イケメンが目を覚ましました
彼のまぶたがピクリと動き、あっと思ったときには遅かった。
彼は頭の上から逃げようとする私の腕を、パシンと掴む。それから、シトリンの瞳をうっすらと見せた。バッチリと目が合い、私は全身に鳥肌が立つのを感じて身を竦ませる。ひえっ、顔面が天賦の才能……。
「君は……ああ、すまない。寝てしまっていたか」
しばらくぼおっと視線を彷徨わせていた夜空の人がポツリと呟き、私の腕を離す。もしかして無意識の行動だったの……? こわっ。
結構強い力で掴まれてしまったので、少し痛かった。私が彼に触れていたせいで警戒させてしまったのかもしれない。
……いやいやいや、なんで自分の家で他人に警戒されなきゃいけないんだ。
「まったくです。介抱してくださったことにはお礼を言いますが……今のは少々痛かったです」
「重ねて申し訳ない」
しゅんとするように眉を下げる彼にちょっとだけ罪悪感。大型犬の垂れ耳のようなものが幻覚で見えるようだ。尻尾があればきっとペタンと床に垂れているに違いない。つまりはまあ、秒で許しちゃう。
「いえ、それよりも随分とお疲れだったようですが……貴方こそ、大丈夫ですか?」
「ああ! 少し寝てスッキリした。なんだか懐かしい夢でも見ていた気がするな。君が触れていてくれたからだろうか? ああいう感覚は久しく感じることがなかったから、少しありがたい!」
「喜んでいただけたのなら、嬉しい……ですがその」
やはり彼はお疲れだったようだ。安心して眠れたようでなにより。しかしだな。
「ん? どうした、魔女殿」
「近い……です」
そう、近い。すごく距離が近い。腕に痒みが発生している。明らかに蕁麻疹が……彼には申し訳ないが、今顔面力の高い存在を見ると私にとってはストレスになる。どっかの勇者を必然的に思い出してしまうからだ。本当に申し訳ないが、距離が近いと色々と辛いのだ。
「っ! ……すまない!」
バッと離れて焦りの表情をする彼に「こちらの事情です。すみません」とこちらからも謝る。私自身は顔面の筋肉が仕事を放棄しているため、何事も涼しげに言い放っているように見えてしまっているだろう。
……嫌われないといいけれど。
「それで、ええと……ああ、自己紹介がまだでした。私は『森の魔女』だなんて呼ばれていますね。名を、フレアローザと申します」
聖女という情報は出さない。
彼は明らかに魔族だ。この森に人間が来ることはまずないし、魔族特有の大きなツノのようなものがついている。髪をかき分けて撫でていたときに少しだけ触れてみたが、ちゃんと頭から生えていたので本物だ。魔族のフリをした人間ではないはず。
「そうだったな! 自己紹介がまだだった! 俺はヴィルディエールと言う。御察しの通り、魔人族だな。人間に聞くのもなんだが……この名前に聞き覚えはあるだろうか?」
彼――ヴィルディエールがそう言って首を傾げる。くう、体も大きくて可愛い要素なんてないはずなのに、どうしてこんなにも可愛い仕草が似合うんだ。ずるい……ずるいわ。
しかしヴィルディエール。
この名前に聞き覚え……あるような、ないような……? なんだっけ。今すぐには思い出せそうもない。
「ごめんなさい、分からないわ」
「そうか。いきなりすまない。魔人族としては少々名が売れているものでな。人間のほうではどうかと少し気になって……知らないならそれで構わない!」
なるほど有名人。
「それなら、調べておいたほうがいいのでしょうか……知らないのは失礼だもの」
「いや、知らなくてもいいぜ。名が売れていると心の休まる場所がなかなかなくて困るんだ。今は、ただのヴィルとして覚えておいてくれ」
「そうですか」
「ああ、そうだな……君のいるこの場所では有名人ではなく、ただの人でいたい。我儘を言ってすまない」
「いいえ、それくらいのこと。我儘なんかじゃありませんもの」
「そうか、ありがとう!」
また手を握られそうになってするりと躱す。危ない危ない。今、目を合わせずに会話することで精一杯なのだ。勘弁してほしい。
「あ、すまない。つい……」
「勘弁してくださいな」
なんだか……この人、結構ぐいぐいくるなあ。
彼がそう言うなら、そういうことにしておきましょう。確かに、有名人は有名人として振る舞っていなければならない場面も多いだろうし、大変だろう。
ああ、だからお疲れだったのか! そ、それで疲れてこんな森の中に……? やっぱり自殺志願者なんじゃ。
「だっ」
「だ?」
やっぱり首を傾げた彼は可愛かった。
「ダメですよ!? 自殺などしては!」
「自殺!? 誰がだ!?」
「貴方ですよ!」
「俺か!?」
捲したてると、ヴィルディエールは面白いくらいにオーバーリアクションで驚きを表す。
「えっ、自殺志願者じゃないんですか!?」
「なにがどうなってそう思ったのか分からないが、俺はそんなことのために来たわけじゃないぞ」
ちょっと呆れたように苦笑する彼の前で顔を覆う。恥さらし……ここでもまた、恥さらし……穴があったら埋め立てられたい。
「じゃ、じゃあヴィルディエール様はどうしてここに? 確か、私を見てちょうどいいって言っていらしたでしょう? てっきり、魔女に殺してもらいに来た自殺志願者かと……」
「ははっ、まさかそんな誤解を招くとは。違うぜ? まあ確かに君を探していたのは間違いないが。君は殺せと願われても手を出せないだろう! 見ていれば分かる。たとえ自殺志願者でも君にだけは頼まない自信がある!」
「そ、そうですか……そんなきっぱり。まあ、ただの誤解ならいいのです。では、私になんの用事で?」
尋ねると、彼は少し悩んでから輝く笑顔で言った。
「迷子になってしまったから魔王国側まで案内を頼みたい!!」
ここまで来てただの迷子……だと!?
誤字報告などありがとうございます!!
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