冤罪をかけられました
「え、なにをしているの!?」
女同士でお茶会をしていたら、目の前で聖女見習いちゃんが紅茶を頭から被った。意味が分からない。思考停止している間に、見習いちゃんは目をくわっと大きく開いて、お腹に手を当ててすっと口を開く。
「きゃあああああああああ!!」
そして悲鳴をあげた。
えっ、えっ? わけが分からない。自分でお茶を被った癖になにをしているの? 自分で自分にお茶を被ったことも分からなかったの? だから驚いたの? と、目の前で起こったことの意味が理解できず思考停止していたとき、わずか数秒で私達のいる部屋の扉が開かれた。
「アザレア! どうした!」
バンッと開かれた扉から勇者シュバリオ様が駆けつけ、部屋を見渡した。
「あ、シュバリオ……様……その、なんでも、ございません」
見習いちゃん――アザレアちゃんが視線を落とす。
そうよね、自分で被ってるもんね。そんなの言えるわけないって。
まあ、でも、ドレスが汚れてしまっているし拭いてあげないと。
そう思って立ち上がると、アザレアちゃんは小さく悲鳴をあげて縮こまった。なぜに?
「アザレア……! なぜそんなに怯えて……まさか」
「ち、違うのシュバリオ様。わ、私がシュバリオ様のこと、格好いいなあって言ったから……フレア様が怒っただけで……私が悪いんです!」
その言葉を聞いて、再び私は思考停止した。
今なんて? 私が怒った? なにに? え、それ自分で被っただけじゃないの。しかし、シュバリオ様は事情を知らない。私を怒りのこもった瞳で見据えて怒鳴りつける。
「フレアローザ! 貴様、後輩になんてことをしているんだ! 僕がアザレアとの待ち合わせの時間ぴったりに来なかったら、証拠も隠滅しようとしていただろう! その証拠に、今貴様は布巾を持っている!」
めちゃくちゃな言いがかりだ。そんなことは分かっている。でも、一向に口から言葉が出てこない。理解の及ばないことばかりが起きて、混乱している。
それに、私はいつもこの人の命令に従うように教え込まれていたから口答えしようとしても、できないのだ。
「まったく、普段は愛の言葉のひとつも言わない癖に、僕が目をかけているからとアザレアに嫉妬したのか!?」
いや、確かに私はシュバリオ様の婚約者だ。しかしそれも私が聖女として認定されたからであり、国の決定したことで、恋愛したわけではない。
そも、貧民街で人々を治癒する私を拾ったのは勇者様なのに。貴族でも、ましてや平民ですらない私を拾い、国王陛下に直談判して教育を受けさせられた。そこに、私の意思はいつだってなかった。
拒否権だって一切なく、それでも初めて私のやっていたことを認めてくれた人だからと承諾して、少しでも役に立とうと頑張ってきた。
シュバリオ様のためにきつい花嫁修行もしたし……ただ残念ながら、さりげなく普段から気遣ったりしているのに一度も気づいてくれたことはない。
気遣われるのが当たり前。なにかできてもそれが当たり前。なにをやってもそれができるのが当たり前と言われ、どれだけ努力しても褒められることは一切なく、少しの失敗は苛烈に叱られる。
たとえ恩があったとしても、そんな状態でどう好きになれと言うのか。どう嫉妬しろと言うのか?
むしろアザレアちゃんがこの人のことを好きなら、喜んで譲ってあげたいくらいなのに。
いつもいつも「貧民生まれの癖に聖女様なんて笑えるわ」と言われてきた。だからたくさん努力して、マナーも身につけて、趣味でもない勇者様好みのドレスで着飾って、動揺もしないように身を引き締めて頑張ってきたのに。頑張るしか、なかったのに。
「にこりとも笑わず、言われたことしかできない貴様で我慢してやっていたというのに……! 後輩に嫉妬していじめを行うなど言語道断だ! 分かるか!? 貴様は我が儘すぎる!」
我が儘なんて、ひとつも言ったことない。
言われる言葉のひとつひとつが理解できなくて、なにか言うことすらもできない。
ひとたび口を開けば「口答えをするな!」と怒鳴られ、勇気を出して弁解することもできやしない。
理解したくない。
だって今までやってきていたこと、その全てが無駄だったなんて。
――信じたく、ないじゃない。
「貴様などもはや婚約者に相応しくはない! 国王陛下に婚約破棄をしてもらえるよう、掛け合ってもらうぞ。それに、嫉妬に取り憑かれてひとときの蛮行を加えるなど聖女ではなく魔女の行うことだ! 貴様を聖女と認めるわけにはいかない。こちらの罪も国王陛下の知るところとなるだろう! 覚悟しているんだな!」
あなたが聖女だと言って私を連れて来たのに?
言葉にならないまま、立ち尽くす。
「シュ、シュバリオ様……!」
「アザレア、よしよし怖かったな。もう大丈夫さ。しかし、こんなに怯えているとは……もしや、以前から嫌がらせなどを受けていたのではないか? それならば許せるはずもない!」
目の前が真っ暗になる。
私の声は絶対に届かない。そう、確信してしまった。
シュバリオ様はアザレアちゃんを抱き寄せて、キッとこちらを睨む。その瞳の中に、憎悪だけを宿して。
私が邪魔者だと、視線こそがものを言っている。
「承知……しま、した」
声が掠れる。思っていたよりも、私はショックだったみたいだ。
「承知もなにも! 決定事項だ!」
ああ、シュバリオ様。
私との約束には一度たりともぴったりの時間に来てくださったことなどなかったのに。その子との約束は、しっかりと守るのですね。貴方の心の中に、本当に一度も私が入り込むことはなかった。
私の言うことを信じる人はいない。私は貧民生まれの天涯孤独の身で、聖なる力があるからと五歳で王家に拾われただけの女。その聖なる力も、魔がさしてしまえば失われたと判断され、打ち捨てられるのみ。宮廷で育った私には、他に帰る場所なんてない。私の居場所は……もう、どこにもないんだ。
アザレアちゃんは格式の高いお家の令嬢だ。聖なる力も認められている。だからこそ、私が教育係として面倒を見ていた。けれど、国が動くだろうことではっきりしてしまった。
やはり、貧民生まれの聖女よりも、格式高い令嬢の聖女のほうが良いのだ。
シュバリオ様だって、可愛らしく可憐なアザレアちゃんに心が動いてしまったんだろう。みんな、みんな、体面良く私を追い出したいだけ。
涙がポツリとカーペットに染み込んでいった。
「お前に聖痕があるのが間違いだったのだ。お前のような薄汚い貧民に聖なる力が宿るはずもない! ずっと王家に嘘をついていたんだろう! そうだろう!」
「違いまっ、いたっ……!」
「アザレアの心はもっと痛かったんだぞ! この、大嘘つきめ!」
腕が捻りあげられる。
その場で拘束された私には、しっかりと見えていた。
……剣を持って私の腕にある聖痕を切り刻もうとする勇者――見当違いのことを言う、元婚約者。
聖痕は生まれつきのものなのに。でも、それを証明することも私にはできない。できたとしても、きっと信じてはもらえないだろう。
「アザレア、もう安心だ」
「で、でも……こんなの、あんまりですわ……フレアローザ様は、ただ魔が差しただけで……!」
「アザレア……! なんて心の優しい子なんだ。こんな魔女の言うことには耳を傾けてはいけない。今、僕達が安心して君が暮らせるようにしてみせるさ!」
「うう、うう、ごめんなさい……フレアローザ様ぁ……!」
そんなことを言いながら、勇者の後ろで顔を覆って泣くふりをする少女の姿。私は見てしまった。その口元が嘲笑に歪む瞬間を――偽の聖女の姿を。
誰も助けは来ない。
味方はいない。
腕を深く切り裂かれ。
牢に入れられ。
そして、数日後。国王陛下から直々に国外追放を言い渡される。
勇者との婚約も破棄され、なにもなくなった私に与えられたのは、最低限のものである能力のない小さな馬と、ボロボロの馬車だけ。
判決が下ってすぐに国から叩き出され、深い傷は塞がりかけでそのままに魔法で治療することも許されず。
――私は、なにもかもをなくしてしまった。
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2話目を11時すぎくらいに投稿予定。