5話・パパとの話し合い②
「貴方は誰ですか?」
助けて貰ったことにはとても感謝しているけれど、知らない人に前から知り合いです。みたいな雰囲気を出されても困ってしまう。
それに無詠唱であの威力の盾を作るなんて、絶対に只者じゃない。
「俺だ俺。街に行った時に案内してやっただろうが」
「オレオレ詐欺?」
「違う!」
「確かにあの時、安全な道へ案内してもらいましたが、それはあなたではありません。とゆうかなんでその事を知っているんですか。はっ……! まさか私のストーカー?」
「違うっ!」
素早いツッコミが返ってきた。
手を口元にやり私のストーカーかもしれない男に軽蔑の眼差しを向ける。
「あんたが誰だってどうでもいいのよ。それよりも、それよりも!私の<高位魔法>を弾くなんて!」
「はあ?あの程度で<高位魔法>だと。なめてんですかね、厚化粧貴族さん」
「ぶふっ!……ふっ……ふふっ」
「おい笑ってんじゃねーよ。お前は防御すら出来てなかっただろうが」
「あいたっ!」
厚化粧貴族が見事にツボに入り笑いを必死に堪えているとビシビシとデコピンが眉間に飛んできた。痛い、痛いです。
あれ、このデコピン、どこかで?
片手でデコピンをやられた場所をおさえ「あっ!」と声を上げる。
「このデコピンの痛さ、本当にノア、なの?」
「あのなぁ、デコピンで思い出すとか、ほんっとにさすがだよ。初めて会った時から薄々感じてはいたけど、変わりものの姫って噂はやっぱマジなのか」
直後、ノア(仮)の足元に三重の赤い魔法陣が浮かび上がり、すーっと彼を中心に上へ上がっていく。最後まで上がりきる頃には青年、ではなく私の見知ったノアの姿がそこにあった。
これは<変身魔法>の一種だと思う。それも高度な<成長操作>の魔法。こんな高度な魔法を詠唱無しで、しかもこんな短時間でやりこなせてしまうところを見るに、やはり彼は稀代の天才かもしれない。
「でもなんで成長魔法使ってるの?」
「城で元の姿のままいるとガキだってなめられるからな」
「へぇー」
「姫様!ご無事で何よりです。ところで彼は私たちの味方、なのですか?」
「あーうん。多分味方。さっき助けてくれたし」
それに路地裏でした約束をまだ果たしていない。ノアが約束を守る人だと信じよう。
ノアが来るまでは魔法を使える厚化粧女の方が一枚上手だったが、形勢逆転のどんでん返し。ノアが来てくれたことによって圧倒的に有利になった。
しかしリディは一向に警戒をとこうとはしない。
私は初対面ではないから多少の信頼は置いているけどリディは初めて会うから良くて怪しい魔法使いって感じだろうな。
「おい、そこの侍女」
「……」
「そう睨むなって。安心しろよ。そこの姫さんが笑わせてくれた分は守ってやるから。まあ、ちょっと下がってそこの姫さん守っててやってくれ。秒で終わらせる」
相手を威圧するようにわざと挑発をしたのか、それにまんまと引っかかった厚化粧女は「なんですってっ~!」と激昂し、扇子の先をノアへと向ける。
「汝、我の前に────」
「遅い」
「──っ!ぎゃあっ!火がっ……火がああああ」
詠唱する暇さえ与えない容赦のないノアの攻撃。一瞬で魔方陣を生成し相手のドレスに火をつける。火は直ぐにドレス全体へと燃え広がり厚化粧女の悲鳴が庭園中に響く。
──人の、焼ける匂い………
私は以前人が焼ける匂いを嗅いだことがある。「十字架刑」「溺死刑」「絞首刑」そして「火刑」。私や私の味方をしてくれた人たちを実験の被検体のように扱い、その処刑は大きな実験場そのものだった。
どれが一番惨いのか、どれが一番苦しめられるか、それが目的と言っても誰一人として疑うことは無いだろう。そのくらい悲惨な処刑だった。
「やめてノア! もういいよ、もう十分やり返したから、やめよう………」
「はあ、わかった。わかったからそんな泣きそうな顔すんな。はなから命を取ろうなんて微塵も思ってねーよ。だから、泣くなよ」
頭をぽんぽん撫でられ恥ずかしさのあまり「泣いてない!」と泣き顔で怒る私。ノアは「はいはい」と苦笑した後、展開されていた魔法陣を閉じた。
すると焼かれていたドレスやそれに伴う匂い全てが元通りに戻っていた。
厚化粧女も「え、え?」と頭に?を浮かべている。だってつい先程まで実際に自分は焼かれていたのだから、驚くのも無理はない。
そして一つの考えが頭をよぎる。
「これ、───<幻覚>?」
ノアへ顔を向けると答える代わりに不敵な笑みが帰ってきた。あの顔は肯定するってことだよね。にしても、いかにも悪役ですって主張するような顔だな……私と役割交換してあげたいわ。
「お前らが見ていたのは確かに幻覚だ。だが俺が魔法を解いていなかったら脳がそれを事実と取って本当に死んでいた」
「な、何よ、驚かせて。そんなこと言ったって所詮幻覚よ! たかが子供だましなんだから! そんなもので人を殺すことなんて出来ないわ!」
「その子供だましにまんまと騙されたガキはあんただけどな」
「~~~っ! やっぱりあんた死になさい!ムカつくのよ!消え───」
「黙れ」
言い争いを制したのはすごく重い威圧のある一言。ノアでも、まして私やリディでもない。思い出せないのにどうしてか私の体は震え冷や汗が止まらない。ギュッと自らの両手で二の腕を掴み声のする方へ顔を向けると、そこにはあの処刑される寸前まで私の全てだった人が射殺すような目で私たちを見ていた。
目が合うとゾッとするその風格は正しく王たる威厳としか言いようのない存在感。
「ここで何をしている、デイビス」
「ヒィっ! わ、私はただ、そこの子供と女が………は、入っては行けない………この庭園へ入っていたのを……注意した、だけ、で………」
「では何故お前はそこに立っている」
「そ、それは……」
「答えられぬか。衛兵、連れて行け。その後デイビス子爵も共に城へ連れてこい」
「はっ」と父へ敬礼した後、女の両手を拘束しそのまま連行する。
「いやよっ!離しなさい!やめて!陛下ぁ………陛下ああああ!」
連行されたデイビス子爵令嬢は最後の最後まで涙を流して助けを乞う。私はその光景を見ることが出来なかった。直視すれば私は自身の精神を保つ事など到底出来るはずもないと思ったから。
彼女の叫び声が脳に響き、耳を塞ぎたくなった。しかし耳を塞ぐどころか少しでも動けば死んでしまうような緊迫感が私たちを襲うせいで脳の深くまで、目を閉じればこの光景が見えてしまうくらいまでに刻まれた。
令嬢の声が聞こえなくなった頃。
その視線はリディ、私、そしてノアへと移っていく。リディの顔は真っ青で、死人と見間違えてしまうほど血の気が引いていた。
この状況を打破する一言を放ったのは意外にもノアだった。
「陛下。俺たちはいつまでここにいればいいんですか」
の、ノアが敬語を、話してるううう!?
ギョッとした顔でノアへ目を向けると丁度目が合った。心の中で「敬語使えるんだ、へえ~」って顔してやると、「こいつ失礼なことかん考えてやがるな」って顔で返された。
このやり取りで冷静さを取り戻すとリディの側へと駆け寄りその手を握る。凍っていると錯覚するくらい冷たく冷えきった手はあの場の恐怖を耐え抜いた証拠だ。
「ごめん、ごめんね……」
両手で包んだ彼女の手を自分の額へ運びコツンと付けて謝った。リディは「なんで謝るんですか」と一生懸命笑って安心させようとしてくれる。そんな彼女に何も言えず口を結んで涙を流した。
「陛下。先程のご令嬢に我々がこの場へはいることは禁止されている、と聞いたのですが話を聞く限り彼女たちがこの城へ来るのは初めてだそうですね」
「何が言いたい」
「俺はお咎めを受けても構いません。しかし彼女たちには罰を与えないで頂きたい」
ピクッと父の眉が上がりこちらへと視線を移す。私と同じ赤い双眼にはリディを庇うように抱く私が映し出されていた。
もし父が「無知も罪だ」と言い放てば私たちはそれまでだが、庭園への侵入がどの程度陛下にとっての禁止事項に触れるのか。
生唾を飲み込み視線を逸らすことなくじっと見つめると、一瞬その瞳が綻んだ気がしたのは何故だろう。
「部屋へ戻る。このようなくだらない事で時間がおしている。ついてこい」
「え、あ、はい……」
来賓室へ向かう父に大人しくついていく私とリディ、と何故かノアは何食わぬ顔で後ろを歩いている。父に呼び出されたのは私だけではないって事なのか?
これは今回の話し合いは波乱の予感──
次回の投稿は18日です。
いつも見てくださってありがとうございます!
皆様のおかげで私の妄想もはかどります!




