処刑台のある国1
背の高い木々が光を遮っているせいで、森は暗くジトジトしています。 整備されていない細い道は、苔むした石がいたるところに転がっていて、とても歩きにくいです。本当は歩く必要などないのですが、不便な思いをするのも旅の一興。文句の一つ言わず、私は歩き続けます。しかし、油断するとすっ転んでしまいそうですね。
「うわっ!」
すっ転んでしまいました。
「痛たた…。」言うほど痛くはないのですが、つい反射的に口に出てしまいます。
「本当に何なんですか、この道は!整備の一つぐらい、して欲しいものです。」文句を言いながら私は立ち上がります。ローブは、ベトベト。荷物も散乱していました。
私は軽く舌打ちをすると、懐から木の棒を取り出します。棒には幾何学的な装飾が施されていて、割りと気に入っています。
「えいっ!」私が木の棒を、魔法の杖を一振するとあら不思議。荷物が独りでに鞄に帰って行くではありませんか。
私は鞄を拾い上げると、懐から箒を取り出します。どうやって仕舞ってたんだって?私は魔法使いですよ。
私は箒に跨がり、空に舞い上がりました。久しぶりの日差しが、目に染みます。目を細めながら下界を見下ろすと、森の真ん中に、ぽつんと街がありました。木々のせいで気付かなかっただけで、目と鼻の先でした。
「これなら、このまま歩けばよかったかも。」私は心に何か引っ掛かった物を覚えながら、その国に箒を向けました。
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灰色のレンガでできた武骨な門の前には、同じく飾り気のない鎧を着た、小太りの門番が寝ていました。お酒の入った瓶を抱えながら。ただの屍のように。
「門番さん?」私は呼び掛けました。
「門番さーん?」しかし、門番さんは私の呼び掛けには応じず、代わりに大きないびきを返しました。少しイラッとしました。
「コホンッ」私は自分の喉に杖を当てると、呪文を唱え、そして大きく息を吸い込みました。そしてそれは、暴力的な勢いで放出されます。
「門番さーーーーーん!」
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私の声は、国全体に行き渡ったようです。あまりの音量に子供は泣き、馬は暴れ、猫は踊り出したそうです。あっ、最後のは嘘です。
「肩でも揺すってくれればよかったのに。」門番さんは眠たそうな目を擦ります。
「汚そうでしたので。」私がそう言うと、門番さんはハッとした顔になり、しきりに自分の臭いを嗅ぎました。気持ち悪い。
「しかし、余程ひまなのですね。もう昼下がりですよ。」私はため息混じりに言います。
「人が訪れることなんて、めったに無いですからね。旅人さん、この国がなんて呼ばれているかご存じですか?」
私は首を横に振ります。
「処刑台の国です。旅人が寄り付かないのも納得でしょう?」門番さんは自慢気に言いました。まぁ、知らないというのは嘘なのですが。
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門を抜けると、そこは広場になっていました。門と同じく灰色の煉瓦で作られた家がそれをぐるりと囲んでました。なんの感動も与えることもない風景です。しかし、そんな広場の中央に異質な物がありました。そう、処刑台です。お目当てのものです。その前で、私は歩みを止めました。微かに笑みを溢しながら。
色々な種類があるようです。十字架やギロチン、斧などわりとオートドックスなものから、女性型の人形の様なもの、牛のような金属製の置物、さらにはお風呂までありました。少し、私の聞いていた話とは違いますね。ひょっとすると、時が経たせいで粗大ゴミ置き場へと、変貌したのかもしれません。残念なことに、長年に渡って使われていないようですし。
「あの、よろしいでしょうか?」処刑台の前で奇怪な笑い声を漏らしている変人、つまり私に、兵士が恐る恐る声をかけます。
「どうされました?」私はわざとらしい笑顔を張り付けて、兵士さんに向き直ります。怯えてらっしゃいました。
「国王様がお呼びです。」てっきり、不審な行為を咎められるのだと思っていたので、私は豆鉄砲を食らったような顔をしていたことでしょう。
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言うまでもなく、この国の王城は武骨でした。能力を防衛機能に全振りしているのでしょう。居住性は悪そうです。中は絨毯すら引かれておらず、王間においてさえ調度品といえば本来の輝きを失い、くすんだ色をした玉座くらいのものです。その上に腰かける男は、好好爺じみた顔を私に向けました。
「いやぁ、お呼び立てして申し訳ない。なにせ、数年振りの旅人なものでな。」要するに、年寄りの世間話に付き合えということでしょう。面倒くさい。
「まぁ、処刑台の国なんて呼ばれている国に望んで行く物好きなんて私みたいに遠くから来て事情を知らぬ者か、頭のおかしい変人くらいのものでしょうからね。」
ハハハと王様と私は笑います。私を連れてきた兵は、さりげなく目線を上に逸らしました。
「しかし、何でこんなにたくさんの処刑器具があるのです?一つで事足りるでしょうし、勿体ないことに長年使われていないようです。」
「勿体ない?」
「いえ、何もありません。」王様は少しの間、私を訝しむ目で見ましたが、気にならなくなったのか話し出しました。
「この国は、もともと非常に治安が悪くてな、人死になんかも日常茶飯事だった。だから見せしめとして、罪人を苦しませて処刑することで、犯罪を防ぐことにしたのだ。お陰でここ十数年は、大きな犯罪もなく平和そのものだ。」王様は、にこやかに言います。心から、この平和を愛しているのでしょう。
なんか、全然聞いていた話と違います。阿鼻叫喚の地獄絵図を想像して、喜んでこの国の来たのに台無しです。
「それで、今は粗大ゴミ置き場になったと。」
「粗大ゴミ?」私は、人形や牛の置物、そして風呂釜の話をしました。
「ああ、それか。あれらも、れっきとした処刑器具じゃよ?」
「あれがですか?」私はそれから、それらの使い方を聞きました。本当に人間の想像力とは素晴らしいものです。感嘆に値します。
「今も数年に一度、新しい処刑器具を開発してはおるが、抑止力以上の何物でもないのだ。おっと、そういえば貴女の名前を聞いておらぬかったな。」
「そうでしたね。私の名はセレスティア・ラ・アネット。滅びの魔女、そう呼ばれています。」私がそう言い終わるのと、国王の頭が爆ぜるのは同時でした。