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結月祭シリーズ  作者: ホッシー@VTuber
最終章 縁ヲ結エル月兎
22/26

「レジスト……抵抗するってこと?」

「はい。きっと、マスターのあの摩訶不思議な頭痛は神様の力をレジストした時の反動です。無効化するなら頭痛すら起きないと思いますし」

 そう言えば、13年前も3年前もついこの間も俺は頭痛に襲われている。あの頭痛がした時、神様が何か仕掛けて来たのだろう。

「でも、それがどうしたんだ? 確かに神様の力をレジストするのはすごいけど……後輩君のせいになるのはおかしくないか?」

「いえ……何もおかしくありません。だから困っているんです。話を戻します。いいですか? マスターは神様の力を全てレジストしてしまうんです。マスターだけはコントロール出来ないんです。つまり……マスターの行動一つでマスターの近くにいた人の行動も変わってしまうんです。死ぬはずだった人は死なず。生きるはずだった人は死んだ」

 そこまで言ってゆかりさんはゆかりと先輩の方を見た。

「13年前、あの大地震によって引き起こされた落石事故で死ぬはずだった従妹が生き残り……3年前、テロ事件で死ぬはずだった先輩が生き残り――」







「――生き残るはずだったマスターの親友が死んだ。いえ、そもそもマスターは落石事故にもテロ事件にも巻き込まれる運命ではなかったんだと思います。『神様の力をレジストしてしまう能力』があったから私たちはここにいる。生き残った従妹や先輩。親友が死んでしまったことで精神状態が不安定だった時に買った私。そして、理由はわかりませんがマスターに恋してしまった神様。マスターに能力がなければ……私たちは死ぬか、存在そのものがなくなるか、マスターに興味を示さなかったんです」








――やめておかねーか? なんか、嫌な予感がする。ほら、徒歩で行こうぜ。












「あ、あぁ……」

 あの時のあの言葉。あれが最後の勧告だったのだ。あいつがくれた最後のチャンス。それを俺は無下にしてしまった。これが神様の言っていた、“せい”。俺は本当に愚か者だ。テロ事件に親友を巻き込んでしまったのは俺のせいなのだ。それに加え、親友が撃たれたのも俺のせい。何だ、俺が殺したようなものじゃないか。俺が、あいつを、殺し――。

「大丈夫ですよ、貴方様」

 目の前が真っ暗になっていく中、背中に温もりを感じた。

「ええ、大丈夫ですとも。確かに貴方様は取り返しのつかないことをしてしまいました。せっかく親友が貴方様を助けるべく手を差し伸べて下さっていたのにそれを無視してしまった。それは許されることではありません。なので、罪を償わなくてはなりません」

「罪を、償う?」

「ええ、そうです。償うのです。親友が望んだ罪を償うのです。貴方様の親友からの伝言です。『俺のことは忘れるなとは言わない。でも、お前はお前で幸せになってくれ。いつでもお前を見守ってる』。そう言っていました。だからこそ、貴方様は幸せにならなくてはならない。そして、貴方様はとても幸運です。恋神である私がここにいるのですから。私が導いてあげます。貴方様が幸せになれるように。それも親友のためですよ。ええ、それが一番幸せになれます。だから……私と共に生きましょう」

 神様は恋を司る神様だ。なら、俺が幸せになるための近道を知っているに違いない。何だ。簡単じゃないか。俺は神様の言う通りにすればきっと――。

「マスター! いけません!」

 その時、ぐいっと何かに引っ張られた。そのままふにゅんと顔に柔らかい物が当たる。

「マスター、駄目です。神様に飲まれてはいけません。何か企んでいるに決まっています」

「ゆ、かり……さん?」

 顔を上げると心配そうな顔で俺を見ているゆかりさんがいた。その隣にはゆかりと先輩の姿。あれ、俺今まで何を考えていたっけ。

「あらあら、もう少しで貴方様を落とせましたのに。さぁ、貴方様? そんな板よりこっちの枕の方が寝心地が良いですよ?」

 その声に振り返ると全く残念そうにしていない神様が自分の胸を揉みながら手招きしていた。

「くっ……おっぱいがでかいのがそんなに偉いんですか! こっちだって小さいなりの良さがあるんです!」

「わ、私だってまだ成長期だから希望はあるはず! まだ成長期だから!!」

「……」

 俺を抱きしめながら叫ぶゆかりさんと顔を赤くしているゆかり。そして、自分の胸を確かめるように揉んでいる先輩が少しだけ可愛く見えてしまった。

「あれあれ? 殿方は母性溢れる巨乳に憧れると思いましたが貴方様は違ったようですね」

「そうです。マスターはぺちゃぱいにしか欲情しない変態さんなんです!」

「いや違うから」

 変態じゃない。俺は決して変態じゃない。

「ほら、貴方様もこう言っています。さぁ、こちらへ。夢の世界へご招待致します」

「ぐっ……」

「お兄さん、何でそんな辛そうな表情を浮かべてるの?」

 ジト目で見て来るゆかりから目を逸らす。理由は言わない。言ったら幻滅される。

「な、なぁ。後輩君、私の胸はそれなりにある方だと思うのだが……どうだろうか?」

「ノーコメントでお願いします……って、何この会話!?」

 いつの間にかおっぱいの話になっていた件について。後、ゆかりさんが離してくれない。さすがにこの歳にもなって年下の女の子に抱きしめられるのは恥ずかしいのだが。

「……落ち着きましたか?」

 どうしようか悩んでいると俺の頭を撫でながら笑うゆかりさん。

「確かにマスターの親友が死んだ原因はマスターの能力にあるかもしれません。それだけは私でも慰めることは出来ません。私はまだ大切な物を失うという経験をしていませんから……ただこうやってマスターの傍にいることは出来ます。笑いかけることは出来ます。一緒に笑うことも、泣くことも、怒ることも。だから……どうか、今、目の前にいる人たちを見失わないで。貴方がいたおかげで私は生まれ、従妹と先輩は生きているんです。貴方のおかげで今を生きている私たちをちゃんと見てください。親友もきっと、過去に囚われながら幸せになるのではなく、今を……未来を見ながら幸せになるマスターの方が良いと思います」

「もしかして……俺を落ち着かせるためにあんな話題を」

「はい。ね? 従妹、先輩?」

「「……え? あ、うん」」

 真面目におっぱいの話をしていたな、この人たち。ゆかりさんも目を逸らしている2人を見て苦笑しているし。

「……あは」

 その時、神様が声を上げて短く笑う。

「なるほどなるほど。“今を生きている私たちを見て欲しい”ですか。おかしいですね。ええ、おかしいです。思わず、声を漏らしてしまうほどです」

「……何がおかしいんで

「いえいえ、おかしくはありませんよ? 可笑しいだけです。まるで映画のワンシーンのようでした。ですが、正直言ってB級映画でしたね。あー、おかしい」

 スッと神様の声が低くなった。それを聞いた瞬間、背中がゾクッとする。

「はぁ……もしかしたら私の目的にも気付いたかと思いましたが違ったようですね。残念です。失望しました。ゆかりさんにはもっと頑張って貰いたいものです。他の2人は論外ですが」

「目的……」

 そう言えば、まだ神様がここに来た理由を聞いていない。

「それは……愛しのマスターの傍にいたいから、じゃないんですか?」

「あはは。それだけで満足する私じゃありません。私は恋神。恋を司る神様。じゃあ、その神様が恋に落ちたらどうなるでしょう? 答えは簡単です。“何をしてでも手に入れる”。神様だから何でも出来る。自分の恋を成就させるために動く。それだけですよ」

 つまり、神様の目的は俺らしい。それを聞いたゆかりさんは俺を強く抱きしめ、ゆかりと先輩は前に出た。

「あらあら。そんなに警戒しなくてもいいじゃないですか」

「警戒するに決まってる。さっき後輩君に色々吹き込んでいたくせに」

「あ、違います。警戒しても無駄ってことです。もう貴女たちは……私の手の上で踊っているのですから」

 そこまで言った後、神様は立ち上がってホワイトボードのところへ戻る。

「さて、2限目の始まりです。1限目では神様のお仕事についてお勉強しましたよね? じゃあ、今度は神様とお願い事のお勉強といきましょう」

 指を鳴らしてホワイトボードに書かれていた絵や文字を消して再び、ペンを握った。

「まず、お願い事について定義しましょうか。例えば、神社。お賽銭箱にお金を入れて願う。これは有名ですね。ここで問題。お賽銭箱にお金を入れる理由は何でしょう? あ、時間がないのですぐに答えを言っちゃいますね。答えは願うことが有料だからです。神様だってボランティアで働いているわけではないのです。お仕事しているのです。なのに、神頼みだとか言って出鱈目に願う。それを一々叶えていたら神様も飢え死にしてしまいます。だって、無償の願いを叶えても給料はないのですから。言ってしまえば、お賽銭はクエストクリア時の報酬金。まぁ、その報酬金がたった5円とかだとやっていられませんけどね」

 ホワイトボードに神様がクエストをクリアしてお金を受け取っているハンター風のコスプレをした小さな神様の絵を描く。しかし、その絵の神様の表情はあまり嬉しくなさそうだ。手に5円玉しか乗っていないのだから。

「簡単なクエストなら5円とかでも叶えられますよ? ですが、さすがに誰かの恋人にしてください、だとかあの人が死にますように、だとか……そんな無茶振りを小銭1枚手に入れるために実行しろって方がおかしいですよね? だって、労力と報酬が見合っていないのですから」

 そこまで語った後、神様は微笑みながら俺の方を見る。その目はとても輝いていた。

「さてさて、ここまでがあらすじ。お願い事の定義です。じゃあ、本題に入りましょう。もし、神様がミスをしたら……どうですか? 簡単です。賠償しなくてはならないのです。やらかしてしまったミスに見合うほどの賠償を、ね。さぁさぁ、気付いた人はいるでしょうか? ええ、そうです。貴方様……貴方の能力がここで登場するのです。私に回って来たクエスト。そのクエストの内容は運命が指定した人を殺すこと。しかも、その指定した人はたくさんいます。そうです、大量虐殺のクエストでした。じゃあ? もし、関係のない人を巻き込んでしまった場合、どうしたらいいのでしょうか? ええ、そうです。私の責任となり賠償させられます。例え、特殊な能力によってこちらの力が通用しないせいで巻き込んでしまったのにも関わらず」

 神様はとても楽しそうに話している。思い出話をするように。

「最初はありえないと思いました。神様の力をレジストする人間がいるなんて思いもしませんでした。ですが、巻き込んでしまったのですから賠償するしかありません。しかも、あろうことかその人間のせいで……ああ、もう我慢できません。貴方様を人間呼ばわりなんてできません! 貴方様の“おかげ”で生き残った人間がいました。その場合でも賠償が発生します。つまり、貴方様と従妹に賠償しました。その賠償内容は……また後でお話しすることにします。その頃の私は貴方様の存在を知り、恐怖しました。ですが、それだけです。恋のこの字すらありません。すぐに忘れました。今思えばなんて勿体ないことをしたのでしょう。貴方様を忘れるだなんて……ああ、あの時の私を殴って――」

「先生、続きお願いします」

「はい、貴方様!」

 脱線しそうだったので修正した。『ああ、貴方様に先生と呼ばれてしまいました!』と興奮しているから逆効果だったかもしれないが。

「ですが、私はまた貴方様と関わることになりました。ええ、そうです。あのテロ事件です。ここで貴方様に質問なのですが、あの日……違和感を覚えませんでしたか?」

「……晴れてたのに、雨が降ってることになってた」

 俺とあいつが自転車で大学に向かっている途中、例の頭痛が襲ったと思ったら雨が降っていた。親友もずぶ濡れだった。でも、俺だけは世界に置いて行かれたかのように濡れていなかったのだ。

「ええ、そうです。私は指定された人をあの電車に誘い込むために天気を改変しました。そのおかげで指定された人、全員を電車に誘い込み、殺せました。殺せるはずでした。しかしながら、貴方様と親友だけは違います。貴方様を操ることができず、それに導かれるように貴方様の親友も電車に乗り込み……あろうことか死ぬはずだった女が生き残ってしまい、何事もなく生きるはずだった親友が死にました。ああ、あの時のことを思い出すと今も心が震えます。必死になってテロリストたちと戦う……いえ、運命に抗おうとする貴方様の姿。その姿はまさしく勇者。ボロボロになりながら大切な人を守るために立ち向かい、絶叫し、果敢に戦う。そして……大切な人が死んだ時の“あの表情”。もう、忘れることなんてできませんでした。その姿がとても切なく美しく儚くて……私はその時に初めて人間に興味を持ち、すぐに恋に落ちました。『神様の力に抵抗する』なんて神様にとって天敵となる能力を持つ貴方様を手に入れたいと思った。ふふ、だから“私はここにいる”のです」

 『あらら、少し話が脱線してしまいましたね』とニコニコ笑っている神様は一つ手を叩き、ホワイトボードに書いた文字や絵を消した。

「ではでは、改めまして賠償についてお話ししましょう。先ほども言ったように賠償と言うのはクエストを失敗してしまった時に発生してしまいます。今回の場合ですと殺す予定だった人と巻き込まれるはずのなかった人に支払いましたね。ええ、そうです。貴方様と従妹と先輩、そして親友です。ですが、気付いていると思いますが、お金を払ったわけではありません。神様の賠償はちょっと特殊なのです」

「特殊?」

「ええ。時に皆さんは『神様の試練』と言うお話を知っていますか?」

 神様の問いかけに俺と先輩は顔を見合わせる。つい先日、先輩から聞いた。そして、先輩は――。

「あ……」

 小さく声を漏らすゆかり。全員の視線がゆかりに集中する。

「え、えっと……前、クラスの人たちが話してて。確か、神様が出した試練を乗り越えたら願うが叶うって話だったような」

「はい、その通りです。まぁ、よくある都市伝説ですね。ですが、これは事実だったりします。そう……賠償のことです。私たち神様の賠償は『1つだけ願いを叶える力』を与えることなのです。その願いを叶える力は与える神様によってちょっとだけ効果が違いますが願いが叶う部分に関しては同じです。つまり、皆さんには今、まさに『願いが叶う力』があります」

 神様の発言に俺たちは言葉を失っていた。願いが叶う力があると言われても信じられるわけがなかった。でも、俺には思い当たる節がある。俺はすでに願っている。

「まさか……七夕にゆかりさんが三次元に召喚されたのは……」

「ええ、そうです。全ては貴方様が願ったからです。『ゆかりさんと一緒に楽しい夏を過ごせますように』。貴方様は確かにそう願い、叶い、楽しい夏を過ごしました。そして、楽しい夏が過ぎて秋となり、ゆかりさんは電子の世界に戻った」

「ま、待て! 後輩君には神様の力は効かないんだろ? なら、その願いを叶える力も効かないんじゃないの?」

「おお、その点に気付くとは先輩も“候補”に入れてよかったです。さて、その質問の答えですが、当たっています。貴方様には神様の力は通用しませんので願いを叶える力も使えません」

「なら――」

「――なので、私はちょっとだけ細工をしました」

 先輩の言葉を遮って神様は笑う。ただひたすら微笑んでいる。

「神様の力ではなく、『天使の力』で願いが叶うようにしました。天使というのは神様の部下のような存在です。ですが、神様の部下と言うだけあって願いを叶える程度の簡単な仕事はできます。まぁ……私の部下の天使は少々ぐうたらなのであまり有能とは言えませんが最後までチョコたっぷりな棒状のお菓子をあげたら渋々、力を使ってくれました」

 お菓子で釣られたようだ。それでいいのか天使。

「さてさて、貴方様の願いが叶う力の“せい”でゆかりさんが召喚されました。じゃあ、他の人の力は何に使われたのでしょう。ねぇ、従妹?」

「ッ……」

 神様の視線を受けてゆかりはビクッと肩を震わせた。その顔は青ざめている。何か、思い当たることでもあるのだろうか。

「正直に話した方が身のためですよ? 隠し事はそれだけで人に不信感を与えます。私と言う敵がいる今、仲間割れはしたくないでしょう? その願いが自分勝手なものだとしても」

「わ、私、は……」

 呼吸を荒くして言葉を紡ごうとする彼女だったが、上手くできていない。このままでは過呼吸を起こしてしまいそうだ。急いでゆかりの傍に行き、その肩に手を置いた。

「落ち着け。俺だってあんな願いをしたんだ。ゆっくりでいいから話して」

「……お兄さん、私はものすごく酷い子なんだよ。絶対、幻滅する」

「絶対にしない。俺を信じろ」

 ゆかりの目を真っ直ぐ見たままそう言い切る。数秒ほど見つめ合った後、ゆかりは頷いてくれた。

「私……事故に遭った時、『ああ、ここで死んじゃうんだ』って思ったの。その時にお兄さんに会いたいって強く願った。小さい頃に助けてくれたお兄さんにもう一度だけでいいから会いたいって」

 それを聞いてチラリと神様の方を見る。彼女は微笑みながら頷いた。『俺に会いたい』という願いが叶ったのだろう。しかし、ゆかりが言うほど酷い願いではないと思うのだが。

「……私の願いが叶うためには生き残らなくちゃいけない。だから……お父さんが死んだ。私を庇って死んだの。それどころかお兄さんに会うために『お父さんが死んで引き取られてお兄さんの家に転がり込んだ』。私が願わなければ……お父さんは生きていたかもしれない。私が、願わなければ……」

 ゆかりはそこで言葉を区切ってギュッと両手を強く握る。強く握り過ぎたせいで爪が手の平を傷つけたのか彼女の両手から血が滴り落ちた。

「ゆかり……」

 俺は彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。自分のせいで父親が死んでしまったとなれば落ち込むに決まっている。いや、落ち込むどころか“自殺”を考えてもおかしくない。実際、彼女は一度、自殺をしようとしたことがある。このままではまたあの時のように。

「……神様、一つ聞いていいか?」

 腕を組んで考え込んでいた先輩が不意に神様に声をかけた。

「えー? どうしましょう?」

「神様、答えて」

「はい、貴方様!」

「……ゆかりの父親はその事故で死ぬ運命だったのか?」

 先輩の質問を聞いた神様は目を細め、ニッコリと笑う。少しだけ残念そうに。

「ええ、そうです。あの事故で従妹の父親はもちろん、従妹本人も死ぬ運命でした。ですが、従妹の願いが叶い、父親に庇われるという運命に変わり、この家に住むようになったのです」

「と、いうわけだ。ゆかり、気休めにしかならないと思うが……君が願っても願わなくても父親の……運命は変わらなかった。だから、君のせいじゃない」

「……本当に気休めにしかならないよ。でも、ありがとう、ございます」

 ゆかりは先輩に頭を下げる。その拍子に彼女の目から涙が一粒だけ落ちた。よかった、これなら最悪なことを考えなさそうだ。

「く、くくく」

 安堵のため息を吐いていると不意に神様が俯きながら笑い声を漏らす。皆、神様が何か仕掛けて来てもいいように構えた。

「いきなり笑い出して申し訳ありません。ですが、何と言うか……ごっこ遊びを見せられているような気がして思わず」

「ごっこ遊び、だと?」

 先輩が低い声で神様の言葉を繰り返した。さすがに今の発言は俺も許せない。今まで彼女たちと過ごした時間が無意味な物だと言われたような気がしたから。240

「ええ、そうです。ごっこ遊び。私が悪戯に用意したお人形さんたちが勝手に動き出してお遊戯会を開いているのと同じことですから。あ、もちろん貴方様はお人形さんではありませんよ?」

「そんなことどうだっていい。今のはどういう意味なんだ?」

 お人形さんがゆかりさん、ゆかり、先輩のことなのは予想できる。しかし、神様が用意したという言葉の意味がわからなかった。

「簡単なことです。彼女たちは願いの力で産まれ、生き残った。なら、キャンセルすることも可能なのです」

「キャンセルって……まさか!?」

 ゆかりさんが立ち上がって悲鳴のような声を上げる。だが、俺はまだ神様の言葉を理解していない。いや、しようとしていなかった。もし、理解してしまったら――。

「ふふ、ふふふ。ええ、その通りです。さてさて……そこで貴方様にチャンスをあげましょう」

「チャン、ス?」

「ええ、私は腐っても恋神。貴方様を手に入れたいのはもちろんですが、貴方様の好みの女性を用意するのも私の責務。なので、ゆかりさん、従妹、先輩の中から1人、選んでください」

「選ぶ、だって? 選ばなかったらどうなるんだよ」

 震える声で質問する。ああ、わかっている。俺はすでに彼女の言葉の真意を理解している。でも、認めたくなかった。

「どうなるって決まっているじゃないですか……消えるのです。いなかったことになります」

 しかし、神様は微笑みながらそうはっきりと言った。

「消える……そんなことできるわけが……」

「先ほども言ったように私は願いの力をキャンセルすることができます。願いの力によって叶った願いのせいで世界が滅亡するなど最悪の結末を迎えた場合、過去に戻って願いの力をキャンセルします。それを応用して選ばれなかった人たちを消します」

 俺の願いをキャンセルすればゆかりさんが、ゆかりの願いをキャンセルすればゆかりが消える。しかし、先輩は――。

「ま、待ってください! 先輩はマスターの能力で生き残ったはず! ならば、願いの力をキャンセルするだけでは消せません! そうでしょう、先輩!」

「……」

 ゆかりさんの絶叫に対して先輩は黙ったままだった。いや、ただ黙っているわけではない。冷や汗を流しながら手を震わせている。

「ふふ、さすが先輩ですね。ちゃんと覚えているなんて……ええ、そうです。貴女は願いましたよね? 『私のことなんかどうでもいいから彼を幸せにしてください』と。ならば、叶えて上げましょう! 貴女を消すことで貴方様が幸せになると言うのならば貴女を産まれなかったことにして差し上げましょう!」

「ふざけるなっ!」

 思わず、神様の胸ぐらを掴んで叫んでしまった。何が叶える、だ。先輩が消えて俺が幸せになるわけないじゃないか。そんな願い、最初から成立していない。だから、先輩は消えない。消させない。先輩だけじゃない。ゆかりさんもゆかりも誰一人、いなかったことになんてさせない。

「貴方様は幸せになる。いえ、ならなくちゃならない。だって、幸せにならなければ“消えた子たちの犠牲が無駄になってしまう”。そうでしょう?」

「ッ……」

 神様がニッコリと笑って無視できない発言をする。そうか。もし、俺が幸せにならなければ選ばれず消えて行った子の犠牲が無駄になってしまう。

「なら、俺が誰も選ばなければ!」

「それならば、この3人が好みの女性でないと判断して消します」

 断言する彼女を睨みながら奥歯を噛み締める。神様の力が通じないのは俺だけだ。彼女達個人に対する力は防げない。俺に神様を止めることはできないのだ。

「だから、私は言ったのです。誰か一人を選んでください、と。ほら、貴方様は幸せになる。だって、選ばれなかった子たちの、選ばれた子の犠牲を無駄にするわけにもいかないから」

「選ばれた子……も? 何を言って」

「ふふ、私は恋神。貴方様を手に入れるために色々と考えました。そして、思いついたのです。私が貴方様の好みの女性になればいい、と」

「……乗っ取る気か」

「ええ、そうです。これで貴方様は好みの女性と結ばれ、私は貴方様と結ばれる。ほら、とっても幸せでしょう?」

 『それのどこが幸せだ』と言えなかった。神様がそれを本当に実行すればゆかりさんたちは消えてしまう。そして、俺が幸せに思わなければ彼女たちの犠牲が無駄になる。あいつのように。おそらく、俺は――幸せだと思うだろう。思い込むだろう。そうしなければ俺はきっと壊れてしまう。

「下衆野郎が……」

「何とでも言ってください。私は貴方様の物。玩具のように壊してくださっても構いません。それも私にとってご褒美ですから」

「くっ……」

 突き放すように神様の胸ぐらから手を離して座り直した。どうする? 選ばなければゆかりさんたちは消え、選んでも選ばれた子は乗っ取られ、選ばれなかった子たちは消える。

「お兄さん、まだ諦めちゃ駄目だよ!」

 頭を抱える俺を励ますようにゆかりが叫んだ。

「まだ私たちを消せるって決まったわけじゃないし、本当に乗っ取ることができるかもわからない! なら――」

 そこまで言ったところで彼女はスッと消えた。まるで、最初からそこにいなかったかのように。

「――なら、証拠を見せてあげましょう」

 そんな声が聞こえておそるおそる先輩の方を見る。先輩は笑っていた。神様が浮かべていたような笑みで。そして、いつの間にか神様もいない。

「そんな……本当に……」

「ふふ、これで理解出来ましたか? 私の手にかかれば貴女たちを消すことも乗っ取ることもできるのです。だって、“私は神様ですから”」

 ゆかりさんの震える声を聞いて神様は嬉しそうに微笑んだ後、指を鳴らす。

「――まだ諦めちゃ……あれ? どうしたの?」

「……最悪な気分だ」

 消されてしまったゆかりは俺たちの表情を見て首を傾げ、乗っ取られていたことがわかったのか先輩が顔を顰める。俺とゆかりさんも顔を俯かせてしまう。

「ほら、選んでください。貴方様……私たちの幸せのために」

 どうする? どうすればいい? 誰を選べば。いや、選んだら選ばれなかった子が。それ以前に選ばなかったら皆が。俺は、俺は。

 グルグルと思考を巡らせるが何もいい案が思いつかない。ぐにゃりと視界が歪む。呼吸もどんどん荒くなっていく。苦しい。でも、誰か選ばなければ。しかし、誰か選んだら。

「神様、ちょっと待ってくれないか」

 そう言いながら俺の肩に手を置いた先輩。チラリと彼女を見ると俺に頷いてみせた。

「どうしました?」

「1週間、猶予をくれ」

「その心は?」

「今の後輩君は少し混乱している。こんな状態で最良の判断が出来るとは思えない。それに……私も生き残りたいからな。1週間、アピールタイムと行こうじゃないか」

「……いいでしょう。貴女の話に乗ってあげます。焦らしプレイも経験しておいた方が今後、良さそうですし。それでは1週間後の午後9時にまたここに来ますね」

 そう言い残して神様は消えてしまった。だが、神様がいなくなった後も俺たちは一言も話せなかった。話せるはずもなかった。このまま何もしなかったらゆかりさんたちは消えてしまうのだから。

「ねぇ、後輩君」

 そんな中、先輩の声が部屋に響く。俺たちはほぼ同時に先輩の方へ視線を向けた。

「デート、しよっか」

「……え?」

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