3話・パーティーでの出会い─ユーリ編─
これは姫様と運命的な出会いをする少し前のお話だ。
「もうすぐユーリ様のお誕生日ですね!」
「あのお顔であの性格。大人になればきっと素敵な男性に成長すること間違いなしですわ!」
ロンド家と少なからず交流がある貴族令嬢の誕生日パーティに招待されて訪れたが、周りには女ばかり。
(あの父上に逆らうことなんてできるはずも無い)
小さい頃から厳しく育てられてきたこともあり、父は少なからず自分の恐怖の対象へと成り代わっていた。
しかし、そのどれもが自分を一人前にするためだと言うことは理解していた為、完全に憎むことなど出来なかった。
「ユーリ様のお誕生日にはぜひ私も参加させて頂きたいですわ!」
「あーずるいわ!あの、私もよろしいでしょうか?」
「ええ。もちろん構いませんよ。どちらにせよ招待するのは父ですけど、今度掛け合ってみますね」
「「ありがとうございますですわ!きゃあ~!」」
女は苦手だ。顔と上っ面の性格しか見ない。
常にそんな環境に置かれ、自身の体裁を守るために作り上げてきた仮面。
心のどこかでは、誰か本当の自分を見つけて欲しいと思っていたのかもしれない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「今日のパーティには皇女様が参加なされるようだ。くれぐれも失礼のないように」
「はい。父様」
事務的な家族との朝食を終え部屋へと戻る時、父からそんなことを言われた。
今日は私の誕生日を祝うパーティが行われる。あらゆる貴族のご令嬢がたくさん来る、年に一度の厄日である。
(毎回毎回ご令嬢達は飽きもせずにアピールしてくるから、こちらもストレスが溜まる)
公爵という家柄のせいで、そのブランドを欲する他貴族たちがここぞとばかりに一斉に迫ってくるその様子を想像すると牛に襲われる牛飼いだ。
おかげでこちらは女性恐怖症になりかけているのだが、彼女たちにそれを言うことは出来ないし、加えて今回は皇女だなんて。
「はぁ………」
無意識にもれるため息は誰の耳に入ることなく消える。
皇女様は噂では「幽霊姫」なんて称されているほとんど都市伝説のような方だと聞く。
父様があのようなことを言うということは他の貴族よりも先に近づくようにってことだと思う。
今の世の中は親の言うことは絶対。結婚だろうと仕事だろうと、家のために自分を使うことが普通だと考えられている。
私の家は代々王の騎士団の団長を努めているので、必然的に私も幼い頃から剣を学び勉学に励み王を守るものとして恥ずかしくないようにしていた。
しかし、今回は私の主となるのは皇女、つまり女だという。
女がその地位を継ぐことはそう滅多にできることではない。どこかから婿を貰って王にするしかないのだ。
「また面倒なことに巻き込まれたな……はぁ」
憂鬱だが仕方あるまい。
ロンド家にはある特徴があって、一族揃って感情の欠落が大きいらしい、しかし一度決めた忠誠は絶対に護る。
そもそも父様直々の命令に息子が逆らうなど出来るはずもない。
こんな息苦しい家族関係にも嫌気がさしながらパーティの支度を進める。
誰かこの退屈という渇きを満たしてくれ、と願いながら。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
女も苦手だが、パーティも苦手だ。
その場に来て改めて思う。
女は群がり男は悪口ばかり、もっとマシな奴はいないのか、と。
同じ歳にして全員精神年齢の低下が著しい。
二年ほど前までは対等に会話をする努力もした。
結果、価値観の相違どころか己の価値観すら持っていない同年代のもの達に幻滅して終わった。
(今回も、こんなものか。つまらない。退屈だ)
主催者挨拶も難なくこなし、挨拶周りを済ませているときだった。
仕方なく挨拶をしていた女たちはいつの間にか私の後ろを着いてくるようになった。
更に他の女もいっぱい群がってくるし、それを蔑ろに出来ずただ愛想笑いを浮かべてその場をやり過ごす。
(いい加減表情筋が限界だ。もう口角が痙攣しかけている)
と、そこへタイミングを見計らったように新しい食事が次々と並べられていく。
さすがは子供。誰もがみんな美味しそうな食事に釘付けになる。
後ろを着いてきていた女はみんな揃って食事の場へと足を運んだ。
その隙に素早くバルコニーへ移動し、表情筋の安全を確保しに行く。
誰もいないと思っていたバルコニーには一人月を眺める赤髪の少女が心ここに在らずと言った感じで立っている。
すごく綺麗な長い赤髪で月明かりに反射して光るのがまた美しいなと衝撃を受けた。
赤い髪は血の色だから不吉だと言われていることが多く、滅多にいない髪色だと言うのも疎まれる理由であろう。しかし、こんなにも綺麗だと言うのに疎ましく思われているなんて勿体ないと思う自分がいた。
彼女はなにかあったのかやけになってワイングラスの中身を飲み干した。
「貴方もここで時間を潰していらっしゃるのですか?」
彼女は驚いてこちらを見た。
でもそれ以上に驚いたのは私自身だ。
確かに彼女を気にかけていたとはいえ、女の子が苦手で自分から関わろうとしないのに何故彼女だけにはこう声を掛けたんだろう。
再び作った笑顔のせいでもう筋肉が限界だと叫んでいるのが聞こえる。
(まあ父様にも関係を築くよう言われているし、ちょうどいいか)
その後彼女から自己紹介を受け挨拶返しをし、彼女の賢さを知った。それはもう本当に八歳なのか耳を疑いたくなるような綺麗な所作だった。
なんでこんな人が「幽霊姫」なんて呼ばれているのだろう。これだけできていればどんな場へ出ても恥ずかしくはない。あえてパーティーに参加させない理由があるのかもしれない。
私との他愛もない会話の後、彼女は少し悩んだ様子を見せたが、直ぐに何かを決心したような顔つきで恐る恐る聞いてくる。
「ロンド様、私の勘違いでしたら申し訳ございません……何か張りつめていらっしゃるなら、私といる時だけでもリラックスしてくださって構いません」
「っ!」
(見抜かれた。この作り笑顔が、見抜かれた。何故だ。確かに笑顔を作るには限界だった。しかしそんなに直ぐに見抜かれるほどのものでは無いはずだ。
この子は人の心でも読めるのだろうか。そんな錯覚すら覚えるような洞察力を持っているのか?)
その時私の中では自分の素顔を見破られた気がして、軽いパニックが起きていた。
彼女と話すとついつい自らの墓穴を彫ってしまう形で失態を重ねてしまう。
そうして彼女は私と自分の悩みは同じくらい辛いと言ってきたのだ。
彼女はきっと毎日毎日皇女として必要なことを多く学んでいらるだろう。私が日々剣を学び、それでも退屈だと思ってしまうこの世界を必死に生きているのだろう。
そんな彼女と私が同じように苦しんでいるなんてそんな訳がない。
唐突に肩を掴まれて力強く訴えかける瞳が向けられた。
「悩みがあるのなら、抱え込んではダメよ!自分の中だけに留めることは決していい事では無いわ!時には辛いことを話したっていいのよ。どこにも拠り所がないのなら私があなたの居場所になるわ!」
俯いた顔は自然と彼女の方へと向く。
(この少女はどうしてこうも欲しい時に欲しい言葉をくれるのだろう。他の誰とも違う。本当の自分を見つけてくれる人)
気がつけば瞳からは涙が溢れていた。
出会ったばりだと言うのに目の前でこのような醜態を晒すなんて。それなのにこんなにも落ち着いて安心できるなんて。
彼女の側にいたい。
たとえ家の名を使ってもこの女神のような少女を護り支える為に。
彼女の言葉一つで喜び悲しみ苦しみ、それはきっとどんなものでも幸せなんだと思う。
感情の欠落が激しい、それは対象以外に興味が無くなるからだ。
その代わり対象への感情は異様な執着心とも言える何かに変わる。
「ふふ、あはは!」
私の心からのの笑顔に彼女も安心したように笑顔を返してくれる。
自分の感情を理解した時、父の言葉が頭をよぎる。
今朝父が、皇女様が来る、と言ったのは自分の主君になりうる器か見てこいということなのか。真実は本人のみぞ知ること。
(私はこの方について行こうと決めた。たとえ地獄の底だろうが付いていくと)
そうして改めて前へ向き直り、こう告げる。
「ロンド一族は昔から帝国を守る騎士として誇りを持ち、主に使えてきました。私も一人の騎士として必ずあなたを守り、主とし、この命を捧げると誓います」
命を捧げる。ある意味プロポーズのようなセリフに彼女は顔を真っ赤に染めあげて照れている。
そんなところを見ると、独占欲や全てを暴いてしまいたいという野蛮な気持ちに襲われる。
自分の中にそんな感情があったなんて、と彼女と関わったその瞬間から初めて知ることばかりだ。
いつか貴方を護る強い騎士になれるように。
ゆっくりだけれど距離を詰めて行こう。
私に出来る精一杯で。
次回は明後日投稿致します。
よろしくお願いします。