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結月祭シリーズ  作者: ホッシー@VTuber
第2章 空二謡ウ月兎
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2

「はぁ……」

 ゆかりが家に来た翌日。仕事中にも関わらず、俺はため息を吐いてしまった。

「おや? 何か悩み事かな? 後輩君?」

 すると、隣の席でキーボードを叩いていた先輩がこちらを見ずに質問して来る。

「あ、いえ……」

「隣で深々とため息を吐かれたら気になって仕事もおちおち、出来やしないよ。ほら、言ってみなさい」

 そう言いながら、キーボードを叩く先輩。

(仕事、してるじゃないですか……)

 そんなツッコミは自分の心の中に留めておく。

「実は、従妹が昨日から一緒に住み始めて」

「従妹? ああ、そう言えば7月に泊まりに来てたね」

「は?」

 どうして、先輩が従妹のことを知っているのだろうか?

「忘れたのかい? 折角、私が女性用の下着の買い方を――」

「わあああああああああ! 思い出しました! 思い出しましたから!」

 そうだった。布団を買いに行った日に色々あって、先輩にゆかりさんのことを従妹と偽って相談に乗って貰ったのだった。

 大声を出してしまったので、周りにいる同僚に頭を下げていると先輩が徐ろに口を開く。

「この前は泊まりに来て、今度は同棲。君たちは付き合ってるの?」

「違いますよ……その、従妹の親が、事故で亡くなって従妹の学校に一番、近い所に住んでいたのが俺だったので」

「なるほど。従妹を転校させないために、ね。君はつくづく、女性に優しいんだね」

「え? 何でですか?」

(俺、先輩の前で女性に優しくしたことがあったっけ?)

「そりゃ、そうだろう? だって、従妹のために下着の買い方を私に聞いて来たり、今度は一緒に住んであげたり……全く、君は本当に紳士だ」

 ファイルを捲りながら先輩がため息を吐く。しかし、俺の頭には一つの疑問が浮かんでいた。

「あの、俺が言うのは変だと思うんですが……先輩の言い方だと『女性に優しい』ではなく、『従妹に優しい』っていう方がしっくり来るんですが」

「……まぁ、そうだね」

 一瞬だけ、手を止めた先輩だったが、すぐにキーボードに指を置いてタイプし始める。

「ところで、従妹は今、何歳なの?」

「18歳。高校3年生です」

「なるほど、そりゃ、転校とかしたくないわけだ」

 転校してしまうと、少なくない時間を転校の準備に割かなくてはいけない。

「大変ですね、受験って」

「おや? その言い方だと、後輩君は受験したことないようだね?」

「はい、俺、全て推薦で合格したので面接ぐらいなんですよ。筆記は全くですね」

「推薦?」

 とうとう、先輩は手を止めて俺の方を見た。それほど意外だったらしい。

「君、そこまで頭良くないのに」

「ストレートに人を貶さないでくださいよ……俺はスポーツ推薦です」

「っ……へぇ、そうなんだ」

 それだけ言って先輩は仕事に戻ってしまった。

(あれ? 何の競技とか聞かないんだ?)

 まぁ、俺もあまり触れて欲しくない話なので良しとしよう。

「でも、女子高校生と同棲なんてかなり、きついだろう?」

「まず、その同棲はやめません? せめて、同居にしてくださいよ」

「気にしない気にしない。それで、何か困ったことはないのかね?」

 これは、俺のことを心配してくれているのだろうか。

「うーん、今の所はないですね」

 ゆかりさんと1か月ほど一緒に暮らしていたのでそれなりに免疫はある。それに3年前までは――いや、いいか。まぁ、朝、ゆかりがベッドから落ちていて目が覚めると目の前にゆかりの寝顔があったのには吃驚したけれど。

「……ふーん」

 先輩はとてもつまらなそうに言って、キーボードを叩いている。心なしかタイプが激しい気がする。

「先輩?」

「何?」

「でも、きっとこれから困ることもあると思いますので、その時、相談に乗ってくれませんか?」

「……まぁ、私は後輩君の先輩だからね。いつでも、相談に来てくれていいよ」

「ありがとうございます!」

 ゆかりさんに関する事ならともかく、ゆかりなら普通の人間だし、心置きなく相談できるだろう。持つべきは心優しき先輩だ。

「……」

 安心からか、俺は先輩が訝しげな顔でこちらを見ていたのに気付かなかった。










「どう? 新しい家は?」

「え? あ、うん。ふ、普通だよ」

 数学の準備をしていたら友達が突然、話しかけて来て慌てて返事をする。

「一人暮らしなの?」

「ううん、従兄と」

「おお? これは、恋の予感か?」

 そう言われて、頭の中にお兄さんの顔が浮かぶ。

「ちょ、こ、恋なんて!?」

「……ありゃ? あながち、間違ってない?」

 どうやら、冗談だったようで友達は少し苦笑いしていた。

「そ、そんにゃことにゃい!」

「あ、あら……これはもう、確定ですな」

「うぅ……」

「それにしても……ゆかり、よかったね」

「え?」

 友達が何を言っているのか最初はわからなかったけど、友達の優しい顔を見てすぐにわかった。

「……うん」

「授業、始めるぞー」

「あ、じゃあ、また後でね」

「うん、またね」

 離れて行った友達を見送って急いで、数学のノートを机の上に置く。













「ただいまー」

 学校も終わり、お兄さんの家に帰って来た。でも、お兄さんは仕事でまだ、帰って来ていない。

「ふぅ……」

 シーンと静まり返った部屋の中、私はため息を吐いてしまう。

(クラスの皆……ものすごく、私に気を使ってるなぁ)

 事故で親を亡くした私にクラスメイトは余所余所しい。見るからに気を使っていて嫌になる。

「それなら、放っておいてくれた方がまだ、マシだよ」

 鞄を適当に置いてベッドに腰掛けた。

「ん?」

 その時、何故かパソコンの電源が付いていることに気付く。

(そう言えば、私が起きる前、お兄さん、パソコンやってたっけ?)

 私が起きたのに気付いたらすぐに朝ごはんの準備を始めた。

「あの時、消してなかったのかな?」

 電気代が勿体ないので電源を消すためにマウスを握る。

『あ……』

「え?」

 その時、脳内に誰かの声が響く。

『で、電源、消されちゃう……でも、ソフトを付けるわけにも……しかし、電源を消されたら意識がなくなっちゃうし……』

「だ、誰?」

『え……何で、従妹が反応するんですか?』

「だから、誰なの!?」

『も、もしかして、私の声が聞こえてるんですか?!』

 頭の中で響く声もあまり、状況を飲み込めていないらしい。

「貴女は誰なの?」

『……そちらこそ、どちら様ですか?』

「嘘。私のことを従妹って呼んだ。だから、貴女は私を知っているし、お兄さんのことも知っている。そうでしょ? そして、お兄さんも貴女を、知っている」

 ずっと不思議だった。お兄さんは何かを隠していて、時々、何かを思い出していて、いつも、何かを想っている。そんな気配を嫌と言うほど感じていたのだ。

『本当に、鋭い人ですね』

「それで、誰なの?」

『……はぁ。教えるしかないようですね』

 声はため息を吐く。そして、パソコンの画面に『結月 ゆかり』のソフトが現れた。

「え?」

 その光景に思わず、声を漏らしてしまう。だって、クリックはおろか、マウスそのものを動かしていないのに、勝手にソフトが付くわけがないのだから。

『やっぱり、驚きますよね。私の名前は結月 ゆかり。今、貴女が見ているソフトです』

「……はい?」

 あり得ないことを声が肯定してしまったので、聞き返した。

『いえ、だから、結月 ゆかりなんですってば』

「でも、そんなことあり得ない……」

『この世の中でも不思議なことが起きるものです』

「そ、それじゃ、本当に結月 ゆかり?」

『はい、結月 ゆかりです』

 つまり、お兄さんのパソコンの中にインストールされているこのソフトには意識がある、と。

「……いやいや」

『まだ、信じられないようですね。では、合図をしてください。そのタイミングでソフトを消しますので』

「そんなこと、出来るの?」

『出来ますよ。これで、私に意識があるかどうか、わかりますよね?』

 確かに、この声が録音されたもので、お兄さんのイタズラとかならばそんなこと、出来ない。

「……はい!」

 ちょっと、不意打ち気味に合図を出す。その瞬間、ソフトが消えた。

「……嘘」

『ほら、出来ました。信じてくれます?』

 否定したかったが、これでは反論できない。仕方なく、頷く。

『それにしても、おかしいですね』

「え? 何が?」

『どうして、従妹には私の声が聞こえているのでしょう?』

「それって、お兄さんに貴女の声は届いてないってこと?」

『私は考えることは出来ますが、自分のソフトを付けたり消したりすることしか出来ないので、それで意思疎通していました』

 逆にそれだけで意思疎通できるのはすごいと思う。

「じゃあ、何で?」

『私にもわかりません』









『やっと、この時が来ました!』









「『え!?』」

 悩んでいるとまた、別の声が頭の中で響いた。

『こ、これは?』

「わからない!」









『ふふふ、ずっと……ずっと、待っていたんです。3年……いや、13年間、この時を待っていたんです!!』









(13年間!?)

 その単語を聞いた瞬間、あの光景が脳内に蘇り、吐き気を催してしまう。

『だ、大丈夫ですか!?』

 私が手を口に当てたのを見たのか、結月 ゆかりがそう問いかけて来る。

「う、うん……」








『じゃあ、次のステップです! 二人とも、頑張ってくださいね♪』









 声が嬉しそうにそう言った刹那――パソコンの画面が光った。目も開けられないほどの強い光だったため、思わず目を瞑ってしまう。

 そして、訳が分からないまま、私は気を失った。



















 全てが終わった後で、俺は思った。

 13年前と3年前……ゆかりさんが三次元に召喚されたあの夏の日の出来事が、この日のためのプロローグだったということを。

 そう、まだ始まってもいなかった。全てはこの日から始まったんだ。

 俺たちが巻き込まれるあの、残酷な物語が――。

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