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結月祭シリーズ  作者: ホッシー@VTuber
第1章 夏秋ヲ結エル月兎
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4

 夏祭りの翌日、私は朝早くに目が覚めました。

(……嘘、ですよね?)

 夢を見ました。詳しい内容は覚えていませんが、大まかなことはわかります。

 それは私が一番知りたくなかったことでした。

「ゆかりさん?」

 ベッドの下で寝ていたマスターが起きて私を呼びました。

「す、すみません……ちょっと、怖い夢を見まして」

「怖い夢?」

 それを聞いてマスターは体を起こして私を見ます。

「……マスター」

「何?」

「今日、仕事でしたよね?」

「え? う、うん、そうだけど」

「休んで私とデートしませんか?」








 8月6日。俺は駅前で待ち合わせをしていた。相手はもちろん、ゆかりさん。今朝早く、ゆかりさんにデートに誘われたのだ。これを断る俺など俺ではない。すぐに仕事場に電話して今日、休む事を知らせた。その後、ゆかりさんに9時、ここで待ち合わせしようと提案されてこうしている。

(でも、ゆかりさん、急にどうしたんだろう?)

「お待たせしました」

 考え事していると目の前にゆかりさんがいた。服はいつものパーカーだが、少しだけ化粧をしているようでめちゃくちゃ可愛かった。

「ぜ、全然待ってないよ」

「そうですか、では行きましょう」

 微笑みながらゆかりさんは俺の手を掴む。

「……そうだね」

 今日はとことん、デートを楽しむとしよう。









「次はあそこに行きましょう」

「ちょ、ちょっとゆかりさん!」

 私はマスターの手を引っ張ってカラオケ屋に入ろうとしますが、マスターに止められてしまいました。

「どうしたんですか?」

「いや、もう午後9時だよ? そろそろ、帰らない?」

 マスターが携帯のディスプレイをこちらに見せながら言います。

「嫌です。まだ、遊び足りません」

「ゆかりさん、どうしたの? 今日、様子がおかしいけど」

「……」

「顔は笑ってるけど、なんだか悲しそうだった。何かあったの?」

 さすがはマスターです。ばれないように化粧をして、笑っていたのにばれていました。

「……マスター、聞いてください」

「何?」

「……私、今日で消えちゃうんです」

「……え?」











 家に帰って来た。俺の正面で俯いたまま、ゆかりさんはゆっくりと今日の朝に見た夢の話をしてくれる。

 その夢に神様が出て来たらしい。その神様が告げたことはたった一言。『明日、立秋だと』。

 PCで調べたが『立秋』とはその日から秋が始まる日らしい。

「マスターは願いましたよね? 『ゆかりさんと一緒に楽しい夏を過ごせますように』、と。つまり、私がこうやって三次元にいられるのは夏が終わる日――そう、秋が始まる日までなのです」

「じゃあ、ゆかりさんは……」

「はい、今日が終われば消えてしまいます」

「そ、そんな……」

 俺はゆかりさんと暮らしていてとても楽しかった。一緒にご飯を食べ、一緒に喋って、たまに喧嘩して、謝って。そんな日々が楽しくて、楽しくて仕方なかった。

「嫌だ……ゆかりさんと別れるなんて!」

「……私だって嫌です。マスターと暮らしていてとても楽しかったですから」

 ゆかりさんも俺と同じ気持ちだったようでそこだけは嬉しかった。

「マスター、怖いです。消えちゃうのが。人間じゃなくなるのが。マスターと別れちゃうのが。怖いです、怖い……」

 ゆかりさんは肩を震わせて言った。すぐさま、ゆかりさんの傍に移動し、抱き寄せる。

「マスター?」

「ゆかりさん、何かしたいことある?」

「え?」

「このまま、別れるなんて嫌だ。ゆかりさんには笑顔でいて貰いたいから」

 ギュッとゆかりさんを抱きしめて言った。

「……ありがとうございます、マスター」

 抱きしめているからゆかりさんの顔は見えないが、その後すぐ俺の肩が少しだけ濡れた。


 私が泣き止んでからマスターと一緒にテレビゲームをしたり、お料理を作ったり、お喋りしたりと楽しい時間を過ごしました。

「「……」」

 でも、それも長くは続かず、午後11時半。後、30分で秋が始まります。そのせいで私もマスターも俯いたまま、何も喋られなくなってしまいます。

「……マスター、最後に一ついいですか?」

 私が声をかけるとマスターは顔を上げて私を見ます。

「何? ゆかりさん」

「伝えたいことがありまして」

 そこで言葉を区切って深呼吸。マスターも黙って待っていてくれています。

「好きです」

「俺もゆかりさんが好きです」

「……え?」

 マスターの返事に私は思わず、聞き返してしまいます。まさか、即答されるとは思わなかったのです。

「ゆかりさん、俺は君のことが大好きです。PCにいた頃とは比べ物にならないほど、君が好きです」

「え? え、ちょ、ちょっとマスター?」

「最初の頃はゆかりさんにもセクハラしたりしてたけど、あのナンパ事件があって、君も一人の女の子なんだって実感した。多分、あの頃から俺、ゆかりさんのことが好きだったんだと思う」

 だから、マスターはあれ以来、変なことをして来なくなったのですね。でも、まだ疑問は残っています。

「PCの中にいた頃からじゃ?」

 私の問いかけをマスターは首を振って否定します。

「俺、寂しかったんだよ。友達もいないし、仕事は始めたばっかりだったから話せる人がいなかった。家に帰って来ても誰もいない。だから、俺は君を買った。少しでも寂しさを紛らわせるように」

 初めて知りました。マスターが寂しがっているなんて思いもしませんでした。だって、私と話している時は笑顔でしたから。

「ゆかりさんと一緒に暮らして来て本当に俺は幸せだった。ありがとう」

「……ずるいです」

 そんな優しい笑顔で言われたら泣いてしまいます。

「マスターばかりずるいですよ。自分の気持ちを言っちゃうなんて」

「だって、今言わなきゃ一生、言えなかったし」

「それはこっちもです。選手交代です」

 そう言って私はマスターの隣に移動して正座します。

「マスター、私は貴方のことが好きです。初恋です」

「まぁ、人間になってまだ1か月だもんね」

「茶化さないでください。最初の頃、マスターは気持ち悪くて料理が美味しくてお話していると楽しくて……そして、あのナンパ事件で助けてくれた。マスターと一緒で私はあの時、マスターが好きになったと思います」

 それと同時に私のマスターでよかったと思いました。

「マスター、私を買ってくれてありがとうございました。私と一緒に暮らしてくれてありがとうございました。私を助けてくれてありがとうございました。私を、私を好きになってくれて、ありがとうございました」

 時計を見ると11時50分でした。

「でも、お別れしなくてはいけませんね。ほら、見てみてください」

 そっと、右手をマスターに見せます。

「ゆ、ゆかりさん、その手……」

 私の手から光の粒が飛んでいます。最初は少なかったけどどんどん増えて行きます。

「マスター、最後に言わせてください。幸せになって。私を好きだと言ってくれたけど私はVOICEROID。人間ではありません。でも、マスターは人間で、これから、たくさんの出会いがあります。だから、素敵な人と幸せになってください」

「ゆかりさん……」

 マスターの目から涙が零れます。私も負けないぐらい、泣いていると思います。

「そして、ここからは私の我儘です。お願いします、私のことを忘れないで」

「忘れるわけない! 初恋の人を忘れるわけない!!」

 マスターも初恋だったのですね。嬉しいです。

「マスター、本当にありがとう。これはお礼です」

 そう言ってマスターの頬に軽くキスをします。

「ゆ、かりさん……」

「ファーストキスは取って置いてください。きっと、素敵な人が現れますから」

 私はマスターの両手を握ります。そして、お互いにおでこをくっ付けました。マスターの顔が近くてドキドキします。

「ゆかりさん、ありがとう。ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございました。マスター、大好きです」

「俺も、大好きだ。ゆかりさん」

 私の身体から漏れる光が一際、大きく、増えて行きます。もう、時間が残っていません。

「マスター、私はこれからも、マスターのこと、見守っています。だから、寂しくありませんよ。幸せに、暮らしてください」

 夏祭りの時にも言いましたが、私の気持ちは今から言う言葉では足りないほど大きいものです。でも、今はこれしかこの気持ちを伝えられる言葉はありません。だから、もう一度だけ言います。

「愛していますよ、マスター」






 そう言って、私は――消えました。

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