6話・パパとの話し合い③
庭園へ行った道を戻り行きに見た異国の物が並ぶ廊下を歩いた先に来賓室が見えた。
あまり遠い道のりではないので時間はかからなかったが、無言の圧が痛いっ……!
誰も喋らないせいで喋ってはいけない空気ができ、しかも目の前があの父親だからね?
そりゃあ私の心も折れかけますよ。
「陛下、ラヴィニア様もお帰りなさいませ。もう既にお茶の準備も調っております。席へ案内させていただきます」
「ありがとうアル」
色々と絡まれたからとはいえ時間に遅れてしまったせいで父の周りには黒い怒りのオーラが見える。
更にチラッと横を確認すると、驚くことにちゃっかり椅子をどこかから持ってきて座ろうとするノアがいたのだ。
私は勝手に私と父の話し合いだと思っていたのでノアもいたのかと驚いていたが、父たちは違うみたい。
何故お前はここにいると、驚きと虫を見るような目が重なって視線だけで「早く出ていけ」と命令しているのがわかる。
長い前置きがあったけど、ここで冒頭に戻るわけだ。
居心地の悪さを感じながらも「それより」と私は本題を言い出す。
「お父様。本日私がここへ呼ばれたのは一体どうしてでしょうか。私は(まだ)何もしでかしてはいないと思うのですが」
「城下町にて珍しい赤髪の娘を見たと目撃証言がある」
「ブフォっ……!」
思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった、というかもう吹き出したに近い形になった。
やばいやばいやばい、やっぱりバレてたよ。
あからさまに顔を背け言い訳を考えるが、なかなかいい言い訳が見つからない。焦るに焦っていよいよ頭から煙が……
「姫様が今回城下町へと赴いたのは街の現状把握をすることによって陛下の役に立てばと思ってのことです。照れやな姫様はそれを素直に言えなかったんです」
リディのフォローに全力で頷く私は傍から見れば決して照れ屋には見えないだろう。しかしこの場を凌ぐためには、と必死に目で訴える。この目を見て下さい!と言わんばかりに目で訴える。
少しの間が空いた後に諦めたようにその赤い双眼を緩めた。
ナイスリディ!さすが私の専属メイドね!ここぞって時には必ず私の味方をしてくれる心強い味方。ありがたやありがたや。
「いいのですか陛下」
「真偽はともかく、それを嘘と証明するものもないだろう」
父を騙したという若干の罪悪感が芽生えたものの今更引下がるわけにも行かず、これで話し合いは終わりだと高を括っていたら、
「ではロンド家長男の誕生パーティーで何をした」
「ブフォっ……!」
本日二度目ですが再び紅茶を吹き出します。
だ、ダダダダブルパンチいいいいっ──!
まさかのダブルパンチ来ました。これは想定外。どうしましょうね、この状況。
再びリディにヘルプ頼めないかチラッチラ視線を斜め後ろへと向けるけど、その時私は思ったのだ。
(そういえばリディにパーティーのこと言ってない)
し、失敗した……
リディなんかソワソワしてるんだが。ちょっと待てリディちゃんあなたは私の味方だよね?ねえっ!?
何ちょっと顔赤らめてツンデレっ娘みたいにそっぽ向いちゃってるの?
何で恋人にヤキモチ妬く彼女みたいになってるの?
リディちゃーん、戻ってきてぇぇぇぇ!
私の心の声はどうやら届かなかったようだ。リディの胸下あたりに『リディは敵へとシフトチェンジしました。』って表示が見えてしまっている。
この状況、もう一人で乗り切るしかないようだ。
「……と、特別印象に残ることはありませんが、それがなにかございましたか」
「では聞こう。先日ロンド家長男、ユーリ・ロンドからお前の専属騎士にして欲しいと言う案件を耳にしたが、それはどういう事だ」
「それについてはこちらも把握しております」
「何故報告をしなかった」
「単純に報告をする程の内容ではないと解釈致しましたので」
「それはお前が決めることではない」
「……」
この人はいつもそうやって人を駒のように扱う。
これはもう癖なんですかね。
以前の何も持たない私なら、きっと父のこの横暴さを当然だと思い込みただ従うだけだっただろう。
しかし、今は違う。
二度目の人生を、やり直すためのチャンスを与えられたのだから、駒としてではなく一人の人間としてこの世界を生きると決めた。
バンッと机に手のひらを叩きつけるようにして立ち上がり真っ直ぐ父の目を見て、私の本心を告げる。
「私はお父様の人形でも駒でもありません。考える頭も、行動する為の力もこのとおりまだ足りておりませんが、それでも私は一人の人間です!どんなにお父様が私を動かそうと、もう私はただの駒ではありません!自分の意志を直接ぶつけさせて頂きます」
私の宣言は部屋の中で木霊する。
父の瞳には八歳の私ではなく処刑された十九歳の私が映しだされている気がした。
この場にいる誰もが、自分たちが相対しているのはただの小娘ではないと認識する。
私は自分が死ぬのが怖かったんだ。だから色んな言い訳を付けて逃げて、逃げて逃げてそしてあの未来へと辿り着いたのだ。
今度は絶対に引かない。
未来を変えるために───。
これは私と父の話し合いだ。
「ははっ……やっぱり面白いなお前。陛下、姫様に魔法を教えたいのですが許可をいただけますか」
「……ああ、いいだろう。好きにしろ」
「ありがとうございます──よし、行くぞ。そこの侍女さんも一緒に」
「え、行くって…」
意味ありげに笑うノアに嫌な予感がしたが、どうやら当たってしまったらしい。地面には魔法陣が広がり城下町での出来事が呼び起こされる。
これはもしかしなくても<転移魔法>だ。
素早く手を引かれ陣の中心部へ移動すると三人同時に白く光だし転送の準備が始まる。
「お父様!ユーリ様の専属騎士の件について私は了承したいと思います──」
シュンッ!
部屋に男二人を取り残し、魔法陣も収縮しながら消えていく。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
再び瞼を開ける時には既に邸の前に到着していた。
リディは転移後直ぐに邸内へ連絡し入れる手続きをしてくれた。
魔法って使えるようになるとやっぱり便利だよね。
でもあんな無理矢理に転移魔法使ってこっちに来ちゃったから、父やアルの事が少し気掛かりだったりする。
しかしそれ以上に気掛かりなのは、私に明日は来るのかどうかである。
あの父にあんな啖呵切って私まだ首あるよね?繋がってるよね?
自分の首に手を伸ばし繋がっているのを確認すると安堵した。
こちらがこんなにも気を負っているのに隣の男は何処吹く風で、どうでもいいことばかり言ってくるのだ。
「これからは俺のことを師匠と呼べよ」
「……こんな幼い少女に師匠呼びを強制するなんて変わったご趣味をお持ちのようですね」
「冗談に決ってるだろ。このバカ」
「……」
<くらえ皇女必殺奥義「すね蹴り」!>
「っ……たあああ!おいお前何しやが──」
「だーかーらー、お前じゃなくて!ラヴィニアだってば!」
「姫様~!邸へ戻りますよ~!」
「はーい」
「これからビシバシ鍛えるからよろしくな、ラヴィニア」
「──うん!私を一人前にしてねノア師匠!」
こうして話し合いは幕を閉じ、邸には新たな家族を迎えることとなった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ラヴィニア一行が転移した後の来賓室では……
「よろしかったのですか」
「何がだ」
「姫様に魔法を教えるのを許可したことについてです」
「──王家の血、か」
「はい」
長いまつ毛をふせ、端的に返事をする。
陛下の手に持たれる紅茶は水面に憂いを帯びた瞳を移す。
「あの娘は私が思っていたよりもバカではないようだからな」
「ええ、そのようですね」
そう言って私は陛下の気に入っているアザレアの花を花瓶へ添えた。
次回は二日後に投稿します。