第十六話:Re:下校ついで
「──おお、ここが新しくできたっていうイ○ンか……」
あれから数十分後。そびえ立つ大きな建物を見て、俺は感嘆の声を漏らす。
''新しく出来たイ○ンモールへ。昼食ついでに、少し買い物もしてみたいです。''
こんな二乃の願望の元、俺たちは某ショッピングモールへ訪れていた。
場所は俺や二乃が住む街の隣街。駅で言うと、普通で一本というかなりの近さにある。
「………」
下校ついでの外食としては適さない場所だが、二乃もこの建物を見て驚いた様子だ。
彼女もここには初めてきたのだろう。確かに、このイ○ンは格別の大きさである。
手を繋いで隣に立つ二乃のそんな反応を見ると、思わず頬が緩んだ。
……ただ、一つ問題が。
「……さて。ここで何を食べよう」
ショッピングモールとは、ご存知の通り様々な店舗が中で構えているもの。
それは飲食店も例外ではなく、イ○ンとしか聞いていないが果たしてどうするのか。
そう思って尋ねたところ、二乃はあっ……とでも言いそうな表情になっていた。
心のどこかでは察していたが、やはりどれにするかは決めていなかったらしい。
「………」
すると二乃は、うるうると潤ませた瞳で、上目遣いに見つめてきた。
状況の限りだと、謝罪の旨を伝えてきているのだろうか?
それを見ると、俺は言葉を失ってしまう。
別に怒ってもないのに、なんだか申し訳ない気持ちになるのは……まあ、あるが。
庇護欲、というのか?何かしてあげたくもなってくるような感覚だ。
そんな自分でもよく分からない感情の中、ふとL○NEグループのことを思い出す。
そういえば、蓮川くんと橘さんのために、三助がデート場所のアドバイスをしていた。
そこには確か、オシャレで有名なとあるランチ場所のことも。
正しくいえば今はデートではないが、情けないことにもう腹が限界に近い。
悩む時間が残されてない故、こうなればやむを得ないだろう……
「なあ、二乃。俺が決めてもいいか?」
改めて何処にするかを考え始めているらしい二乃に、俺は口を開いた。
□
「──思っていた以上にオシャレだな……」
例のL○NEとモール内にあった地図を頼りに、俺たちは俗に言うス○バに来ていた。
活動場所が主に家の自室であるオタクとしては、これまで縁の無かった場所だ。
焦げ茶色の内装や自然をテーマとした装飾、そして赤みのある照明。
そんな落ち着いた雰囲気の店内に、流行らしき服装をした客人たち。
それら全てを真正面から見ると、オシャレすぎてとても眩しい。
何故だろう。身体中に汗が滲みだし、強烈な緊張感さえも感じてきた。
お出掛けは結構するのだが、こういうオシャレなものとは縁がなかった。
それなのに、対象が自分でもない助言を鵜呑みにして立ち入った罰なのだろうか……
一人勝手に震えながら、俺は隣に立っている二乃の様子を伺う。
「………?」
だが二乃は、俺とは違って平然とした顔を余裕で保っていた。
寧ろ手汗を流し始める俺に嫌がりもせず、心配するかのように覗き込んできている。
……そういえば、場所を記すメモだとショッピングには慣れている様子だったな。
ということは、こういうオシャレな場所に来るのも日常茶飯事ということか……
恐るべし二乃!いつの間にか、俺よりはるか先のステージに進んでいる!
「……ここで食べよう」
なんて馬鹿な考えは他所に、俺は二乃にそう言って促した。
手汗が目立つ程に震えているのは事実ではあるが、ここに来て引く訳には行かない。
二乃は未だに心配そうにしていたものの、最終的には頷いてくれた。
同時に繋がれた手をぎゅっ、と握られたのだが、不思議と震えが和らいだ。
□
「──ふう……」
十数分後。ある程度満たされた腹を摩り、俺は一つ息を吐く。
高校入学したての財布には大ダメージだったが、味は絶品なものだった。
さすがに満腹、とはいかないが、今は十分に満足している。
入る前は震えていたこの雰囲気も、今となっては既に順応できていた。
……あくまで、雰囲気だけだが。
気の所為……ではないだろう。
注文する時の店員含め、いつも通りであるはずの視線の質がどこか違う。
具体的に言えば、乃々華さんのような……例えるなら、生暖かいのだ。
それを感じるほど背筋がひんやりとして、とても居心地が悪い。
この場から離れたい気持ちになって、俺は隣に座っている二乃を見た。
食事するため、さすがに手は離している。
二乃は丁度、デザートであるソフトクリームを食べ終えたらしい。
満足そうな顔で、空になった容器をサイドテーブルに置いている。
先程は離れたいと思ったが、その顔を見ると思わず頬が緩んだ。
できるだけ長く、それを見ていたくなる。
「──ん?って、二乃。ソフトクリームが口元に付いているぞ」
だが、その真っ白な肌の中に、妙な膨らみがあるのに気がついた。
それを指摘すると、それを付けたままきょとんとした顔になる二乃。
そんな子どもっぽさも可愛らしいが、さすがに付けたままは恥ずかしいだろう。
「仕方ないな。ほら」
そう言って、俺はソフトクリームを指で取り、それを二乃の口元へと持ってくる。
二乃はそんな俺の行動に首を傾げて、そのままフリーズしてしまった。
しかし少しすると、みるみるうちに顔を赤く染まらせて行く。
「……どうした?」
突然様子が変わった二乃に尋ねてみたが、彼女は固まったままだった。
□ (此花二乃 目線)
『どうした』じゃないですよ!もしかしてこれ無自覚なんですか!?
うう……さすがに生暖かい視線が集まる中で、それは拷問ですよう……
まあ、そんな鈍感であるあなたを好きになった私も私なのでしょうが……
……数分経って、私はなんとかかずくんが取ってくれたソフトクリームを食べました。
味は……訊かないでください。




