 玄関の鍵は開いていたのでいることはわかっているのだが、返事がなかったのでちょっと心配になってしまう。

(疲れて、寝てるのかな?)

 そう思いながら部屋に入った。

「「あ、お帰りなさい」」

「……は?」

 ゆかりは寝ていなかった。しかし、そんなことよりももっと、あり得ない存在がそこに座っていた。

「……ゆ、ゆかり、さん?」

 ゆかりの前にゆかりさんが座っていたのだ。

「はい! マスター!」

 俺の問いかけにゆかりさんは頷く。そして、そのままゆかりさんの目から涙が零れた。

「ゆかりさん!」

 肩にかけていたバッグを放り投げてゆかりさんを抱きしめる。

「うっぷ。ま、マスター! 苦しいですよ!」

「だって……ゆかりさんが目の前にいるから」

 例え、意識があることを知っていても、意思疎通は出来ていても、ゆかりさんの声でゆかりさんの言葉を聞きたかった。

「……マスター、お久しぶりです」

 ゆかりさんは抵抗するのをやめて、俺の体に腕を回してギュッと力を込める。

「うん、久しぶり。元気だった?」

「もちろんですよ。マスターこそ、寂しくて泣いていませんでした?」

「大丈夫。もう、独りじゃないって知ってたから」

 お互いに力を抜いて顔を見合う。ゆかりさんの頬は少しだけ紅く染まっていた。

「……あの、私、いるんだけど?」

「「うわっ!?」」

 そうだった。従妹の前で何をやっているのだ。

 慌てて、ゆかりさんから離れる。

「……お兄さん、その子と何があったの?」

 ジト目でゆかりが質問して来た。

「え、あー……まぁ、色々」

「私とマスターの間には一言では言い表せない絆があるんです」

 ペッタンコな胸を張って勝ち誇った顔でゆかりさん。

「むっ……わ、私だってお兄さんと色々あったんだから」

 ゆかりはそっぽを向きながらそう言い放つ。

(俺とゆかりの間に、何かあったのか?)

 昔のことはあまり、覚えていない。だが、俺よりも年下のゆかりが覚えている。

(覚えてないのって、ただ単純に忘れているだけなのか?)

 何なのだろう、この胸のもやもやは。忘れてはいけないことを俺は忘れてしまっているのではないのだろうか。

「ちょっと、聞いていますか?! マスター!」

「ちょっと、聞いてる!? お兄さん!」

「え?」

「従妹に言ってあげてください! あの日々のことを!」


「この子に言ってあげてよ! あの日の約束を!」

「ちょ、ちょちょっと待ってよ! 何がどうなってそうなったの!?」

 俺が少しの間、考え事をしている間に2人はもう、いつ殴り合いを始めてもおかしくない状況に陥っていた。

「ほら、マスター!」

「ほら、お兄さん!」

「ああああああ!! もう! 晩御飯を作るから二人でお風呂に入って来なさい!!」

 俺は――久しぶりに女の子に向かって怒鳴った。












「さて、落ち着いたか? お前ら」

「「……はい」」

 俺の怒声がかなり、ショックだったようでお風呂から上がって来た二人はションボリしていた。

「……よし、なら許す」

「本当ですか?」

「ああ、もちろん、あんな風に喧嘩し始めたらまた怒るからな?」

「うぅ……わかった」

 俺がもう怒っていないとわかると安心したのかゆかりさんとゆかりはほぼ同時に安堵のため息を吐いた。

「……それにしても、似てるな」

 この二人の違いは髪の毛の色だけではないだろうか? 先ほどから、台詞も被っているし、何も知らない人がゆかりさんたちを見たら双子だと勘違いするだろう。

「そこなの、お兄さん」

「え?」

「どうして、私たちはこんなに似てるんだろうってお兄さんが帰って来るまで二人で話してたの」

 それを聞いてゆかりさんの方を見ると頷いた。どうやら、本当のことらしい。

「俺からしたらまず、何でまたゆかりさんが三次元に召喚されたのか気になるんだが?」

「その前に、もう一つだけ報告があります」

「何?」

 何だろうと首を傾げる。





「マスターのPC、壊れました」





「……はい?」

 意味がわからない。だって、今朝までは普通に起動していたPCが急に壊れるわけがないのだから。

「従妹、その風呂敷を取ってください」

「うん」

 ゆかりが部屋の隅に鎮座していた風呂敷を勢いよく引っ張る。その下から黒こげになった何かが出て来た。

「……ナニコレ?」

「PCだよ」

「俺のPC、白いんだけど?」

「爆発して焦げました」

「……はあああああ!?」

 立ち上がって変わり果てたPCに駆け寄る。確かに、ほとんど原型は留めていないが、俺のPCだ。

「そ、そんなぁ……」

 この中にはたくさん、大切な物が入っていた。ゆかりさんの画像とか。

「……さて、どうしてこんなことになってしまったのか一から説明しますね」

 項垂れている俺の肩に手を置きながらゆかりさんが今までにあったことを話してくれた。

「つまり、ゆかりがパソコンをいじったらこうなったわけだな?」

「何でそうなるの!?」

「冗談だ。ゆかりさんとゆかりが聞いた声のせいだろうな」

 それが誰なのかはわからないけれど。

「確か……その声は13年前って言ったんだよね?」

「はい、そうはっきりと言いました。でも、その前に3年前とも言っていましたよ?」

 『3年前』という言葉を聞いて俺は思わず、呻いてしまう。

「どうしたの?」

 それに気付いたゆかりが心配そうに聞いて来た。

「いや、何でもない。しかし、13年前かぁ……」

 俺が中学1年の時だ。確か、頭を強く打って数週間ほど入院したことぐらいしか記憶にない。

「……お兄さん?」

 俺の態度が意外だったようで、ゆかりは少しだけぶすっとした様子で俺を呼ぶ。

「ん?」

「えっと……覚えてないの?」

「何を?」

「……何でもない!」

 そう言いながらそっぽを向いてしまった。

「ゆかり、何か13年前にあったのか?」

「ふん!」

 これは、本格的にヘソを曲げてしまったらしい。

「従妹」

 そんなゆかりにゆかりさんが話しかける。

「何!?」

「今は少しでも情報が欲しいので、何でもいいんです。話してください」

「……」

「私はボイスロイド。いつ、三次元から電子の世界へ帰ってしまうかわからないんです。そして、その電子の世界の入り口であるPCはもう、ここにはない。つまり、下手したら私、突然消滅してしまうかもしれないんです」

 ゆかりさんの言葉は俺に重くのしかかった。8月にそれを俺たちは体験したのだ。たまたま、PCへ戻っただけでゆかりさんの自我は消えなかったが、もしかしたらそのまま、ゆかりさんは消えていたかもしれない。それを考えただけでゾッとする。

「しょう、めつ?」

「はい。消滅です」

「……13年前。私とお兄さんは事故に巻き込まれたの」

「事故?」

 そんな記憶はないのでちょっと吃驚してしまった。

「お兄さん、あの時、頭を打ったから記憶が飛んじゃったらしいの……入院もしてたし」

「あ! あの時の入院はその事故が原因なのか!?」

「結構、大きな事故だったから……小さかった私でも鮮明に覚えてる」

 そう語るゆかりの頬は何故か、紅く染まっている。何を思い出したのだろうか。

「む……」

 それを見てゆかりさんが眉を顰めた。

「事故……13年前……3年前……」

 ゆかりさんが眉を顰めた理由も気になったが、それよりこっちの方が大事だ。

「13年前と3年前……共通点、一つだけある」

「え、本当ですか?」

 俺の呟きを聞いてゆかりさんは目を丸くする。

「ああ……俺が事故に巻き込まれてるってとこ」

「13年前だけじゃなくて、3年前にも巻き込まれたんですか?」

「うん……」

 当時のことを思い出すだけで胃の中の物を全て外に吐き出しそうになってしまうので、これ以上は説明しなかった。

「……そうですか」

 俺の様子から察してくれたのか、ゆかりさんたちは何も聞いて来ない。とてもありがたかった。

「ですが、それだけでは私が三次元に召喚された原因はわかりませんね……」

「そうだな。俺が事故に巻き込まれただけだし。なぁ、ゆかり。13年前の事故ってどんな事故だった?」

「……採掘現場の落石事故だよ」

 3年前の事故とは違う。

「うーん、やっぱり、違うか」

「3年前と同じ事故だったらまだ可能性はあったんですけど……その様子では違ったのですね?」

「3年前は……地下鉄事故だよ」

 事故、というにはいささか暴力的だったが。

「やっぱり、関係性はなさそうだね」

「みたいだな……これじゃ、埒が明かない」

 嫌な記憶を思い出してしまったので、気を紛らわせるためにその場で寝転がる。

「マスター、そんな所で寝たら風邪を引きますよ」

「大丈夫大丈夫。こうしてるだけだから寝ないよ」

 その数分後、俺の意識はなかった。












「……ん?」

 カーテンから差し込む日差しに目が眩んで身を捩ろうとするも動けなかった。

(何だ?)

 不思議に思いながら目を開ける。天井だった。すぐに辺りを見渡して驚愕してしまう。

「何で!?」

 ゆかりさんとゆかりがそれぞれ、俺の腕を抱いて寝ていた。因みに右にゆかりさん、左にゆかりだ。

「……はぁ」

 起こそうと思ったが、二人の寝顔を見て俺はため息を吐いた。この先、どうなってしまうのだろうか。










「……ねぇ、後輩君」

「何ですか」

「どうしたの?」

 仕事場の机に突っ伏していると先輩が質問して来た。

「何でも、ないですよ……」

「いや、そんな死にそうな声で言われても……」

「はは、ははは……」

「壊れたような笑い方、されても……」

 俺は疲れ切っていた。ゆかりさんがまた三次元に召喚された日から早3日。もう、疲れた。

「そんなに従妹との生活が大変なのかい?」

「いえ……そういうわけではないんですが」

 ゆかりさんとゆかりは何かと喧嘩する。

 例えば、誰がどこで寝るか、とか。

 例えば、誰がどこに座るか、とか。

 結局、ゆかりさんとゆかりが一緒にベッドで寝て、俺が床に布団を敷いて寝ることにした。そして、座る場所は適当に座ることにした。

「はぁ……」

「いや、だからため息、吐くなっての」

「あ、すみません……」

 でも、ため息を吐いてしまう。ゆかりさんが三次元に召喚された理由も分からないままだし、3年前と13年前のこともまだ、不明なままだ。

「先輩って……13年前、何をしていましたか?」

「ん? 何だね、藪から棒に」

「参考程度に聞きたいなって思いまして」

「私は普通に中学に通っていたけど?」

「あれ? 先輩と俺ってそこまで歳、離れてないんですか?」

 今まで、先輩は歳の離れた年上だと思っていた。顔は綺麗で年下に見えるのだが、その雰囲気と言うか話し方がかなり、年上っぽいのだ。

「何言ってるんだ? 私とお前は一緒の歳だぞ?」

「……えええええええええ!?」

 まさかの同い年だった。

「そうなんですか!?」

「君が入社して来る時にプロフィールを見たからね。まぁ、先輩後輩の関係は変わらないよ」

「そりゃ、そうですけど……」

「それより、さっきの質問の意味はなんだね? よくわからないのだが……」

「あ、気にしないでください」

 ゆかりさんのことを説明してもきっと信じてくれないだろう。

「今日の君は変だね。本当にどうしたんだね?」

「いや……あ、あともう一つあるんですけど、3年前はどうしていましたか?」

 話を逸らすために咄嗟に質問する。

「3、年前?」

 しかし、『3年前』と言う単語を聞いた先輩は顔を青ざめさせた。

「え? 先輩?」

「……何でもない。すまないが、その話はしないでくれ」

「その話って……3年前ですか?」

「ああ……」

 頷いた先輩はそのまま、仕事に戻ってしまう。

(先輩、どうしたんだろう?)

 気になったが聞いても答えてくれないと思い、俺も仕事に戻った。

「……ねぇ、後輩君」

 1時間後、突然、先輩が声をかけて来る。

「どうかしました?」

「どうして、3年前の話を?」

「え?」

「いや、少し気になってしまってね」

「……ちょっと、気になることがありまして」

 思わず、誤魔化してしまった。

「そっか……なら、住所を教えて」

「住所?」

「ああ、あまりここでは話したくない。後日、後輩君の家で話したいのだよ」

「どうして、俺の家なんですか?」

「……色々あるの。お願いだ。後輩君」

 少し不安そうに先輩が俺の方を見る。まるで、ずっと隠して来た秘密をばらそうとしているような。

「でも……」

 俺の家にはゆかりさんとゆかりがいる。もし、先輩が来てしまったら二人のことがばれてしまう。それだけは避けたい。

「……よし、ならばここで使おう」

「え? 使う?」

「夏に女物の下着の買い方を教えてあげたお礼をだよ」

「ま、まさか……そのお礼に俺の家の住所を教えろ、と?」

「その通りだよ、後輩君」

 もし、断ったら会社の人たちに言いふらしそうだ。

「……わかりました。教えます。ですが、来る時には必ず、連絡してくださいね?」

「ああ、もちろんだよ。それじゃ、楽しみにしているよ」

 そう言う割に先輩の顔は暗いままだった。

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