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お疲れなようなので甘やかしました

 ふわっと花の香りがした気がして目を覚ます。

 あれ、私……家で寝てたんだっけ? どうだったっけ……おかしいな、薪割りをしている最中だったような気がするのだけれど。


 確か……声をかけられて。


 声を? 


 あ。


「……!?」


 バッと起きあがろうとして、やめる。

 布団の端に妙な抵抗を感じてそちらを見ると、ベッドの横に置いた椅子に座ったまま布団に沈んで寝ている夜空のような髪がそこにあったからだ。そんなものを見てしまった以上、無理に起きあがる気も失せるというものだろう。


「なぜ」


 しかし、さすがに家の中に侵入されているとなると不安になるもので、彼を起こさない範囲で辺りを見渡す。心臓に悪い。今は威力の高い顔面が見えないからまだいいが、彼の顔を思い出すだけでまだドキドキするのだ。


 イケメンアレルギー的な意味で。トラウマすぎてアレルギーと化してしまっているのは本当に嫌だ。初対面で即気絶を決めるとか失礼にもほどがある。せっかく心配してくれたというのに。


 それに……それに、私に用事があると言っていた。もしかしたら困っていたかもしれないのに、目の前でぶっ倒れてしまうなんて本当に申し訳ない。穴があったら埋まりたいくらいの失態である。魔女とか言われている癖に度胸がなさすぎる。もう少し鍛えなければ……。


「イグニエラ、貴方が案内したのかしら?」

「ヒンッ」

「そう、ありがとう。心配してくれたのね」


 炎の馬。イグニエラに確認すると短く鳴いて頷いた。

 やはり、この夜空のような人は彼が招待したみたい。


「少しだけ……少しだけなら……大丈夫かしら」


 ベッド自体が少し高めの作りなので背の高い彼が椅子に座って、前のめりになっていると、少し体勢が窮屈そうだが、まあ無理はない程度の位置だ。


 そうしてベッドに寄り掛かり、うつ伏せに寝ている夜空の人の髪をかき分ける。隠されたシトリンの瞳を思い出してまぶたをすすっと軽く触れる。あれは綺麗だった。もっと見たいと思う。


 けれども、きっとその目を開けて見つめられたらまた耐えられないと思う。今は寝ていて動かないと分かっているから大丈夫なのだ。原因は勇者シュバリオの顔面が無駄に良かったことによるトラウマなのだから彼はそれにまったく関係ない。しかし、だからといって、動いて喋って、向こうから触れられてしまうと変に思い出して蕁麻疹が出てしまうだろう。


 こうして自分から触れていれば、少しは慣れるだろうか? 

 何度も自分に言い聞かせているが、勇者シュバリオがダメなだけでイケメンが悪いわけではないのだ。気持ちでは分かっている。


「あまり寝られていないのかしら……」


 彼の目元に深く深く刻まれたクマを見つけて、そこにもそっと触れてみる。

 ここまで濃くくっきりとクマがあるということは、だいぶお疲れなんだろう。そんな人がこんな森の奥まで来るなんて……いったいどうしたんだろう? 


 お疲れな人……森に一人で……しかも、森には魔女がいて魔物もたくさんいることに定評があるのだ。


 はっ!? まさか自殺!? 自殺をしに来たとか!? それとも、魔女に殺してもらおうとか!? あわよくば魔物に殺されればラッキーとか!? 


 そんな……そんなのよくないわ! 

 なにがあったのかは分からないけれど、私に用があって訪ねて来たというのなら力になりたい。けれど自殺の協力は絶対にしないわ! 

 そうね、きっとたくさん疲れているだろうから、癒しを提供しましょう。それと質の良い睡眠! あとはお食事かしら。


 ……あ、私のところだと質素な食事しか出せないかもしれない。材料がないから仕方ない。でも、精一杯のおもてなしくらいはしましょう。あとは、彼が何歳かは分からないけれど、疲れ切っていると気を張りがちだからリラックスしてもらいたいし……寝ている間に、少しでも安心できるようにしてみよう。


 思い立ったらすぐ行動! というわけで、ちょうど私の膝の辺りのある場所に寝ている彼の頭にぽふんと手を乗せる。魔族は年齢が本当に分からない。大人のような見た目をしていても子供だったりもするし、成長の仕方が人間とは違いすぎてまったく分からないのだ。


 あどけない顔をしているから、もしかしたらこの人はそこまでの年齢じゃないのかも。そうだとしたら、母親のように甘やかしてあげるのが一番効果的だ。


 そ、それなら自殺を諦めてくれるよね? 

 撫で撫で、すりすり。髪質が柔らかくてふわふわで、しかも少し体温が高めな彼の目元を伸ばすように指先を触れれば擦り寄ってくる。


 なにこれ可愛い。これは……これは……この気持ちはなに……? 

 フレアローザ……こんなのはじめての気持ちだわ! なにかしら、母性? 


 わたしよりも背も大きくて逞しくて格好いいかただけれど、こんなに可愛い子が自殺しようとするだなんて……世の中無情ね。ゆっくり癒してあげたいな。


 撫で撫ですりすり。そうして夢中になっていたら、いつのまにか蕁麻疹が治まっていた。


※ 決めつけてるけどこのヒト自殺志願者ではありません。

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