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「あの2つの事件の原因が……か、神様?」
神様のカミングアウトに思わず声を震わせてしまう。
「ええ、そうです。まぁ、厳密には私だけのせいではないのですが」
「何言ってんだ。さっきみたいに神様特有の力を使ってあの騒動を起こしたんだろ?」
ギロリと神様を睨みつけながら先輩。
「……貴女に睨まれても嬉しくありません。順番に説明しますから少しの間、待っていてください。ほら、お茶でも飲んでまったりしましょう」
そう言いながら神様はどこからともなく湯呑を取り出した。のん気な人である。でも、ずっと立ちっぱなしも辛いからお言葉に甘えよう。
「じゃあ、座ろうか。ゆかりさん、皆の分の湯呑を持って来てくれる?」
「はい、わかりました」
「あ、貴方様見てください。この湯呑、貴方様の顔が彫ってあるのですよ?」
「ちょっとそれは止めようか……」
リアルな自分の顔が彫られた湯呑を見せられたって嬉しくない。それから人数分のお茶を用意した後、一斉に湯呑を傾けて一息吐く。ああ、美味い。
「……って、何でまったりしてるの!? さっきまですごくシリアスだったのに!」
一緒にまったりしていたゆかりがテーブルに両手を叩き付けながら叫ぶ。
「まぁまぁ、落ち着いてください小じわが増えますよ」。
「余計なお世話だよ! えっと、何の話だっけ?」
「マスターが巻き込まれた事故や事件は神様のせいってところまで話しました」
「だから、私だけのせいじゃないのです。そう言っていますよね?」
「そんな話、信じられない」
先輩は腕を組みながら顔を顰めている。相当、神様のことが嫌いらしい。無理もない。3年前、先輩もあのテロ事件に巻き込まれたのだ。神様を憎むのも当たり前である。だが、それを考慮しても毛嫌いし過ぎではないだろうか?
「先輩、まずは神様の話を聞いてみましょうよ」
「……君は、何も思わないのか?」
説得しようと声をかけたが意外そうに聞き返されてしまう。
「え?」
「君はあのテロ事件で……親友を失ったんだぞ!? 何で、そんな平気そうなんだ!? 目の前に親友の仇がいるのに!?」
ああ、そうか。先輩は俺のことを想って怒ってくれていたのだ。
「いいんですよ」
でも、それは間違っている。あのテロ事件が神様のせいだとしても親友が死んだのは俺のせいなのだ。
「ええ、そうですね。貴方様のせいです」
まるで俺の思考を読んだように神様は笑いながら告げた。それが真実であるかのように。
「貴方様が全ての原因なのですよ? 貴方様がいなければゆかりさんも、ゆかりも、先輩も……そして、私でさえここにはいませんでした」
「それってどういう……」
「さてさて答え合わせの前に解説の時間です。今回のお題は神様のお仕事! さぁ、私がどんなお仕事をしているのかサルでもわかるように説明しましょう!」
俺の言葉を遮って神様は立ち上がった。そして、指を弾いて鳴らす。すると、いつの間にかホワイトボードが神様の後ろに出現していた。
「最初に説明したように私は恋神。恋を司る神様です。その仕事の内容は簡単。恋が成就するように手助けしたり、逆に破局するように邪魔をするのです。あ、私だって意地悪で邪魔するわけではありませんよ? 運命に従って調節しているだけです。いわば、神様はベルトコンベアーで流れて来る製品をチェックする工場の人なのです。運命と言うベルトコンベアーで流れて来た製品をチェックし、部品が足りていなかったら付け足したり、多く付いていたら取り外してあげる。そうして製品を完成させるのです。それが私の役目。任務。お仕事です」
ホワイトボードに可愛らしくデフォルメされた神様がベルトコンベアーで流れて来る製品に何かくっ付けたり外したりしている絵を描きながら語る。
「さて、これが半分です。もう半分は魂に関係して来ます。今、神様業界は人手不足なのです。そのため、本来神様の仕事であるものも天使に任せていたりします。まぁ、天使も数が少なくなって来ていますので適性のある死んだ人を天使に転生させたりしています。そうやって天使は数を増やしていますが、神様はそう簡単に増えません。なので、仕事の多い神様は他の神様に仕事を回したりします。その結果、恋神である私に魂関係のお仕事が回って来たのです。それが始まりですね。では、魂のお仕事を説明しましょう。まぁ、簡単ですよ。増え過ぎた魂を始末するだけです」
あっけらかんと答えた神様。増え過ぎた魂を始末する。それが一体どんな意味なのかわからなかった。いや、わかりたくなかった。
「あれあれ? わかりやすく言ったつもりですが伝わらなかったようですね。では、もうちょっとだけ詳しく説明します。現世に存在できる魂の数には限りがあります。そのため、その上限に達する前に現世に生まれすぎてしまった魂を意図的にこちら側――つまり、黄泉の世界に還すのです。輪廻転生という言葉をご存知でしょうか? ええ、そうです。死んだら輪廻の輪に戻り、再び現世に生まれるというものです。つまり、私のお仕事は意図的に人を大量虐殺して輪廻の輪に還し、魂の数を調節することです」
絶句した。ここにいる全員が顔を青くして神様を見ていた。
「じゃ、じゃあ……13年前の大地震は?」
「そうです。私が起こしました」
「……3年前のテロ事件も?」
「ええ、私です。ですが……私はこの世界を掌握している魔王ではありません。たまたま恋神である私に人間を大量虐殺するお仕事が回って来ただけです。私にお仕事が回って来なくても大量虐殺は起きていました。それだけはお忘れなきよう。ほら、よくあるでしょう? 歴史の教科書にも載るほどの大災害。あれは神様が意図的に起こしたものです。今も昔も変わらないのです。何も変えられないのです。運命だから。たった5文字で説明出来てしまうのです」
「なら、後輩君の親友が死んだのも運命だって言うのか!?」
先輩が立ち上がって絶叫した。その拍子に湯呑が倒れてお茶が零れる。
「いえ? 貴方様の親友は死ぬ運命ではありませんでしたよ?」
しかし、それに対して神様はさぞ当たり前のように答えた。
「……死ぬ運命じゃなかった? じゃあ、何で――」
「だから言ったでしょう。親友が死んだのは貴方様のせいだと。全ては貴方様がこの世界に存在していたから全てが狂った。死ぬはずだった者が死なず。生きるはずだった者が死んだ。そんなところがとっても素敵です」
意味がわからなかった。だって、13年前の事故も3年前のテロ事件も起こしたのは神様だ。確かにあいつが死んだのは俺のせいだとは思っている。でも、俺の言っている“せい”と神様の言っている“せい”は違うような気がした。
「……そんなはずありません。いえ、絶対に違います!」
混乱していると突然、ゆかりさんが首を横に振りながら叫んだ。彼女の顔を見ると目に涙を溜めて震えている。
「あらあら? ゆかりさんは気付いてしまったようですね。ええ、そうです。それが正解です。さすがゆかりさん。私が見込んだことはありますね」
「あり得ません! それに……これが本当だとしたらマスターがいなければ“誰もいなくなってしまいます”!」
「言ったでしょう? 私たちがここにいるのは貴方様がいたから。それが全てです。きっと私が真実を語るよりゆかりさんの口から言った方が皆さんも信じるでしょう。ゆかりさん、お願いできますか?」
「……何か不審な点があれば絶対に言ってください。お願いします」
縋るように俺たちにそう言った後、ゆかりさんは口を開いた。
「まず、13年前と3年前の事件ですが……これは神様が起こしました。目的は『魂の数を調節するための大量虐殺』。しかし、神様ですら予期せぬことが起きました。マスターの存在です」
「俺の?」
「ここで1つ、神様に質問です。神様、貴女……先輩を殺そうとしましたよね?」
「はい、殺そうとしました。失敗しましたけど」
くすくすと笑いながら頷く神様だったが、それについて聞く前にゆかりさんが手でそれを止める。まずは話を聞け、と言いたいらしい。
「これではっきりしました。マスター……貴方には特殊な力があるようです」
これには俺も思い当たる節がある。あの頭痛だ。俺の目を見てゆかりさんが少しだけ悲しそうな表情を浮かべながら言葉を紡いだ。
「それは……神様の力をレジストする能力」




