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さて、まずは状況を整理しよう。今、俺たちがいるのは遊園地内の北エリア。そして、テロリストたちがいるのは中央エリアのステージだ。
「ゆかりさん、テロリストの目的ってわかる?」
「はい、確か3年前に捕まってしまった仲間の解放、だそうです」
つまり、今回のテロ事件の根本的な原因は俺にあるようだ。多分、俺があの場にいなかったらテロリストたちは目的を達成して逃げられただろうし。
「そう言えば、マスターってどうやってテロリストを倒したのですか? 防犯カメラで見る限り、武装していますよね?」
「ゆかりさん、君のマスターは普通じゃないんだよ。だから倒せるんだ」
「ものすごく不本意な説明しないでくださいよ。俺はただ反射神経がほかの人より優れてるだけですって」
銃弾ぐらいなら射出された後でも見て躱せるぐらいだ。3年前は武器も持っていたし。
「よく言うよ。銃弾をひらひら躱してテロリストを一撃で沈めるやつのどこか普通なのさ」
「……」
言われてみればそんなことできる人はそんなにいないと思う。下手すれば死ぬだろう。当時の俺は本当に調子に乗っていたようだ。
「へぇ。マスターは強いんですね……私、役に立てるでしょうか?」
「今でも十分役に立ってるよ。だって、防犯カメラの映像と音を携帯だけで拾って……そうだ!」
忘れていた。普通じゃないと言えばゆかりさんもだった。
「ゆかりさん! ずっと気になってたんだけど、どうやって携帯で防犯カメラの映像とか音声とか拾えるの?」
「普通に念じれば出てきますよ?」
「……はい?」
念じれば出て来る? 何を言っているのだろうか、このボイスロイドは。
「例えば……従妹のメールアドレス」
俺の方に携帯の画面を見せながらゆかりさんが言うとスッと画面に何かが映った。そこにはメールアドレスが書かれている。急いで携帯を取り出し、ゆかりのメールアドレスと見比べた。
「お、同じだ……」
いや、待て。ゆかりさんが俺の携帯を見た時に暗記したのかもしれない。
「納得しませんか。では、次に……テロリストたちの通信」
メールアドレスが消えるとノイズが聞こえる。そのノイズはどんどん薄れていき、やがて男の声が聞こえ始めた。
『……で、首尾は?』
『はい、警察に連絡しましたが今のところこちらに利益のある返事はありません。あと、騒がれても面倒なので人質は睡眠ガスで眠らせておきました』
『そうか……そろそろ人質の一人でも殺すか。その映像を警察にでも出せば要求を飲むだろ』
『わかりました』
『ああ、それと各エリアにいる見回り組を呼べ。こんなに探していなかったらもういないだろ』
会話の内容からして間違いなく今、この遊園地を占拠しているテロリストたちの通信だ。
「……って、えええええええええ!?」
「便利ですよね、携帯って。念じるだけで欲しい情報が手に入るんですから」
「ゆかりさん、それ違うからね!? ゆかりさんだけだよ!?」
欲しい情報がすぐ手に入る上、ハッキングのようなこともできるのだ。電子世界にいたゆかりさんだからできるのだろうか。最初に貰った遊園地の地図はパンフレットの画像ではなく業務用だったようだ。まぁ、あんなに色々書き込んであったからおかしいとは思っていたけど。
「……そう言えば、炊飯器の使い方を習う前に使えたような気がします」
「あの時からか!?」
それはゆかりさんが初めてこの世界に召喚された時、遅刻しそうになった俺の代わりに朝食を用意してくれた時のことだ。今思えば炊飯器の使い方など教えていない。
「……ねぇ、後輩君。この能力、使えるんじゃない?」
腕を組んで考え事をしていた先輩の言葉でハッとする。今、俺たちは向こうの通信が聴き放題だ。それにハッキングして嘘の情報を流すこともできなくはないだろう。
「……作戦を立てよう」
俺の反射神経。ゆかりさんの特殊能力。この二つがあれば何とかなるかもしれない。
遊園地の中央エリア。そこには今日、遊園地に遊びに来たお客さんが集められていた。そのお客さんの周囲には武装したテロリストたち。ヘルメットを被っており防弾チョッキを着ていた。そして、お客さんを包囲しているテロリスト以外はステージに立っている。ステージにいるテロリストは10人。包囲しているテロリストは6人の計16人。入口に見張りが2人いるようでそいつらを入れたら18人だ。本来なら20人だったが、残り二人は|すでに気絶させておいた《・・・・・・・・・・・》。そいつらがいた場所にはゆかりさんがいる。色々準備してもらっているのだ。さっき携帯に先輩も配置に付いたと連絡が来た。そろそろ作戦が始まる。
(さてと……)
俺たちが考えた作戦は正直、穴だらけで不安要素はたくさんある。最初以外、ほぼノープランだ。全て俺の手にかかっている。ゆかりさんの能力を使って遊園地周辺に警察がいるか確認したのだが、いなかった。テロリストたちは警察の姿を見かけた瞬間、人質を殺すと脅したらしい。そのため、警察は遊園地に近づくことすらできなかった。
(大丈夫)
ぐっと柄を握って深呼吸する。あの時の俺は一人で突っ走ってしまった。そのせいであいつを死なせてしまった。でも、今は違う。俺にはゆかりさんと先輩がいる。ここにはいないけどゆかりだっているのだ。
『マスター。準備はいいですか?』
真っ暗な視界の中、携帯からゆかりさんの声が聞こえる。
「ああ、大丈夫」
『先輩はどうですか?』
『こっちも大丈夫。ちょっと疲れたけどね』
『……では、作戦開始まで5秒前……3、2、1! 作戦開始!』
ゆかりさんの合図と共に俺の頭上から凄まじい爆音が響いた。それと同時にテロリストたちの悲鳴。よく聞いてみればいわゆる電波曲と呼ばれるゆかりさんの歌だった。
(よりにもよってその曲か……ナイス選曲!)
ゆかりさんの能力を利用してテロリストたちの通信に割り込み、音楽を鼓膜が破れるほどの音量で流しているのだ。通信はヘルメットに備え付けられているマイクとスピーカーを利用しているので効果は抜群。
『テロリストたち、ヘルメットを脱ぎ捨てました。マスター、準備お願いします』
「了解」
『マスター射出まで3、2、1! ジャンプ!』
俺の頭上が開き、俺が立っていたリフトが一気に上昇する。タイミングを計ってジャンプした。すると、俺は勢いよくステージのせりから飛び出し、テロリストたちがいるステージの上に降り立った。先ほどの音楽攻撃でピヨっているテロリストの一人の脳天を手に持っていた傘で殴り、一発で気絶させる。傘でも殴る場所を選べば気絶させることぐらい容易である。
突然現れた俺を見て目を見開くテロリストたち。無理もない。背中に2本のビニール傘を装備し、手にさっき殴ったせいで折れかけているビニール傘を持った俺がいるのだから。驚くのも仕方ない。だってステージの装置を操作する小屋はテロリストの仲間が見張っていたはずだからだ。今はゆかりさんしかいないが。
『先輩、準備お願いします』
『はいよー』
ゆかりさんと先輩の会話を聞きながら別のテロリストの方へ移動し、折れかけている傘を横薙ぎに振るい、そいつの顎を掠める。顎を掠められたテロリストは脳震盪を起こしたのかバタリと倒れてしまった。残り8人。
「う、撃て!」
リーダーらしき人物の指示通り、銃を構えた彼らだったが、すぐに体を硬直させる。簡単なことだ。俺は今、テロリストたちに包囲されるような場所に立っている。そんな状況で俺に向かって銃を放てば向かえにいる仲間に銃が当たってしまう可能性があるからだ。顎を殴ったせいで使い物にならなくなってしまった傘を硬直しているテロリストの一人に向かって投げて新しい傘を背中から抜き、別のテロリストの脳天を殴る。残り7人。
『先輩! 今です!』
お客さんを包囲していたテロリストたちが動こうとしたその時、ゆかりさんの指示を聞いてステージの影にいた先輩がステージの下にいるテロリストに消火器を放った。白い煙がテロリストたちの視界を遮って邪魔をする。そのいざこざに紛れて俺はもう一人、潰した。残り6人。
気絶したのを視認しているとやっと動けるようになったテロリストの一人が俺に向かって突っ込んで来る。その手には少し大きめのナイフ。よく軍人が使っているような奴だ。デタラメにナイフを振るうが落ち着いて回避し、傘でそいつの喉を殴る。息を詰まらせて苦しんでいる間に空いた左拳で思いっきりアッパーカットした。気絶はしていないだろうけど、すぐには動けまい。残り5人。
(さぁ、ここからだ)
先輩が消火器で下にいる奴らの足止めをしている間にステージ上にいるこいつらを倒しきらなければならない。消化器のストックはあるがあまり時間をかけるわけにもいかないだろう。俺はビニール傘を構えてテロリストたちに向かって突進した。
「すごい……」
防犯カメラの映像でステージを見ていますが、マスターってあんなに強かったのだと初めて知りました。現在、倒したテロリストの数は4人。あ、今5人目を倒しました。5人中4人を気絶に追い込み、残り一人を瀕死にさせています。
先輩も必死になって消火器を振りまき、ステージの下にいるテロリストたちを足止めしています。彼女の足元には空になった消火器が2本。ストックはまだありますがあまり時間は残っていません。
(マスター……急いでください)
私の役目はテロリストたちが被っていたヘルメットを外させることと防犯カメラでステージ周辺の監視をすることです。もし、怪しい動きをしているテロリストがいたらマスターと先輩に知らせます。
それにしてもマスターの動き、人間ができる動きではありません。隙を突いて銃を構えたテロリストですが、それをいち早く察知し、射線上に自分と他のテロリストが来るように移動しています。その間もナイフで切りつけてくる相手を傘でいなしていました。そのせいで3本あったビニール傘もすでに2本が折れ、残る1本もすでにボロボロです。それでも先輩の方へ行こうとするテロリストに向かって突っ込むふりをして邪魔しています。マスターの強さを目の当たりにしたテロリストはマスターに近づかれるのが怖いようでそれだけでテロリストたちの動きを抑制できていました。
「ん?」
そんなマスターの姿に見惚れていると別の防犯カメラ――入口の防犯カメラですね。そのカメラ映像に有り得ないものが映っていました。
「あ、あれ!?」
何故か入口を見張っていたテロリスト二人が倒れているのです。急いで他の防犯カメラを確認し、テロリストたちを倒した元凶を探します。
「っ!? そういうことですか!」
元凶を発見し、その背にある物を見て全てを把握しました。
(私のするべきことは……)
今、見張り役のテロリストはいない。つまり――。
マスターの携帯を掴んで私は念じ、能力を使います。彼らの無事を祈りながら。
俺とテロリストたちの攻防は硬直していた。銃を使わせないために包囲されるような立ち位置にいるせいで攻めきれないのだ。向こうも突っ込んでくれば返り討ちに遭うとわかっているようで牽制程度の攻撃しかして来ない。その理由は時間稼ぎ。先輩の消火器がなくなるのを待っているのだ。そうすれば、助っ人はもちろん、上手く行けば先輩を人質にできる。
(仕方ないっ!)
このままでは埒が明かない。覚悟を決めてテロリストの一人に肉薄する。肉薄されたテロリストは顔を歪ませながらナイフで応戦して来た。何度もナイフを振り下ろして来る。持ち前の反射神経で躱し、隙を突いてビニール傘で顎を殴る。残り4人。
その時、左足に鋭い痛みが走った。3年前、銃で撃ち抜かれた膝だ。痛みのせいでその場に跪いてしまう。それを見たテロリストの一人がニヤリと笑って銃を構える。
『マスター、逃げて!』
ゆかりさんの絶叫が響く。逃げたくても体は動かない。このままでは――。
「お兄さんっ!!」
――そんな声と共に銃を構えたテロリストの背後から何かが飛んで来る。それを視認してビニール傘を置き、手を伸ばした。きちんと柄を掴み、テロリストの手首を打つ。その動きは俺にとって体に染み付いたもの。ほとんど反射的に動いていた。手首を打たれたテロリストは銃を落とす。そして、竹刀でテロリストの脳天を殴った。そう、面である。残り3人。
「はぁっ!」
俺のすぐ横を誰かが通って背後に迫っていたテロリストの鳩尾に正拳突きを放つ。防弾チョッキを着ていてもその破壊力の前では無力だったのかテロリストはその場に崩れ落ちた。残り2人。
「ゆかり!?」
俺を助けてくれたのはゆかりだった。彼女の背には見覚えのある竹刀袋。通常の竹刀袋よりも大きい俺専用の物だ。
「お兄さん、大丈夫?」
会話をしながらお互いの背中を守るように俺たちは背中合わせになった。俺とゆかりの前に一人ずつテロリストがいる。
『マスター、先輩の消火器、ラスト1です!』
突然、現れたゆかりに戸惑っているとゆかりさんが叫んだ。時間がない。
「はい。これで全力で戦えるよね?」
そう言いながら背中の竹刀袋から短めの竹刀を取り出して俺に差し出すゆかり。
「……ああ」
右手に短い竹刀。左手に長い竹刀を持って深呼吸する。久しぶりに持った愛刀。でも、馴染む。
「ゆかり、行けるか?」
「空手全国大会優勝者を舐めないで欲しいかな。そっちこそ、ブランクとかない?」
「剣道世界大会優勝者を舐めないで欲しいね」
ゆかりは小さい頃から空手を習っていてその実力は全国で優勝するレベルだ。そして、俺は――剣道の世界大会で優勝したことがある。持ち前の反射神経と珍しい二刀流で世界の頂点に立ったのだ。
俺たちはほぼ同時に地面を蹴った。それを見たテロリストはナイフを振るうが、今度は躱さずに左の竹刀で手首を切り上げた。切り上げられたテロリストは目を丸くし、硬直する。その隙を狙って右の竹刀で思いっきり、テロリストの鳩尾を突いた。敵は口から空気を吐き出し、その場に倒れる。
振り返るとテロリストの顎にハイキックを入れたゆかりの姿があった。
「ゆかり、下だ!」
「うん!」
そろそろ先輩の消火器がなくなる。俺たちは並んでステージから降り、消火器まみれになっているテロリストたちに向かって突っ込んだ。
消火器で混乱していたので残りのテロリストは簡単に制圧出来た。今は手分けしてテロリストたちを縛っている。因みに他のお客さんは眠らされていた。睡眠ガスでも使ったのだろう。テロリストと言っても20人しかいなかったのでここにいる全員で飛びかかられたらすぐに制圧されてしまうからだ。なお、縛っているのは俺とゆかり、そして先輩だ。ゆかりさんは彼女が呼んだ警察に事情を説明している。もちろん、携帯越しで。どうやら、ゆかりが入り口を見張っていたテロリストを倒したのに気付き、予め呼んでいたらしい。
「それにしても……ゆかり、どうしてここに?」
家で待機していろと言ったのに。それにいつの間にか俺の愛刀たちを持っていた。
「……あの落石事故でお兄さんに守られてからずっと思って来たんだ。今度は私がお兄さんを守るって。だから強くなるために空手を習ったの」
作業しながら語るゆかり。まさか空手を習い始めたきっかけが俺だったとは思わず、驚いてしまった。
「私、お兄さんを守れたかな?」
「……ああ。守ってくれてありがとう、ゆかり」
実際、彼女が来てくれなければ危なかった。下手をすれば銃で撃たれていたし、ビニール傘もボロボロだった。ゆかりがいてくれたから制限時間内にテロリストたちを倒すことができたのだ。
「うんっ!」
満面の笑みを浮かべてゆかりは頷く。それを見てドキッとしてしまい、視線をステージの方へ逸らした。
――バチッ!
「ッ……」
その瞬間、凄まじい頭痛が俺を襲う。そして、見てしまった。テロリストの1人が動いていることに。ゆっくりとした動きだが、銃に手を伸ばしていた。そんなテロリストの視線の先には――先輩。
(そう言うことか!)
犯人は最初からこれを狙っていたのだ。テロリストを倒し、油断しているこの瞬間を。
「先輩ッ!」
大声を上げてステージへ向かう。あのテロリストは唯一、気絶させていなかった奴だ。
「え?」
俺の声を聞いて顔をあげる先輩。そうだ。何故、俺は先輩だけをステージに残していたのだろう。俺かゆかりと一緒に居させるべきだった。狙われているのは先輩なのだから。
(くそ……くそ!)
ステージに上がったがその時にはすでにテロリストの手には銃が握られていた。ズキズキと左足が痛む。でも、構わない。この左足が引き千切れても何としてでも守る。
(間に合えッ! 間に合えええええええ!)
テロリストに向かって手を伸ばす。後もう少しなのに間に合わない。すでにテロリストの指は引き金に触れている。後、一歩なのに届かない。
また、繰り返すのか。俺はまた守れないのか。
――生きろ。
あいつの声が聞こえる。
――生きろ。
もう嫌なんだ。俺の目の前で知り合いが死ぬのが。嫌なんだ。大切な人がいなくなるのは。もう、もう。
――……しょうがない。押してやるよ。
「え……」
トン、と背中を押された。
――ほら、行けよ。お前の守りたい物を守れ。親友。
(と、どけえええええ!)
背中を押されたことにより加速した俺はテロリストの手を思い切り、蹴った。それと同時に銃声が響く。しかし、誰も撃たれていない。
「お兄さんっ!」
ステージ下から短い方の竹刀を投げてくれたゆかり。柄を掴んでテロリストの頭を殴り、気絶させた。
「……はぁ」
ため息を吐きながら俺はその場に尻餅をつく。その後、警察が来てテロ事件は何とか解決した。




