第一話:Ne:嫁からの恋愛相談 前編
【リアルと現実、あなたはきちんと区別していますか?】
天地を分かつ境界線にまで、光沢の目立つ緑が広がっている美しい平原。
澄み渡るような濃紺のキャンパスに、様々な強さの光を灯らせる神秘的な夜空。
耳心地の良い風の音を混じらせたBGMと共に、この景色を楽しんでいた時だ。
隣に座り込むプリーストの青髪美少女が、突然意味のわからない質問を投げてきた。
……彼女?のネームは【ファウ】。
このMMORPG……俗に言うネトゲの世界で、俺のフレンド兼''嫁''という存在である。
……えっと。意味がわからないが、とりあえず質問に答えるだけ答えてみるか。
俺はキーボードに両手を乗せて、カタカタと音を立てながらメッセージを打ち込んでいく。
その時、俺のユニットの頭上に「・・・」というふきだしが浮かんできた。
メッセージを入力中、という印だ。戦闘中以外は、表示される仕様になっている。
メッセージを打ち込み終えたため、俺は右手の人差し指でエンターキーを叩いた。
ピコンッ、とポップな音が鳴り、左下のログに打ち込んだメッセージが表示される。
【区別していると思う?】
【えっ・・・】
いや返信早いな。いつもの事だが、ファウのタイピング速度が気になってしまう。
というか、至極真っ当な答えを返したはずなのに、何故俺はドン引きされているんだ?
【自身の過ちに気がついて欲しい】
かなり早急に返信のメッセージを打ち込んで、ファウに理解を促す。
すると、最初はフリーズしたかのように反応を示さないファウだったが、やがて。
【すみませんΣ(゜д゜;)】
【ネットと現実の話です!】
ようやっと気がついてくれたのか、捲し立てるかのような速度で返信してくるファウ。
顔文字を混ぜ込んでのこの速さ。ふきだしが表示されてから、数秒もなかった。
ただ、仮にでも青髪美少女からそんなドジが出るのは、少しばかり可愛く感じる。
尤も、ファウの本当の性別は俺には知らないため、全く表向きの話なのだが。
【それならちゃんと区別しているよw】
そんなファウに微笑ましさを覚えつつ、俺は少し揶揄うようにメッセージを送信する。
だが実際、俺はリアルとネットの区別はしっかりとしているタイプだ。
つまり、某アニメ化してるラノベのヒロインみたいな、相手……ファウを本当の嫁として見ているわけではない。
だけど、そういう何の変哲も無い関係、というのも、俺たちを表す言葉としては些か不適当である。
【良かったです。もうセコンさんとは3年の付き合いなので、もしもの事があったら、と思っていましたが、杞憂みたいですね('ω')】
そう。お互い丁寧な言葉遣いを心掛けてはいるが、俺とファウは3年もの付き合いだ。
ほぼ毎晩のように遊んでいるため、かなり打ち解けているし、ネトゲ上といえど伊達に結婚しているわけではない。
まあ、結婚した一番の理由は、実を言うと特典の優遇さ故だったりするのだが……
でも、それをゲットするための相手がお互いその人しか思い至らなかったらしい。
ちなみに、完全に伝え忘れていたが【セコン】とは俺のネームである。
……でもそれはそれのして、今日という日にファウは一体どうしたのだろうか。
なにがって、彼女?はこれまで、どんな理由であれリアルの話をしたがらなかったのだ。
例を言うとするなら、まず聞けていないだが性別、大まかな年代という基本的な情報さえ、俺はファウの事を知らない。
無論VCも未経験。思い返せば、俺は彼女のことを何一つとして知ってはいない。
……まあ、リアルとネットを無駄に干渉させて、関係を崩すのが怖いのかもしれない。
【突然リアルの話なんて、どうしたの?】
──と、これまではそう納得していたが、今回はそんなファウからの話題なのだ。
それに、『もしものこと』とは何のことかも、気になってしまう。
だから俺は、そのまま尋ねてみた。
【えっとですね】
既に話す決心はついていたらしく、数秒もせずにログにはそんな前置きがされていた。
俺は息を飲み、身構えて続きを待つ。
【実は私、明日から高校生になるんです】
ファウは以前のような隠す様子を見せず、まずは自分の身柄を明かしてきた。
明日から……ということは、同い歳か。
どこかノリが合うな、と薄々感じていたのだが、同い歳なら必然なのかもしれない。
すぐに青髪美少女の頭上からふきだしが浮かび、ファウは続ける。
【それで、ですね。ずっと好きだった男の子と一緒の学校に通うことにもなったのです】
……ん?ちょっと待てくれ。
ファウにとってはまだ前置きのつもりなのだろうが、もしかしてこれは……
困惑し始める俺のことなど露知らず、ファウは更に続ける。
【だから、高校生になったのを機に、その好きな人と親密な関係になりたくてですね】
【要するに、恋愛相談かな?】
どこかオブラートに包もうとしているようだが、俺は結論をドストレートに尋ねた。
そのメッセージを打ち込む手には、だらだらと冷や汗が滲んできている。
【・・・そういうことです。なんだか、ネットですがセコンさんに話すのは恥ずかしいですね・・・(〇・ω・〇)】
「……まじか」
自身でその事実を確認した俺は、現実の世界で小さくそう呟いた。
同い歳だけでなく、その言いぶりからして異性なのも驚きだが、それはまだ良い。
寧ろ、全て知らなかったファウのことが少しでも知れて、嬉しかったりはする。
ただ……恋愛相談、か。
「──俺、恋愛経験なんて全くないぞ……」
困ったことになったのに気づき、俺は現実の世界でため息を吐いたのだった。