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よみがえる小ネタ

一隅を照らす

作者: 京本葉一

 いたるところに成仏できない幽霊がいる。ほとんどすべての住民が、そのことに気づいてはいない。固定観念がそうさせるのだろう。死者もまた同様である。自身が死んでいることに気づかず、生前と同じ生活を繰り返そうとしている。自殺を図ったものも似たようなもの。なにもみえていない。ずっと闇のなかにいる。あるものは街中を彷徨い、あるものはビルから投身を繰り返し、あるものは木のそばでゆらりと揺れつづけている。


 寂れた公園にある大きな木。

 立派な枝がひとつ、きれいに切り落とされた木のまえに立った。

 朝陽がのぼるには早すぎる。


 二十代から三十代。まだまだ若い女性が、目の前でゆらりと揺れている。すでに肉体はない。幽体となってそこにいる。彼女が首吊りにいたった経緯は知らない。見上げれば、暗く歪んだ絶望の表情があり、死してなお苦しみから解放されていないことはわかる。ただただ憐れにおもうばかりだ。


 闇のなかにいる哀しき幽霊のまえに立ち、肩幅よりも少しだけ足を広げる。両腕を軽く前後に振りながら、その勢いを利用して浅く腰を沈める、すっと立つ。これを繰り返す。これすなわちショートショートスクワット。負荷は軽いが刺激は確かな鍛錬術である。

 無酸素運動であり有酸素運動であるリズム運動により、血流の促進、マイオカイン分泌、セロトニンなど各種ホルモン分泌といった解説は、頭で考えることしかできない連中の方便にすぎない。これは気だ。宇宙に満ちている気というエネルギーが、この鍛錬によって肉体内に取り込まれ蓄積されているのだ。

 丹念に時間をかけて練り上げれば、肉体は活性化し、精神とともに強化されてゆく。気という光が集まってくる。早朝の冷気などものともしない。汗が蒸気となってのぼりはじめる頃には、いかなる闇をも照らす光となり、いかなる存在でも無視することはできなくなる。


 闇のなかで絶望の表情を浮かべ、なにも見えていなかったはずの女性が、じっとこちらを見つめていた。気づいているのだろう、この光を。気づいてしまうのだろう、この鍛錬術の可能性を。

 なにをもって絶望に至ったのかは知らないが、彼女は考えるにちがいない。

 もしもこのショートショートスクワットの存在を知り、日々の生活に取り入れていたならば、強くあれたのではないか、違った結末があったのではないか。もしもやり直せるのだとしたら、このショートショートスクワットを実践したいと。

 間違いない。

 それを証明するかのごとく、絶望とは違った形に表情が歪んでいる。


 気がつけば世界は美しく輝いていた。

 公園内にも朝陽が射し込んでくる。

 素晴らしい一日がはじまろうとしていた。


 強い固定観念によって過去にとらわれていた幽霊は、光を、未来を、希望をみた。己がすでに今生を終えたことを悟り、生まれ変わってやり直すことを望んだにちがいない。そしてそうした存在を神仏が救わないはずはない。


 流れる汗をそのままに天を見あげた。

 光にあふれた場所へと、彼女の姿は消えていった。

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