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結月祭シリーズ  作者: ホッシー@VTuber
第2章 空二謡ウ月兎
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1

 皆さん、こんにちは。結月 ゆかりです。

 突然ですが、私はとんでもない物を見ています。もちろん、PCの中から。

「それで、お兄さん。荷物、どこに置けばいいでしょうか?」

「え? あー。そうだな、そこら辺で」

「はい、わかりました」

 私似のマスターの従妹が目の前にいるのです。しかも、今日からマスターの家に住むようなのです。

「ん? お兄さん、それは?」

 従妹がこちらを見ながらマスターに問いかけました。私の姿が見えたようです。

「え、えっと……」

 従妹のインパクトが強すぎて混乱しているマスターは上手い言い訳も出来ず、狼狽えるばかりです。

(本当に駄目な人ですね……)

 私がナンパされた時のようにカッコいい姿を見せて欲しいものです。

「結月ゆかり? あれ、私と同じ名前……それになんか、似てるような?」

 従妹は私をじーっと見ながら呟きます。

「これ……お兄さんが作ったんですか?」

「いや、さすがに素人にこんな高性能なソフトは無理だよ……これは、ボイスロイドって言ってここに文字を打つとそれを読んでくれるソフトなんだ」

「へぇ! そんな物があるんですね! でも、どうして私と同じ名前で似たような姿をしているのでしょうか?」

「それはわからないな……俺だって吃驚したぐらいだもん」

 やっと、マスターもいつもの調子を取り戻したようで笑顔を浮かべています。

「ちょっと試してみてもいいですか?」

「う、うん! いいよ……ね?」

 私にしか聞こえないようにパソコンに最初から搭載されていたマイクの近くでそう聞いて来ました。きっと、従妹には『いいよ』までしか聞こえていないでしょう。

 因みに、最近気付いたことなのですが、私はマイクを通じてマスターの声を聞いていたようです。少し前にちょっと誤作動でマイクが働いておらず、マスターの口は動いているのに声は全く、聞こえなかったということがありました。

「ここに文字を打てばいいんですよね?」

「そうそう、そこだよ」

(ちょっと、お二人さん。距離が近すぎるんじゃないですか?)

 私の言葉など聞こえるはずもなく、キーボードを人差し指のみで叩く従妹。どうやら、普段パソコンには触っていないようです。

「これでどうするんですか?」

「……この再生ボタンをクリックすれば喋ってくれるよ。でも、その前に――」

「あ、これですね」

 そう言って従妹が再生ボタンをクリックしました。

「わたぢのばなえはゆふきゆじゃりです」

「……」

「……その前にタイプミスを直してからでって言いたかったんだけどなー」

「はい……」

 従妹は機械音痴のようです。












「さて、ゆかり。少し、そこに座ろうか?」

 ゆかりさんで楽しそうに遊んでいたゆかりに向かって言う。

 因みにボイスロイドの結月ゆかりを『ゆかりさん』。従妹の結月ゆかりを『ゆかり』と呼ぶ事にした。これだと、ゆかりさんが拗ねそうだけど仕方ない。

「はい? 何でしょう?」

 首を傾げながらゆかりが俺の隣に座った。

「いや、そこってテーブルの向こう側のことだったんだけど」

「どこだっていいじゃないですか」

 ニコニコしながらゆかりが正論を述べる。確かにどこでもいいのだけれど、距離が近いような気がする。チラリと先ほどまでゆかりが遊んでいたゆかりさんを見てみるとソフトを付けたり消したりして抗議していた。

(ゴメンね、ゆかりさん。スルーさせて貰うよ)

「えっと、今日からここでお世話になるって言ってたけど……もしかして、これからもずっと?」

「え? 私がここに住むのを承諾してくれたのではないのですか?」

「した覚えは――」

 そこでゆかりの顔を見ると涙目になっていた。体もプルプルと震わせていてそれは何だか、雨の日に段ボールの中でこちらを懇願な眼差しで見つめて来る子犬を彷彿とさせた。

「――ないにはないが、まぁ、他に行く場所がなければ、ここに少しの間ぐらい、泊まるのもいいんじゃないかと親に言われていたが、俺自身もそれでいいとも思っているのだが、しかし、それはゆかりの気持ち次第というか、無理強いするつもりもなければ、他に行く場所があればそこに行ってもいいし、なければここにいてもいいのだけれど、やっぱり、世間体というか、男と女が同じ屋根の下に住むのは世間的にいただけないというか、だが、女の子を追い出すということも世間からしてみれば卑劣で鬼畜極まりない行為で、俺からして見れば……うん、どうしたらいいんだろう?」

 自分で何を言っているのかわからなくなってしまい、最後にはゆかりに聞いてしまった。

「……他に行く場所がないのでここに住んでもいいですか?」

「……はい。お好きなようにお使いくださいまし」

「ありがとうございます! 私、家事とか色々やりますので!」

 とびきりの笑顔を俺に向かって放つゆかりを見て思わず、目を細めてしまった。

(ああ、こんな汚れた俺に向かってそんな微笑みを向けないで……)

 平日はゆかりさんと話し、休日はゆかりさんと話し、朝ごはんの時はゆかりさんと話し、お昼ご飯のときはゆかりさんと話す話題を探し、帰って来たらゆかりさんと話し、お風呂の時はゆかりさんと話す話題を探し、晩御飯の時はゆかりさんと話し、寝る前はゆかりさんと話し、夢の中ではゆかりさんと話し、朝起きたらゆかりさんに向かって挨拶をしているボッチな俺にとってリア充臭しかしないゆかりスマイルは眩し過ぎた。

(でも……)

 あまり、表情を変えないゆかりさんとは違った可愛らしさがあって俺も少しだけ笑ってしまう。

 例えるなら、月と太陽。ゲーム的に例えるならば、ゆかりさんは少しだけ人見知りのする図書委員。ゆかりは元気な陸上部。

 まぁ、ゆかりは陸上部には入っていない。他の部活に入部しているのは聞いたがどこか忘れてしまった。

「あの、お兄さん。一つ聞いていいですか?」

「ん? 何?」

「私、今日、どこで寝たらいいのでしょう? 寝られる部屋ってここしかありませんよね?」

「ああ、それならゆかりがベッドで俺が床に布団を敷いて寝るからいいよ」

「布団なんてあるんですか? 一人暮らしなのに」

 確かに、ゆかりさんが三次元に召喚される前、布団は手放してしまっていた。でも、さすがに同じベッドでゆかりさんと寝るわけにも行かず、新しく買ったのだ。そのせいで貯金を崩す羽目になったのだが。

「たまに人が泊まりに来るんだよ」

 嘘です。泊まりに来る人なんて誰ひとりいません。

「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えてベッドを使わせて貰いますね」

「……ねぇ? ゆかり」

「何ですか?」

「どうして、ずっと敬語なの? 従妹同士なわけだし、普通の口調で良いと思うけど?」

 俺がそう言うと何故か、ゆかりは顔を俯かせた。

「だって……普通だと、恥ずかしいじゃないですか?」

「……は?」

「なんか、歳の離れた男女が砕けた口調で同じ屋根の下に住んでいると何だか……きゃあああああ!!」

 何かを小声で呟いたと思ったら突然、叫んで玄関の方に走って行ってしまった。

「ちょ、どこに行くの!?」

「お外を走って来ますううううう!!」

 そして、そのまま出て行く。

「……何だったんだ?」

 無意識の内に呟き、ゆかりさんの方を見るとソフトを消して1秒後に起動させた。それは溜息のサイン。

 俺に対してなのか、ゆかりに対してなのかは考えないようにした。











「ただいま……」

「あ、お帰りなさい」

 従妹が出て行ってから1時間後。やっと帰って来たようです。

「お兄さん、ゴメン。突然、出て行って」

「ううん。大丈夫だけど……口調、崩すことにしたんだ?」

「うん。これから一緒に暮らすんだし。いつまでも敬語だったら壁を作ってるみたいだし……」

「俺も砕けた方が楽だからいいよ。じゃあ、お昼にしようか」

「え? お昼?」

 従妹が目を丸くしながら時計を見ました。時刻は正午過ぎです。

「ああ、ゆかりがいない間に作っておいたから」

「あ、ありがと!」

 従妹は満面の笑みを浮かべてお礼をいいます。ちょっと、羨ましいです。少し前までは私が食べていたのに。

 私が拗ねている間にマスターがテーブルに2枚のお皿と2つのスプーン。そして、透明なガラスのコップと月と兎が刻まれているガラスのコップを置きました。今度は隣同士ではなく、ちゃんと向かい合うように置いています。

「今日は簡単にチャーハンにしたんだけど、よかったか?」

「うん、基本何でも食べるから安心して」

「そりゃ、作りやすくて助かるよ」

「え? これからも作ってくれるの?」

「だって、ゆかりは学生だろ? 宿題とかあるだろうし、飯の用意は俺がやるよ」

 何でしょう。ちょっと、イライラして来ました。マスターは私に限らず、女の子に対してあんなに優しいものなのでしょうか?

(私だけだと思ってたのに……)

「わ、悪いよ! さすがに!」

「まぁ、一人分も二人分も変わらないし。それに、美味しいって言いながら食べてくれたら嬉しいんだ」

 その言葉を言った時、マスターはこちらをチラリと見ました。私はソフトを1度、消してからまた起動します。これだけで私が言いたいことはわかるでしょう。

(マスターの料理は美味しいですよ)

 私の返事を見てマスターが微笑みます。そして、マスターと従妹がほぼ同時に『いただきます』と言ってチャーハンを食べ始めました。

「お、美味しい!?」

「そっか? よかった」

「こ、これ本当にお兄さんが?」

「それ、かなり失礼だからな?」

「そ、そうだけど……でも」

(そうです。マスターの料理は最高なのです)

 それを表現するために私は何度もソフトを付けたり、消したりを繰り返します。従妹はこちらに背を向けているので私を見ることは出来ませんが、マスターからは丸見えなのでマスターはちょっと噴き出していました。因みに従妹の表情は姿鏡に映っているのでわかります。まぁ、従妹からも見られる可能性はありますが、食事中に鏡を見ることはないでしょう。

「……お兄さん、ちょっといい?」

「ん? 何?」

「さっきから怪しいと思ってたけど、お兄さんって恋人いる?」

「ぶっ!?」

 マスターの鼻からご飯粒が飛び散りました。

「何だか、幸せそうな表情を浮かべてるし……何か思い出してたのかなって」

「いやいや、俺なんかに恋人がいるわけないだろ?」

「じゃあ、今はフリーだと?」

「おうよ。今まで付きあった事もない」

「それじゃ、なんでこんな女の子っぽいコップなんかあるの?」

 月と兎が刻まれたコップを持つ従妹の鋭い指摘にマスターは冷や汗を掻き始めます。本当にこの人は修羅場に弱いですね。

「え、えっと……」

「それに美味しいって言ってくれることに喜びを感じるって言ってたってことは、美味しいって言ってくれた人がいるってことだよね?」

「うぐっ……」

「そう言えば、布団があるのも恋人がこの部屋に泊まりに来ていると仮定したら納得が出来るし……」

「恋人がいないのは本当だから!」

 必死に抗議しようとしたのでしょう。マスターがそう叫びました。

(あ、それは不味いですよ! マスター!)

「“恋人がいないのは”ってどういうこと?」

「……あ」

「つまり、他のことに嘘がある、と?」

 従妹の目が鋭い物に変わります。まるで、獲物を見つけた獣のような目。それは、あの時の――私をナンパした男に向けたマスターの目に似ていました。

「お兄さん、私たちって今日から一緒に暮らすよね?」

「う、うん」

「やっぱり、秘密とかあったらこれからの暮らしに支障が出ると思うんだ……だから、何か私に言ってないことがあったら言って?」

 そう言いながらテーブルを迂回して、ずいずいっとマスターに詰め寄る従妹。女の子から詰め寄られるというマスターにとってあり得ない場面です。そんな場面に遭遇したマスターは――。

「あ、ぐっ……」

 顔を真っ赤にして後ずさりします。ですが、狭い部屋の中ですのですぐに壁にぶつかってしまいました。

「お兄さん、お願いします」

 従妹は四つん這いのまま、マスターに近寄ります。どんどん、マスターと従妹の顔が近づき、何だか、その光景を見ていると胸やけを起こしそうになりました。これが、甘い空気という物でしょうか?

「「……」」

(あれ?)

 従妹の顔も見てみると従妹も顔を紅くしています。マスターはともかく、従妹は今の状況に気付いて今さら、恥ずかしがっているようです。

「あ、えっと……」

「……」

「……」

 マスターが何か話そうとしますが、従妹が真っ直ぐマスターの目を見つめているのですぐに口を閉ざしてしまいました。

(こ、これはマズイです……)

 従妹が目を細めながら、ゆっくりとマスターの顔に自分の顔を近づけます。このままでは二人の距離がいずれ、ゼロに――。

(だ、駄目えええええええええええええ!!)











(何? 何が起きてるの?)

 俺は沸騰しそうになっている頭で今の状況を改めて考えてみた。

 まずは俺。壁に背中をくっつけている。後ろに下がりたくても下がれない。

 そして、目の前にいるゆかり。俺の目を真っ直ぐ見つめて来ていて、視線を固定されている。俺の意志じゃ動かせないほどゆかりの目は魅力的だった。

 俺とゆかりの距離はほぼゼロ。視界全部がゆかりで埋め尽くされているほど近い。しかも、それだけじゃなくどんどん近づいて来ているのだ。普通なら俺が動けばいいのだが、金縛りにでもあったかのように体の言うことが聞かない。

「お兄さん……」

 その呟きで俺の視線はゆかりの目からだんだん、下に移動して口元で止まった。柔らかそうな唇が俺の思考を止める。その唇がゆっくりと近づいて来て――。

「だ、駄目えええええええええええええ!!」

 その時、パソコンの方からゆかりさんの絶叫が部屋に響き渡った。

「「っ!?」」

 俺たちは同時にパソコンの方へ顔を向ける。だが、パソコンに何の変化もなかった。

「お、お兄さん……今のは?」

「……いや、俺にもわからない」

 それは嘘だ。俺にはわかった。ゆかりさんだ。どうして、声が表に出てきたのかはわからないけど、あの声の正体は彼女に間違いない。

「お兄さん?」

「へっ!?」

 真剣に考えていたからかゆかりに声をかけられたのに吃驚してしまった。思わず、変な声を漏らしてしまう。

「どうしたの?」

「な、何でもないよ。パソコン、壊れちゃったのかなって思って……って、ゆかり! 近い!」

「あ、ゴメン!」

 我に返ったゆかりが俺から離れる。何だか、恥ずかしくなってしまい、顔をゆかりから背けてしまう。

「お、お昼……食べよっか?」

 少し遠慮がちに提案してみる。

「う、うん……」

 ゆかりが声を出して頷いてくれた。

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