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結月祭シリーズ  作者: ホッシー@VTuber
第1章 夏秋ヲ結エル月兎
3/26

3

「どう、ですか?」

 少しだけ照れながらゆかりさんがその場でターンをする。

「す、すごく似合ってるよ……うん、綺麗だ」

 今日は8月5日。夏祭りの日。ゆかりさんが三次元に召喚されてから約1か月が経った。

「そんなに、直球で言わなくても……」

 思わず、思った事をそのまま言ってしまったのでゆかりさんが頬を朱に染めて言う。

「あ、ゴメン……でも、似合ってるよ」

「ありがとうございます。では、そろそろ行きますか」

「そうだね」

 時計を見れば午後5時半。祭りの会場はここから歩いて20分のところなので今から出れば花火大会の時間である7時までに屋台でお腹を満たせるだろう。

「マスター、行きましょう」

 ゆかりさんは笑顔で花輪を履いて玄関のドアノブに手をかける。とても楽しそうだ。1か月前に起きたナンパ事件のことはもう、引き摺っていないらしい。

「そんなに急がなくても大丈夫だって」

「いえ、この時間に出れば混む前に屋台で食事ができます」

「なるほど……」

 確かに屋台が混んでいるとゆかりさんとはぐれる可能性がある。もちろん、ゆかりさんは携帯を持っていないので連絡手段がない。はぐれたら終わりだ。

「……あ、いいことを思い付きました」

 俺と同じことを考えていたのかゆかりさんが何か、閃いたらしい。

「マスター、こっち来てください」

 手招きして俺を呼ぶゆかりさん。

「何?」

 靴を履いてゆかりさんの前に立つ。

「手」

「手?」

 自分の手を見る。汚くないはずだが、見落としていたのだろうか。

「こうですよ」

 そう言ってゆかりさんが俺の手を掴んだ。握手ではなく、恋人がするような繋ぎ方。

「っ!?」

「こ、こうすれば、はぐれませんよ?」

 身長差のせいで俺を見上げてそう言ってのける。その上目使いに俺の心臓は爆発しそうなほど、鼓動を打っていた。

「マスター、行きましょう」

「う、うん……」

 俺もゆかりさんも顔を真っ赤にしながら玄関を出る。









「うわぁ!」

 祭り会場に着くとまだ6時前だというのに賑わっていた。ゆかりさんも目をキラキラさせてキョロキョロと辺りを見渡している。

「ゆかりさん、どうする?」

「え、えっとですね! まずはたこ焼きと焼きそばの濃い物で、その後に射的などの遊戯。そして、綿あめとりんご飴がいいです!」

 ここまで無邪気なゆかりさんを見たのは初めてだ。

「じゃあ、たこ焼きから行こう」

「はい!」

 ニコニコ笑いながらゆかりさんが歩き始める。手はまだ繋いだままなので俺も並んで歩く。

「あ、たこ焼きありましたよ!」

「お、丁度並んでないね」

 ゆかりさんの言う通り、まだ6時なので混んでいなかった。

「まずは一つ目ですね!」

「順調だね。あ、今食べる? それとも焼きそば買ってから?」

「そうですね……焼きそばを買ってからどこかに座って食べましょう」

 それからすぐに焼きそばを売っている屋台を見つけ、買うことに成功する。屋台が密集している通りを外れ、適当な場所に座った。

「じゃあ、食べましょう。いただきます」

「いただきます」

 まず、俺はゆかりさんが手に持っていたたこ焼きから食べようとする。しかし――。

「……ゆかりさん?」

「何でしょう?」

「手、離さないの?」

 俺たちの手はまだ、繋いだままだった。

「……嫌です」

 まさか、拒否されるとは思わなかったので面を喰らってしまう。どうしようかと目を泳がせているとゆかりさんの足が微かに震えているのが見えた。

(そっか……まだ、怖いんだ)

 だから、こうやって俺と手を繋いで気持ちを落ち着かせているのだ。でも、離したら――。

「ゆかりさん」

「な、何でしょう?」

「はい」

 ゆかりさんが手に持っていたパックからたこ焼きを爪楊枝で持ち上げてゆかりさんの口元に差し出す。

「え?」

「ほら、食べて」

「ど、どうしてですか?」

「パックを持ったままだと食べられないだろ?」

「う、うん……」

 おそるおそるたこ焼きにかぶりつくゆかりさんだったが、たこ焼きが熱かったようで口をパクパクし始めた。

「あ、あふ……」

 ハフハフしているゆかりさんを見て思わず、笑ってしまう。

「んぐ……わ、笑わなくたっていいじゃないですか。ほら、マスターも」

 たこ焼きが入ったパックを置いて爪楊枝を使ってたこ焼きを俺の方へ突き出す。

「へ?」

「あーん」

「……あーん」

 たこ焼きを口に含む。少しだけ齧ると口の中が熱で支配された。

「あふ、あふあふ……」

「ふふふ、マスター面白い顔ですよ」

 クスクスとゆかりさんは笑みを浮かべる。その顔を見られるなら口の中に火傷を負うのも悪くない。







「マスター、あれは何でしょう?」

 射的、金魚すくいで遊んで歩いているとゆかりさんが何かを発見したようで指を指した。

「カラオケ大会?」

 それはカラオケ大会の案内が書かれた看板だった。開始時刻は午後6時半で飛び入り参加も受け付けているようだ。

「カラオケって確か、誰でも気軽に歌える施設でしたよね?」

「うん、それをあそこの会場でやるみたいだね。まぁ、一人一曲みたいだけど」

「……私、出たいです」

「え、えええ!?」

 突然すぎて驚いてしまった。でも、ゆかりさんの目は本気だと言っている。

「この大会って壇上の上で一人で歌わなきゃだめみたいだぞ?」

「大丈夫です。外の世界に慣れるための練習です」

「……それにカラオケに配信されている歌じゃないと駄目らしい」

「結月ゆかりの歌はいくつか配信されています」

 論破出来ない。

「わかった。あそこで受付してるみたいだから行ってみよう」

「はい」

 少し歩いて受付の人にゆかりさんが声をかける。

「えっと、カラオケ大会に出たいのですが」

「あ、はい。こちらに名前を」

 受付の人が1枚の紙とペンをゆかりさんに渡す。

「ゆかりさん、ちょっといい?」

「何でしょう?」

「そのまま、結月って書くのはマズイかもしれない」

「そう言えば、私ってVOICEROIDでしたね」

 忘れちゃ駄目なことだと思う。

「だから、ここは偽名を使うべきじゃない?」

「なるほど、ではこうしましょう」

 ゆかりさんがさらさらと紙に文字を刻む。そこには『石月 ゆかり』と書かれていた。

「まぁ、ギリギリセーフかな」

「では、これでいきましょう。マスターは客席で見ていてください」

「うん、わかった。頑張ってね」

「はい!」

 ゆかりさんは受付に、俺は客席に向かった。













(うぅ、緊張して来ました……)

 私は会場の裏で待機しています。出番までもう少しらしいです。

(でも、頑張らないといけません)

 何だか、顔が熱くなって来ました。緊張と恥ずかしさが原因です。

「石月さん、お願いします」

「は、はい!」

 係員さんに呼ばれ、舞台袖まで来ました。舞台では若い男性の方がラップ調の歌を歌っています。盛り上がる曲なので客席のボルテージは最高潮です。

「……大丈夫」

 そう、自分に言い聞かせたその時、舞台から男性が降りて行きます。出番が来ました。

 係員さんに頷いて見せて舞台に出て行きます。外は薄暗くなって来ており、スポットライトが私を照らし出しました。

「石月ゆかりです。祭りに合わない曲ですが、よかったら聴いて行ってください」

 私の声が会場に響きます。すると、客席はシーンと静まり返ってしまいます。何故、皆黙ったのか不思議に思い、客席を見渡すとマスターの姿を見つけました。

(マスター、聴いていてくださいね)

 目を閉じて深呼吸します。そして、音響さんに合図を出して口を開きました。















 ゆかりさんは歌い終わるとお辞儀をして舞台から降りた。でも、客席は無反応。いや、ゆかりさんの歌に魅了されて動けないのだ。

(やっぱり、声綺麗だ……)

 俺もその一人だった。透き通るような声音。ハキハキとした発音。痺れるようなビブラート。気持ちのいい高音。その全てが俺を硬直させた。

 だが、その魅了もいつまでも続かず、最初は疎らだった拍手もどんどん、大きくなり最後は今までで一番大きな拍手になった。

「す、すごい……」

 その光景に俺は驚いてしまう。だって、ここにいるほとんどの人がゆかりさんの歌を聞いて涙を零しているのだから。

「マスター!」

「ゆかり、さん?」

 お客さんを掻き分けて俺の傍にゆかりさんがやって来る。

「ど、どうでした……って、マスター、どうして泣いているのですか?」

「え?」

 右手の人差し指で目元を拭うと少しだけ濡れていた。

「あ、あれ? 俺も?」

「大丈夫ですか? 怪我でもしました?」

 心配そうに問いかけて来るゆかりさん。

「な、何でもないよ。それより、ここは混んでるから離れようか」

 というのは建前で周りのお客さんの視線が痛い。

「そうですね、では行きましょう」

 納得してくれたのかゆかりさんは頷いて俺の手を握る。逆効果だった。背中に嫉妬の視線がチクチク刺さる。仕方なく、足早にその場を離れた。









「人いないですね」

「ここ、穴場なんだ。あそこから花火が見えるんだよ」

時刻は午後6時50分。後10分で花火が始まる。

「マスター、どうでした? 私の歌」

「すごかったよ! 他のお客さんも魅了されてたからね!」

「“も”ってことはマスターもですか?」

「そりゃ、ゆかりさんだからね。もう、感動しちゃって泣いちゃったよ」

「あ、ありがとうございます」

 ゆかりさんは少しだけ俯きながらそう言う。褒められて照れているのかもしれない。

「あ、マスターちょっといいですか?」

「うん? 何?」

 ちょいちょいと手招きしてゆかりさんが俺を呼ぶ。何だろうと首を傾げながらゆかりさんの方へ近づく。

「マスター」

「だから、何?」

「―――」

 ゆっくりとゆかりさんが言葉を紡ぐと同時に花火が夜空に咲く。よくある女子漫画のように花火の音でゆかりさんの声が聞こえなかったとかはなく、その言葉を俺はちゃんと聞くことができた。

「そ、それって……」

「マスターがどう思うかはマスターの自由です。でも、これが私の本心ですから。後、さっきの歌に照らし合わせて考えてくださいね」

 ゆかりさんは満足げにウインクしてから花火を見始める。その横顔は花火に照らされていてとても綺麗だった。

「……綺麗だね」

「そうですね、こんなに花火が綺麗だなんて思いませんでした」

「……まぁ、そう言うことにしておこう」

「え? マスター、今何か言いました? 花火の音で聞こえませんでした」

「帰りに小さな花火セットでも買って公園でやろうかって言ったんだよ」

「あ、それいいですね! やりましょう」

 笑顔でゆかりさんが同意してくれた。何とか誤魔化せたらしい。

 それからも俺たちは夜空に何輪も咲き続ける花火を見る。手を繋ぎながら――。

どの歌を歌ったかは動画の方をご覧ください。

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