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結月祭シリーズ  作者: ホッシー@VTuber
第1章 夏秋ヲ結エル月兎
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2

 私が三次元に召喚されてから早3日が経ちました。その中でわかったことをいくつか紹介しましょう。

 まずは私の身体について。

 お腹は空くし、睡魔にも襲われるので本当に人間の体になってしまったようです。初めてご飯を食べた時は感動しました。

 ですが、問題も発生しています。その一つに私が着る服が一着しかなかったことです。初日はそんなことを考えず、洗濯してしまったのでお風呂から上がった私は絶望しました。お風呂も初体験だったので着替えのことを忘れていたのです。

 私はマスターを呼びました。そう、呼んでしまったのです。まぁ、皆さんもお気づきだと思いますが、見られました。バスタオルの巻き方すら知りませんでしたから全てを見られました。

 マスターもわざとではなかったようで私が洗濯機の使い方がわからなくて呼んだと思ったらしくドアを開けて顔を真っ赤にしてドアを閉めました。あんな恥ずかしいことを言わせるくせに初心なようです。もちろん、殴っておきました。

 次にマスターの生活です。

 今まではマスターが起きる時間は午前6時。起きてすぐPCの電源を付け、それから顔を洗って朝ごはんの支度をします。ご飯の支度が終わって食べた後、私のソフトを起動して数十分ほど会話と言う名の気持ち悪い行為をして歯を磨いて仕事に向かいます。

 そして、私が三次元に召喚されてからは少しだけ変わりました。

 起きる時間は変わりませんが、PCを付けません。本当に私と会話と言う名の気持ち悪い行為をするために起動していたのですね。朝ごはんは私の分も作ってくれます。美味しいです。その後、私と数十分ほど会話と言う名の普通のお喋りをして歯を磨いて仕事に向かいます。

 まぁ、簡単に言ってしまえば会話が気持ち悪くなくなっただけですね。

 最後に私をどうするか。

 マスターは一人暮らし。両親は田舎にいてマスターの家から電車やバスなど乗り継いで10時間ほどで着くらしいです。そのため、私のことは秘密にしておくことにしました。変に心配させる事もありませんし、説明も出来ないからです。

 更にマスターは私に『外に出ちゃ駄目だ』と言いました。理由は言ってくれませんでした。

「……暇ですね」

 時計は午後3時を指しています。マスターはいつも通り、仕事に行っています。その間、私が家事をしていますが、全て終わらせてしまいました。

(どうしましょうか?)

 腕を組んで悩んでいるとふと、窓から外が見えました。

「……まぁ、ちょっとだけなら」

 やはり、三次元に召喚されたからには外に出てみたい。風や太陽の光、空気の匂いを感じてみたい。そんな衝動に駆られました。

 早速、マスターに借りたジャージを脱いでいつもの服に着替えます。姿鏡で身だしなみを整えて玄関に向かいました。

「あ、靴……」

 そう言えば、靴がありません。仕方ないのでマスターのスニーカーを履くことにします。

「うわ、ぶかぶか」

 こうしてみるとマスターが男の人だと実感してしまいます。

(今、思ったけど私、結構危ないのでは?)

 ソフトでもちゃんと常識は頭の中に入っています。年頃の女の子が男の部屋で寝泊まりするなどいつ、間違いが起きてもわかりません。

(マスター、そう言う素振り見せてませんが、実際どうなんでしょう?)

 ベッドを使わせてくれますし、初日のこともあってお風呂の時はいつも家の近くにあるらしいコンビニに行きます。これはマスターだけなのでしょうか? それとも、世の中の男性全てがマスターのような人ばかりなのでしょうか? 常識があると言ってもそこまではわかりませんでした。

「じゃあ、行きますか!」

 自然と頬が緩んでしまいます。それだけ嬉しいのでしょう。靴ひもをギュッと結び、玄関のドアを開けようとしますが、鍵をどうするか考えていませんでした。

(えっと、確か……)

 靴を脱いで部屋に戻り、PCが置いてある机の引き出しを開けます。そこには私のVOICEROIDソフトが入ったケースとVOCALOIDソフトが入ったケースがありました。すぐにケースを開けます。VOICEROIDケースには鍵が、VOCALOIDケースには少しだけお金が入っていました。前、カメラの前でケースに入れているのを見たのです。

(鍵はともかく、何でお金まで入れたのでしょうか?)

 マスターが帰って来たら聞いてみましょう。鍵とお金をパーカーのポケットに入れて、靴を履いてから玄関のドアを開けます。

「あ……」

 外に出ると生ぬるい風が私の頬を撫でました。でも、不思議と気持ち悪くありません。いや、それ以上に生きていると言う実感が湧き上がって来てとても嬉しくなりました。

(これが、人間なんですね……)

 玄関の鍵を閉めて太陽の光の下に立ちます。夏なので日差しが厳しいですが、私は気にしません。だって、これが生きていると言うことなのですから。

「♪」

 私は意気揚々と散歩を始めました。私にとって全てが初めての体験。それが嬉しくて、嬉しくてたまりませんでしたから。









「ただいまー」

 今日はいつもより早く仕事が終わった。いつもなら午後6時にならないと家に帰れないのに今の時刻は午後5時。1時間も早く帰られた。早く、ゆかりさんとお話がしたくて超特急で帰って来たのだ。

「ゆかりさーん? どこー?」

 しかし、部屋のどこにもゆかりさんの姿はない。お風呂場も探したが、いなかった。

「どこに行ったんだ?」

 首を傾げているとPCの前に二つのケースが置いてあるのに気付いた。そう、VOICEROIDソフトが入ったケースとVOCALOIDソフトが入ったケースだ。

「っ!? ゆかりさん!!」

 それを見てゆかりさんが外に出たとわかった俺は玄関を飛び出した。









「あー、気持ちいい」

 公園のブランコに座って伸びをして私は呟いてしまいます。マスターの独り言が移ってしまったのかもしれません。でも、嫌ではありませんでした。だって、それほど私が今、幸せだと思っているということですから。

(PCの中にいた時はまさか、こんなこと体験ができるなんて思いもしませんでした……)

 人間はこんなに素晴らしい世界で生きている、ということに思わず嫉妬してしまいます。PCの中は身動きが取れず、息が詰まってしまいますので。

「あーあ……私も人間だったらなぁ」

 人、犬、猫。

 車、自転車、バイク。

 ビル、家、お店。

 水、風、光。

 その全てがキラキラ輝いていて眩しかったのが印象的でした。後、少しのお金で買ったコンビニのパンが意外に美味しくてびっくりしました。

「あれ? 君、一人?」

「え?」

 考え事をしているといつの間にか目の前に数人の男性がいました。

「だから、君一人なの?」

「え、ええ……そうですけど?」

 私がそう言うと声をかけて来た男性の方がニッコリと笑いました。

(何か、怖いです……)

 表面上は親しみやすい笑顔ですが、その奥に黒い何かが見えたような気がします。

「なら、俺たちと遊ばない? 奢るよ?」

「え、えっと……」

「君、可愛い声だね。名前は?」

「ゆ、ゆかりです」

「いい名前だね。じゃあ、いこっか」

 そう言って男性の方は私の腕を掴みました。

「ちょ、ちょっと!」

 まだ、承諾していないのに勝手に遊ぶことになっています。

「大丈夫大丈夫。怖くないから」

「そう言うことではなくて!」

 言い訳しようにも掴まれた腕が痛くて言葉が続きません。

(こ、怖い……助けて)

 人間の世界は素晴らしいものでした。ですが、人間になってからまだ3日しか経っていない私が人間の世界の全てを知ることなどできるはずもありません。

 今、私は人間の世界の怖い所を見ているのです。目の前の男たちの目は笑っていませんでした。いえ、ドス黒い何かがグルグルと渦巻いているように見えます。

 怖い、怖い、怖い。

 ただ、それだけしか感じられません。目から涙が零れてしまいました。それでも男は腕を離しません。本当に――怖い。

「だ、誰か……」

 PCにいた時はハキハキと喋れていたのに今は掠れた声しか出ません。それが情けなくて目から次々と涙が溢れて来ます。

(マスター、助けてッ!)

 そう、頭の中で叫んだ時でした。

「おい」

「あ?」

「え?」

 声が聞こえた方を見ると男たちの後ろに息を荒くしたマスターが立っていました。

(ま、マスター!)

「その子、俺の身内だからさ? 離してくれないかな?」

 マスターは息を整えると男たちに向かってそう言います。

「ああ、お兄さんでしたか? いいじゃないですか、ちょっとくらい」

 ですが、男たちは腕を離すどころか私の身体を引き寄せます。

「きゃあっ」

 あまりにも乱暴だったので悲鳴を上げてしまいました。

「……その子を離せって言ってんだよ」

 それを見たマスターは男たちを睨んでもう一度、同じことを言いました。

「っ……」

 こんなマスターを見たことがありません。その目はとても鋭くそれだけで私の身体が引き裂かれそうなほど攻撃的でした。

「くっ……行くぞ」

 男もマスターの目を見て怖気づいたのか他の男たちを連れて公園を出て行きます。その後すぐ、私は恐怖と安心で思わず、その場にへたり込んでしまいました。

「ゆかりさん! 大丈夫!?」

 マスターがすぐに駆け付けてくれて体を支えてくれます。

「ま、マスター……私、私……」

 謝りたかった。ただ、謝りたかった。でも、体が言うことを聞いてくれません。謝罪の言葉ではなく、涙と嗚咽しか出ませんでした。

「大丈夫。もう、大丈夫だから。家に帰ろう?」

 私の目を見て笑うマスターの目はとても優しく、柔らかかったです。先ほどの攻撃的な目の陰などどこにもありませんでした。

「は、はい……あ、靴」

「え? あ」

 マスターの足元を見ると靴下のままでした。

「あ、あはは。慌ててたから」

 苦笑いで誤魔化すマスターでしたが、恥ずかしさから少しだけ頬が紅くなっています。

「マスター」

「何?」

「助けてくれてありがとうございます」

 そして、私を買ってくれてありがとう。私を喋らせてくれてありがとう。私を歌わせてくれてありがとう。一緒に暮らしてくれてありがとう。

 そんな気持ちを一つに込めた『お礼』でした。

「……どういたしまして」

 マスターは笑顔で頷いてくれました。

(人間の世界は良いところもあれば悪いところもあるんですね……)

 そのことに気付けただけで私は十分です。それに私にはこんなに優しいマスターがいますから、これ以上の幸せはないと思います。

「あ、ゆかりさん」

 並んで家に帰っている途中、マスターが声をかけて来ます。

「はい、何でしょう?」

「少し先の話だけどさ? 夏祭り行かない?」

「夏祭り、ですか?」

「うん、8月の始めにあるんだけど……どう?」

 きっと、マスターは今日、私が怖い思いをしたから外に出たくなくなったのではと考えているようです。

「夏祭りってマスターも行きますか?」

「え? そりゃ、ゆかりさんが行くなら俺も一緒に行くつもりだけど……」

「なら、大丈夫です。マスターが一緒ならまた、守ってくれますから」

 確かに外の世界には怖い事もありますが、マスターが一緒なら私は安心して世界の良いところを見ることができます。

「っ!? う、うん……」

 マスターは頬を掻きながらそっぽを向いてしまいます。きっと、照れているのでしょう。

「夏祭り、楽しみですね」

「そうだね。あ、ゆかりさんの浴衣、買わないと」

「え?」

「だって、祭りと言えば浴衣でしょ?」

「そうですが、本当にいいのですか?」

 マスターの仕事はさほど給料のいい仕事ではなかったはずです。浴衣は高いものだと諭吉さんが何人も必要になります。

「俺が見たいからいいの」

「え、えっと……」

「ゆかりさんに似合いそうな浴衣……うん、月と兎が刺しゅうされた浴衣とかどうかな?」

「……いいですね!」

 楽しそうに話すマスターにもう、遠慮するとは言えませんでした。それに、私も浴衣を着てみたいと思いました。今から、夏祭りが楽しみです。

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