8話・専属騎士がやって来ました
辛い、苦しい、早く楽になりたい……
「もう、無理……死ぬ」
「休憩入れてやったんだから、この何にもない頭でしっかり丈夫な盾の生成法を考えとけよ」
「うぅ……辛い……」
最初に盾を作り出した日からもう数日は経過していた。
しかし一向に盾はノアの手によって破壊されてしまう。それはもうパリンパリン容赦なく割るのだ。
こちらから頼んだとはいえこれは酷い。
けれど教わっている身で文句を言うのも気が引ける。それに言ったらもっと辛く過酷な修行をさせられるに決まってる。
ああ、考えるだけで震えが止まらないよ……
そういう訳なので、大人しく丈夫な盾にする方法を考えることにした。
(もっと魔力を注ぐとか?でもそれだと私の体力が持たないしな。うーんうーん)
ノアもヒントの一つや二つや、五つくらいは教えてくれてもいいと思う。そのくらいの優しさは人間誰しも持つべきだよ、やっぱり。
一生懸命考えながらもため息がもれる。
十分ほど経過したあたりから、ノアは修行を再開する準備を始めた。
残念ながら私は未だにノアの魔法を防ぐ程の強度を持つ盾の生成のコツを掴んでいない。
これがどういう事かおわかりいただけますか?
想像してみてください。
自分から体に生肉を巻いてライオンに突撃して行くその状況を……
つまり、そういう事なのです。
休憩は終わり、死を覚悟してノアの前に仁王立ちで立ちはだかる。
「姫様あああああ!大変ですぅぅうううう!」
リディの素っ頓狂な声がその場に響き、二人揃って「なにごとだ」と彼女に顔を向ける。
今までの傾向だと、こんなふうに大声で叫びながら私を呼ぶ時は本当に緊急のヤバすぎる自体だと学んだ。
だから無駄な希望は抱かずにただリディの持ってきた情報を無心で聞くしかないのだ。
さあ言え!早く言ってくれ!やるなら早く!
「実は、邸にユーリ・ロンド様が数人の騎士を連れて訪れたのです。一先ずは部屋へ案内しましたが……って姫様!このようなボロボロな格好ではユーリ様に合わす顔がございません!」
「文句なら容赦のない攻撃を仕掛けてくるノアに言ってよ、リディ」
「またノア様ですか!?姫様は先にお風呂の方へ。ノア様はもう少し手加減というものをお覚えになってください!」
「はいは──」
「はいは一回!」
「……はーい」
リディがノアにお説教している間に私はお風呂へ連行される。
ふふふ、リディはな、怒ると怖いんだぞ。
お風呂へ浸かったはいいものの、自分で洗いたいという私の意見は「姫様では磨きが甘いです!」って一蹴されて終わってしまったので大人しく言う通りにしている。
「いっ──!」
「どうかされましたか!?」
「な、なんでもないわ」
体を洗っている泡でノアとの修行でついた傷がヒリヒリと染み込む。
にこりと笑顔を作ったものの、めちゃくちゃ痛いの我慢して、ひきつった笑顔になる。
にしても急だな。
ユーリ様が独断でこの邸に来た訳では無い。おそらく父の命令で訪れたのだろう。
ユーリ様をこちらへ寄越すのなら前もって手紙でも使者でも使って連絡して欲しいわ。
招待するならもっと余裕を持って思いっきり歓迎パーティふうにしたかったのに。
お風呂を出ると素早く体を拭く係と頭を乾かす係に別れものの数分でドレスアップにヘアメイクもしてしまった。
うちのメイドはすごく優秀だ。
されるがままに支度を終えメイドにユーリ様の待つ部屋へと誘導される。
「姫様、お部屋でユーリ様がお待ちです」
もう来てから結構たってるよね。待たせすぎちゃった。
急いで部屋の扉を開け真っ先に頭を下げる。
「遅くなってしまい大変申し訳ございませ──」
「とてもお会いしたかったです。姫様」
「へ?」
私の謝罪を遮り目の前に跪いたと思いきや、私の右手の甲に軽いキスを落とした。
見ていた人達が目を点にして驚いているのだから、私はその比ではなく、もう完全に魂と体が分離していた。
この子本当に八歳なの?絶対年齢偽装してるって!
この純粋な笑顔を見ればそんなふうに疑っている自分の醜さがさらけ出されるようで胸が痛い。
「本日よりラヴィニア・フローシス皇女の専属騎士見習いとして配属されましたユーリ・ロンドです。どうぞよろしくお願いします」
「はい……よろしく、お願いします」
「そうですわ!姫様!これから一緒に暮らされるのですから邸の中をご案内して差し上げましょう!」
「そ、そうね。案内役は私でよろしいでしょうかユーリ様」
「もちろん構いません。むしろ姫様がいいです」
め、目がああああああああぁぁぁ!
天使の微笑みによって私の両目は再起不能となってしまう。男の子なのに、なんだろうこの小動物のような守りたくなる存在は。
しかし、その笑顔の被害者は私だけではなく、その場にいたメイドや騎士を含め全員が片手を口元に当て「尊い」と呟くのが聞こえる。
この微笑みは偽物ではない。
あの時のように作っている物ではなく、心の底からの笑みなのだと見ていてわかる。
騎士の皆さんは別のメイドが案内することに決り、私とユーリ様は邸の探検へと出かけた。
この部屋から最も近いのはキッチンだろう。ちょうど夜ご飯を作り始めている時間だと思うのでキッチン担当のメイドさんやシェフもいるだろうし、紹介をしておこう。
ユーリ様の手を繋ぎ「こっち」と半ば強引に引っ張って連れていく私に、ユーリ様は愛玩動物を愛でるような瞳で「姫様お可愛らしいです」などと噛み合わない会話をする。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ここがキッチンよ。で、こちら凄腕シェフのジャスティン」
「もうっ!凄腕なんて照れるじゃないの姫様~」
私のほっぺたをつつきながら自分の頬に片手を当てクネクネと体を左右に振るこのおじさんこそ、毎日私の食事を作ってくれている凄腕シェフであり、この邸の看板おかまなのである。
「……はじめまして。ユーリ・ロンドです」
私のほっぺたをつついていたジャスティンの太い手首を掴み、先程よりも低い声音で自己紹介をする。
ユーリ様の背後に何か黒いオーラが見えて、私もジャスティンも「ヒィッ」と一、二歩後ろへとたじろいだ。
か、顔が笑っていない。すごくジャスティン睨まれてる……
『何したのジャスティン!』
『な、何もしてないわよ!』
『じゃあなんでこんなに怒ってるのよ』
『睨まれてるあたしが知りたいわ……』
怖かったけど勇気をだして「ユーリ様?」と軽く声を掛けると、パッと手を離し私にまた笑顔を向ける。
良かった。いつものユーリ様に戻った……
ほっと一安心したけど、ジャスティンは怯えきってしまい「恐ろしい子!」などとぶつぶつ呟き始め語彙力の低下が著しくなったので、次行こ次。
その後もあっちへこっちへと連れ回しざっくりした説明に多少のスパイスを混ぜ面白おかしく紹介していく。
およそ1時間ほどで邸の中は一通り案内し終えた。
「キッチンに書庫にお風呂にダイニングルームに……うん、邸の中は全部案内したかな」
「ありがとうございます。とても楽しい時間でした」
「あっ、そうだユーリ!あと一箇所案内してもいい?」
「もちろんです」
ユーリの許可を得てからまた手を引いてとっておきの場所へ案内するために一度外の庭へ出る。
気がつけば、私とユーリの距離はいつの間にか"様”を付けない気軽な呼び方へと変わっているほど親しい間柄になっていた。(友情的な意味で!)
主と従者という主従関係だけど、私はユーリを友達のように思っている。ユーリもそんなふうに思ってくれていたら嬉しいな。
「──ここよ」
そう言って立ち止まった場所は多くの赤バラの気に囲まれた私と庭師のジャックが尽力して作った秘密基地だ。
ちなみに主な用途はノアの修行が辛い時の為の隠れ場所である。
最近はノアの目を盗んでかなり頑張ってバラのお世話をしていたから、コンディションもバッチリ。
ユーリの反応が気になってくるりと体を回して後ろを向くと、その顔は驚きつつも感動しているのが伝わった。
「すごく綺麗です。天界にいるような、不思議な気分にひたれる場所だと、思います」
実はこの場所、父の城にあった場所にどことなく雰囲気を似せてつくったのだ。
だからユーリが「天界にいるような」って言ってくれて内心凄く喜んでいるのだが、それを全部さらけ出すわけにもいかない。
私はユーリの瞳に体全体が映る所まで背を向けて走る。赤バラを背景にくるりと向き直し、両手を広げて万遍の笑みで「でしょう!」と喜びや嬉しさといった気持ちを伝える。
「はい。すごく、すごく綺麗です。でも一番綺麗なのは───」
その時、急に強い風が私たちを吹き付けてバラの花びらが宙を舞う。
髪とロングスカートをおさえるのに必死で最後の方は何を言ったのか聞こえなかった。
風が収まり、なんて言ったのか聞こうとすると、ユーリの顔はまた何故か険しいものへ変わっていた。
しかしその視線は私へ向いているのではなくその後ろ、つまり私の背後へ向いているのだと気づき振り向こうとすると、
「んぶっ──」
硬い何かに顔をぶつけた。
ダメージの大きかった鼻をさすって痛みを和らげながらその正体を確認すると、そこには「色気のない声だな」と笑うノアが立っていた。
ここは私とジャックしか知らない秘密の場所のはず……なのに、それなのに、どうしてここにノアがいるの!?
思わぬところで絶望の縁に立たされた気分になる。
気が動転していたせいかユーリがすぐ目の前まで迫っていたのに気づかず、顔を覗き込まれて見つめる瞳に「うわっ」と情けない声を出してしまった。
「姫様、頭に花びらが着いていますよ」
ユーリはノアを気にする様子も無く、というか視界にすら入れずに私の頭へと手を伸ばし頭についていたのであろうバラの花をつまんでとってくれた。
「ありがとうユーリ」
それを黙って見ていたノアが今度は私の腰に手を回し、抱き寄せる形で引き付けた。
咄嗟の事だったので、「うぉわっ」とまた女の子らしくない声を出してしまった。恥ずしすぎて死にたい。
今度女の子らしい叫び方の練習しとこ……
心にそう誓うのだった。
ノアがこのような行動をとるのは普段をみていればわかると思うけど特別不思議なことでもない。
私なんかは全然気にもとめてなかったんだけど、ユーリはそれが気に入らなかったようで、それを見た後、あからさまにノアへのあたりがきつくなった。
「姫様。そちらはどなたでしょうか。──敵ならば斬りますが」
「待って待ってストーップ。敵じゃないから斬るのはまた今度でお願い」
「今度斬るのかよ。止めろよ」
「こちらはユーリ・ロンド公爵令息よ」
「あー、例の専属騎士見習いの……」
「で、こちらはノア。自他ともに認める天才魔法使いで私に魔法を教えてくれているの」
「姫様に、魔法を?……ユーリ・ロンドです」
「ノアだ。これから共に暮らすのだから仲良くやっていこうじゃないか」
「共に、暮らす?」
ノアから差し出された手を戸惑いがちに握り返すユーリの顔は笑っていたけど、心の底は笑っていない黒い笑みを浮かべていた。
それに対して余裕な笑みを見せるノア。
出会ったばかりだと言うのに何故か二人の関係に亀裂が走った気がした。
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