4話・パパとの話し合い①
パーティも無事(?)に終わり漸く平和な時間が帰ってきた。
あれから暫くは経つけれど父からのお手紙が来ていない事に安堵する。
本当に平和で何も無い日々が続いている。そのおかげか夜はぐっすり安眠だ。
しかし、私の平穏は呆気なく終わる。
今朝はリディが起こしに来るのが遅かった。その時になにか嫌な予感はしていたのだ。
バタアアアァァァァンッ!!!!
勢いよく扉を開けたリディの顔はあのパーティの日、父から届いた手紙を渡した時以来の怪訝な顔を浮かべていた。
手に持っている手紙は黄金の封蝋に王家の印が刻まれていた。
あ、終わった……
言わずともわかる。
父からの手紙、その事実が最も心に重くのしかかる。
要件を聞くよりも先に私はショックで気絶した。
──さようなら私の平穏。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「明日の昼、王城へ来るように。
部屋への案内はこちらでする。
──だ、そうです」
「もう頭痛が酷くて私の頭は破裂しそうよ」
何とも短い簡潔な文章だが「父からの」という前置きがあるせいでそれひとつに頭を悩ませてしまう程の恐ろしい代物へと変わる。眉間に親指と人差し指を当てソファにドカッと座り込む。
未だにあの処刑台での出来事が鮮明に思い出せてしまうというのに、一体どうやってあの父親と接すればいいのか。
初めの挨拶は「こんにちわ」?それとも「お久しぶりです」?
久しぶりと言ってもこの人生で最後に会ったの生まれた時だよ。
両手で頭を抱えて上下左右に思い切り振る。それはもう首がとれるくらいに。
「今まで全くと言っていい程姫様に関与しなかった陛下がいきなり手紙で呼び出すなんて。姫様、何をなさったんですか全く」
「ええ!?私が悪いのコレ!? 何も身に覚えないんですけど……」
「もしかして、ですけど。私一つだけ心当たりあるんですよね」
スっと手を挙げて不安げに発言をする。
今後の自分の人生を左右する大切な(命懸けの)話し合いだ。ゴクリと唾を飲み込み続きを促す。
「この間のセントラルへのお出かけについてバレたのではないでしょうか」
「はっ……!それよ!きっとお父様は私を皇女だと認めていないのにも関わらず勝手に人前へ出たことに怒ってお説教なさる為に呼んだんだわ。──リディ、紙とペンを頂戴。遺書を書きます」
「早まらないでください姫様!もしそうでしたら先日のパーティへ姫様を行かせる筈がございません」
「そ、それもそうね。まさかパーティで何か……なに、か……ナ、ニカ。──リディ、紙とペンを頂戴。私はやはり明日死にます」
「姫様ああああ!!先日のパーティ何があったんですかああああ!!!!」
先日のパーティと言えばユーリ・ロンド様のあのキザなセリフである。リディには悪いけど到底言えるようなことでは無い。
その後もまるでコントのような話し合いの末、理由の判明ならず。明日への恐怖をお互い高めあって終わった。
そもそも私に明日は来るのだろうか。
──遺書、書いとこ。
ペンを再び握り直し隠してあった遺書用の紙を取り出した。
それと同時に扉から新しい、そしてまさかの人物が登場する。
「話は聞かせて頂きました。こんな時こそこのメイド長、ロゼットにお任せ下さい」
「「ろ、ろ、ろ……ロゼット先輩っ……!!!!」」
女神がご降臨なされた。親指を自身へと向けドヤ顔で仁王立ちするロゼットに拝むリディと私。
この屋敷のもので悩み事は基本ロゼットに言えば解決すると言われるほどロゼット先輩はすごいのだ。
ロゼット先輩は赤縁の眼鏡を人差し指でクイッと上にあげる。
ここで説明しよう。普段は眼鏡付けないのだが、ロゼット先輩に変身する時だけ何故か装着するのである。
「時間がありませんわ。明日の昼、つまりタイムリミットはもう一日もございません。陛下が万が一何かに怒っておいでなら一刻も早く理由を突き止め平和に話し合いを終わらせなければなりません」
「あの陛下なら何かあれば首くらい直ぐにはねそうですからね……」
私が言うのもあれだけど、皆人のお父さんなんだと思ってるの。
処刑されたけど、首めっちゃはねられたけども!
話し合っているうちに庭にあるバラに囲まれたテラスへと移動した。
部屋の中で会話するよりも外の方がリラックスして頭も回るだろうと言う考えだ。
「これまでの話をまとめるに、陛下は姫様の城下町への探索について何か引っかかるところがあったのではないでしょうか。」
「パーティの時は何も起きていないこですよね?本当に、何も起こしていないのですよね?」
「何もしていないわよ。私をなんだと思っているの」
「近頃の姫様に関してはただの猛獣です」
「ちょっと、リディ!?」
時々冗談交じりに毒を吐くリディ。
……冗談よね、これ。
パーティの件についてはむしろされた側というのは口が裂けても言えない。誰にも言わずに墓まで持っていくつもりだ。
リディの持ってきてくれたジャスミンティーを一口飲み心を落ち着かせる。
落ち着くと改めて心も体もぐったりと疲れているのがわかる。
父の元へ会いに行くと考えるだけで鳥肌が立つ。ブルルっと身震いして二の腕をさする。
「そう気負う必要はないと思いますよ姫様」
「ロゼット……でも万が一があると思うと怖いの。まだ何もないと思うけど、もしかしたら突然、なんてこともあるかもしれない。お父様は──あの陛下は私を皇女として認めてはいないから」
「姫様。私は、リディはいつまでも姫様について行きます。死ぬ時も一緒です」
「私も、いえ、ここのメイドや庭師、厨房、ここで働く全員が姫様の味方ですよ」
左右からそっと抱き締められてとても安心した。私の家族はここにいるみんなだって、改めて感じ取れた。
ありがとう。
感謝の気持ちを伝えるのは小っ恥ずかしくて代わりに抱き締めてくれる手を握り返した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王城の来賓室ではただ今無言の圧を感じながらお父様と対面中。
約束の時間はお昼。
しかし今はもう赤い夕日が城を照らしている時刻。
差し出された紅茶も全く味がしない。
私の後ろに控えるリディの顔面蒼白な様子が見なくてもわかる。だって私も今気絶しそうだもの。
肝心のお父様はピリピリとした空気をまとっていらっしゃる。
こ、怖い。めちゃくちゃ怖いぃぃぃ!
でも、それよりも、一番気になるのは……
その場にいる全員の視線の視線が私の隣に座る人物へと向けられる。
余裕かました素振りで足を組み紅茶をすする黒髪の青年、もとい魔法で大人の姿になっているノアが。
何故こうなったのか、時は王城に着いたときへと遡る───
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「皇女ラヴィニア様よくぞおいでくださいました。私はアルディート・シトラスと申します。現在は陛下の右腕として務めさせていただいているものです。どうぞアルとお呼びください」
「よろしくお願いします」
いつものお転婆が嘘のような完璧な淑女の振る舞い。リディなんかはもう驚いて目がとれそうなくらいの変顔っぷりになっている。
互いに挨拶を済ませて父の待つ部屋へと案内される。
その途中途中で中の仕組みを紹介されるのだ。
「あちらに見えるのはここの優秀な庭師が剪定したバラにございます。昔はよく陛下もアザレア様─皇女様のお母様と共にあそこで寛いでいたものです」
「え、お母様と?」
初めて聞く情報だ。それにお母様の話なんて、あの時の私は一度も聞いた事などなかった。それを聞くと全員が顔を背けるからいつしか聞いては行けないものと認識していた。
それがこんな所で聞けるなんて。
「お母様はどんな人だったのでしょうか」
「……あのお方はとても美しく珍しい赤い髪をお持ちでした。姫様の髪は皇妃様に似たのだと思いますよ」
にっこりと笑って「お綺麗です」と褒めてくれる。でもその瞳は私を映してはいないようだった。私を介して母をみている気がした。
母は確かに愛されていた。
では私は?何故愛されなかったの?
「皇妃様はもとは異国の騎士で有られたんです。フローシス帝国との戦で敗れたアザレア様は陛下によって妃へと迎え入れられました……ここから先は私からは言えない事情にございます。申し負けございません」
「いいえ、十分です。母について知れて、ちゃんと愛されていたとわかって、私は十分です」
その先をなぜ言えないのか。
彼の昔を懐かしみ悔しがるような表情を見ればそんな疑問をぶつける気はなくなってしまう。
きっとまだ私の知らない母の過去がある。辛くて厳しいこの世界を精一杯行きたんだと、確かにそこにいたんだと彼のおかげで知ることが出来た。
だから私も精一杯の笑顔で、母の分まで彼に笑顔でお礼を言う。
「ありがとう、アル」
「………いえ。こちらこそ、ありがとう、ございます」
大きな瞳をさらに開いて揺らし歯切れ悪く答える。
それから来賓室までは一言も喋ることは無かったけども、不思議と居心地は良かった。
私の前を歩くアルは時々鼻をすすって目を袖で拭っているように見えた。
「姫様、こちらが来賓室にございます。陛下が来るまでもう少々お待ちください」
それだけ言うとすぐさま部屋から出ていった。
部屋の中は至って綺麗でさすが王家の来賓室と言ったところである。
大人しく椅子に座っていたものの落ち着かない。緊張をほぐすためロゼットの顔を思い浮かべる。ダメだ、昨日の会議の内容が頭を過り更に父の顔までもが脳裏に焼き付く。
「姫様。陛下がいらっしゃるまで、先程アルディート様が仰っていた陛下と皇妃様のお気に入りの場所へ行ってみませんか」
「でも、お父様が……」
「まだお昼まで時間がございます。直ぐに戻れば大丈夫ですよ。それに今の姫様では恐らく話し合いにすらならないかも知れませんよ」
リディは私の緊張を解すために外へ行こうと誘ってくれているのだ。きっと父に会いたくないって顔に出ていたんだろう。
父が来たらそれまでだけど、すぐそこだし大丈夫、よね。
悩んだ末に結局その場所へ行くこととなった。
長い廊下に美しく飾られた城。この国では見ることの出来ないような物も多く飾ってある。
母の故郷は遠い異国だと言っていた。
寂しくないように母の為に揃えたのか、あの父が。そもそも父と母がイチャイチャしている所なんて想像もつかないな。だってあの父がだよ?あの血も涙もない、しかも年中「気に入らないものは即処刑」って襷を掛けているようなあの父が。
顎に手を当て「うーん不思議だ」などと呟く。
「着きましたよ姫様。見てください!近くで見ると雰囲気が違いますよね!ここだけ天界のような神聖な雰囲気っていうか」
若干興奮しすぎな気もするけど、その言葉通りそこだけ景色が違うように見える。
先程アルと見た時は遠目だったせいかそこまではっきりとは見えていなかった。
石造りの白いテラス。その周りを王家の紋章である赤バラの木が囲んでいる。
美しくも儚い夢物語のような場所を二人揃ってついついうっとり見つめていた。
そして引き寄せられるようにゆっくりと近づき石造りの机を指先で撫でた時だった。
「ちょっと、あなた達そこで一体何をしているの。その場所は陛下以外立ち入り禁止の場所よ!直ぐに退きなさい!」
「──っ!」
弾けるように我に戻り振り返る。
そこには非常に化粧の濃い女─厚化粧女─が私たちに指さし、仁王立ちで構えていた。
どうやらどこかの貴族のようだが、いくらなんでも八歳児に向かってそんな威張った物言いをしなくても、とこの女の態度にムッとする。
しかしことを荒らげる事は遠慮したい。何せここはあの父の陣地だ。何かあってからではもう遅い。その頃には首がとんでいるだろうな。
「大変失礼いたしました。私はラヴィニア・フローシス。この国の皇女にございます。別邸に住んでいるためまさかそのようなルールがあることを存じ上げませんでした」
「なっ……!こ、皇女ですって!?まさかあの引きこもりの幽霊姫……陛下に見捨てられたと聞いたけど、何故ここにいるのかしら」
色々と失礼なことを言われているが、いちいちそこにツッコンではキリがないと自信に言い聞かせ笑顔でやり過ごす。
隣でそれを見守っていたリディも笑顔で耐える私を見て我慢しているようだが……え、笑顔が引きつっている。
自分より身分の高いものが名乗ったにもかかわらず名乗り返すことをしないのはこの格差社会では非常に失礼な事柄に当たる。
この場合皇女である私はたとえ八歳児だろうと身分的には上なので、この厚化粧女は私に無礼を働いていることになる。
簡単に言うと、喧嘩売ってんのかコノヤロウ。
「貴方がどこのどなたか存じませんが、貴方はここのルールについて知っているのですよね?」
「うっ、そ、それは……いくら皇女だからって言葉遣いに気をつけなさい!所詮貴方はあの母親の娘。しかも陛下から見捨てられているのだから」
「今質問しているのは私です。まあ反応を見るにご存知だったようですけど。それに陛下が実質私を見捨てようと、母がどうであろうと、この身体の中には王族の血が流れています。その意味、分かりますよね。それとも貴方はそんなあたりまえのことも理解できない愚か者なのですか」
「~~っ!なんですってっ……!」
怒りが頂点に達したらしい。さすがに煽りすぎたか。売られた喧嘩は買うのが礼儀とはよく言ったものでしょう。
顔を真っ赤にして手に持つ扇子をパチンと閉じるとその先端を私に向ける。紫に光る魔法陣が浮き上がると同時に詠唱が開始される。
「汝!いかなる時もその全てを持って主を守り給え!」
「なっ……!こんなところで魔法を使うなんて!」
怒気の込められた詠唱とともに放たれる光の光線。
咄嗟に身を守るもまだ魔法を使いこなせていない私にはそれを防ぐことは出来ない。
あの女の狙いは私だ。リディを守る為には彼女からなるべく遠くへ行くしかない。
魔法が発射されるほんのわずかな時間でリディに被害が及ばない所まで走ることは出来ないけれど、その規模を抑えることは出来るはずだ。
リディをその場において彼女の反対側へと走り出す。
「姫様っ───!」
リディの叫び声が、私を呼ぶ声が聞こえる。
それからは時間がゆっくりと流れるような感覚に襲われた。
走馬灯に近いかもしれない。
二度目の人生もここで終わる……次はせめて皇女以外の何かに生まれ変わりたいものだ、と心の底から思う。
いよいよ死が近づき私は恐怖で目を閉じた。
バチンッ!
「全く、何しているんだお前は。こんな簡単な防御魔法すら使えないのか」
「え……?」
魔法を弾いて生まれた煙が段々と消えていき現れ始めるその声の主。
長いローブを身に纏う黒髪の少ね……ん?
確かに声は聞き覚えがあった。
しかしそこには見知った少年の姿ではなく、見知らぬ青年が立っていたのである。
「え……誰?」
ここまで読んで頂きありがとうございます!
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