31話・乱闘騒ぎの前夜祭①
三月中旬。入学試験はあと二日まで迫っていた。
この時期になると、凡そ一週間近くある試験へ挑む為、世界中から入学希望者が集い始める。
私─ラヴィニア・フローシスもその内の一人。
今は学院の受付で魔力測定の列に並んで待機していた。
と言っても、そんな硬っ苦しいものではなく。学院の先生方が学院内に存在する人間の魔力値を把握し、どんな状況でも対応できるようにする為の簡易的な魔力測定のことだ。
ギルド・グランセシルが運営する冒険者育成の為の学院─王立ギルド学院の卒業者は世界各国で外交官、大臣、騎士団など国の重要な機関に配属されるほど信頼され実力も認められている。
隣接した国々だけでなく世界中から信頼されている理由の一つに我がフローシス帝国も関わっている。
帝国は今やその名だけで他国にも影響を与えるほど巨大な国となり今現在の世界の均衡を保つ割と重要な立場に立たされている、らしい。(以前ユーリから聞いた話なので詳しくは分かりません)
自分の国を自慢するようで些か恥ずかしさもあるけれど、その帝国が同盟を結び、更に自国の人間を通わせているとなればギルドの実力は十分過ぎるほど保証されることになる。
そんなこんなで私達も学院へ入ろうと、試験勉強を続けて早四年。
身長も伸び、髪は更に艶やかに、精神も成長し、新しくなった私の実力、この入学試験でお披露目する時よ!
話はそれたけれど、ようやく列が進み順番が回ってきた所。ただ今私は入学試験どころか魔力検査で引っかかっております。
門をくぐろうとするとビビー!と音が鳴り見えない壁に顔をぶつけ、情けなくも「ブベッ」と変な声を出してしまう。
「おかしいわね。魔力値がこんな異常な数値なんて……故障かしら……?」
「は、はあ………」
魔力値が高いのは生まれつきらしいけれど、そんな検査機を壊してしまう程では無いはず。
ということは………
「──オリジン」
小声で契約精霊の名前を囁く。
精霊と契約している人間は少ないが決していない訳では無い。
学院長であるアウロラにはオリジンと契約していると話はつけてある。
けれどまた一からお姉さんに説明するのも面倒といえば面倒なので、オリジンには一旦検査に引っ掛からない距離まで離れてもらおう。
キラキラと細かい光の粒が舞った後、その光が収束するように一点に集まり小さな羽の生えた人の形を形成していく。
光が最も収束した状態になると光がフラッシュし、目の前にはクルクル飛び回る上位精霊の姿が現れた。
『はーい。どうしたのラヴィニア』
「今検査中なんだけど、私個人の魔力値を測るから、オリジンの魔力を消して欲しいのだけど……できそうかしら」
『ええー、ラヴィニアから離れたくないよ!』
ぷいっと腕を組んでそっぽを向いてしまったオリジン。
やはり魔力の異常値の原因はこいつだったか……
このままでは列も止まって他の受験者たちにも迷惑がかかる。手を合わせお願いすると、ムスッとした顔で肩の上に止まる。
『離れたくない、けど、他でもないラヴィニアのためだし……でも、精霊界へ行ったら何かあったとしてもすぐに駆けつけられないし……でも、でもーー!………わかった。僕、検査が終わるまで精霊界からラヴィニアのこと見てるよ』
「ありがとう。そうしてくれると助かるわ」
何やら葛藤した末、観念したオリジンは項垂れながら頭上に魔法陣を展開し、スイーと吸い込まれるように精霊界へと戻っていった。
「………あら。急に検査機が元に戻ったわ。やっぱり故障だったのかしらね」
オリジンが居なくなったことにより機械も元通り。
事前に渡されていた仮学生証を赤い腕章を右腕に装着した受付係のお姉さんに提示する。
「はい。確認しました」
その後、検査とは別のお姉さんからいくつかの注意点と、仮学生証は首から下げて行動するよう説明を受け、高い石造りの城壁をくぐり抜けて学院内へと足を進める。
こうして私のそして学院の新しい歴史が幕を開けた。
意気揚々と門をくぐり抜けた先は……
「こ、これは……学院と言うより、最早ひとつの国ね」
街でした。
ひとつの国という例えは比喩ではあるが、その規模は比喩では収まりきらないほどのものだ。
学院生にとって必要な施設や環境が整えられ、噴水や石畳、レンガ造りの美しい風景が広がっている。
けれど落ち着いた可愛らしい風景とは打って変わって辺りはざわついている。
当然試験日が近いから、ということもあり、今この学院内には世界中から集まった入学希望者でごった返している状況だ。
緊張している人、闘志にもえる人、お店で買い物をして楽しんでいる人。
それぞれのやり方で試験へ向けて気持ちを整理しているようだ。
「こんなに規模が大きければ、そりゃあ世界中からこぞって入学希望者が集まるわ。──あ、オリジン。もう大丈夫よ」
小さな魔法陣が展開し、そこから可愛らしい精霊さんが………ジト目でこちらを睨みつけております。はい。
『………もう! ラヴィニア! 僕のこと忘れてたでしょ~~~!?』
可愛らしく怒る精霊に「ごめんごめん」と苦笑気味に軽く謝罪。
さて。一番奥に聳え立つ学院へ向けて出発進行よ。
どの店にも中の構造がわかるよう、壁ではなく大抵大きな窓ガラスが設置されている。
「魔法薬。鍛冶屋。飲食店。本屋。あの大きな建物ってもしかして寮かしら。すごいわね。ここにいれば衣食住に困ることも無いし、将来は約束されているしで、とんでもない学院ね」
『学院長がアレってこと以外は完璧だね』
「……あんた達の過去に一体何があったのか不思議でならないわ……」
オリジンのアウロラに対する並々ならぬ嫌悪に若干引き気味になる私。
もしもアウロラとオリジンが一対一で戦ったら街一つどころか国一つ滅ぼせるかもしれない。その未来を憂いて只管に平和を願うばかりであった。
暫く大通りに沿って歩き、たまたま目に入った洋服屋には可愛らしく、動きやすそうな服が並んでいる。
「服の説明欄にしっかり『防御もカンペキ』って記入されてるし」
恐るべし学院、と思わず顔がひきつって苦笑い。
(そういえば首から学生証下げてない人もいるわね。ということは、この中には受験生だけじゃなくて現役の生徒も混ざってるってことかしら)
あまり違和感は無く溶け込んでいるけれど、きっとそれが彼らの目的なのだろう。
学院内で問題が起こる前に穏便に対処するのが彼らの仕事というわけだ。
「それにしても、目の前にこんなにも素敵なお店があるのに……はあ。皆まだ来ないだろうし、いっそどこかのお店に遊びに行っちゃおうかしら。そうよ、そうしましょう! そうと決まれば、遊んでるのバレる前に、全力を尽くして~~遊ぶわよー……おーっ!」
「何言ってやがる、アホ」
ポンッと頭の上に乗せられた手に反射で体が飛び跳ね、自身の手のひらで頭を擦りながら振り返る。
このぶっきらぼうで聞き覚えのありすぎる声の主は、言わずともがな我らが魔法の名師匠ノアさんだ。
四年前と比べると身長も伸び、私より頭一個分程差がある。
(昔は背丈もほとんど一緒で可愛らしかったのに。あの時のノアは一体どこへ行ってしまったのやら)
身長や知恵、魔法の能力などは大幅に変化した。勿論いい方へ。
しかし変わらないものもある。
「な、何……あのイケメン!!」
「オーラ違うわ。本当に人!?私たちと同じ生物だと言うのっ!!?」
四年前からそのイケメン度合いは健在で、むしろ大人びた顔に拍車がかかり、主に若い女性(ドS好き)からは人気が急上昇。
「秒でバレたことはおいといて、この大勢の中よく私の居場所がわかったわね。ユーリとシェリアは?一緒に入ったんじゃないの?」
「俺との感動の再会はおまけか」
「感動も何も………今朝だって四人で一緒に学院前まで行って、並んでる最中に皆受験生の波に流されてはぐれただけじゃない」
「だけって、お前なあ。まあいい」
呆れたような諦めたような、そんな言葉とは裏腹に、ノアの両手はビョーンと私の両頬をつねって左右に伸ばす。おかげで頬が赤く腫れた。
「い、いひゃい……」
「シェリアの方は知らんがあの居候ならあっちにいたぞ」
頬をつねっていた手を離し、何事も無かったかのように顎でその方向を指す。
その飄々とした態度に思わず足が滑って、
「ふんッ」
「いっ───つ!?」
あくまでも足が滑って、たまたまノアの太腿辺りにクリーンヒットしてしまった、という設定で行きましょう。
立膝を付き悶絶するノアを仁王立ちで見下ろし言い訳を並べる。
「これは事故よ。ついうっかり足が滑って──あいたっ」
「そんな言い訳が通用すると思ったか」
この後予定していた高笑いをする間もなくノアの定番デコピンによって言葉が遮られた。
「うぅ。ここ四年で私なりに考えたのよ。自分の人生全てをかけても一生ノアには敵わないかもしれないって……」
「抵抗するのを諦めてくれるならこっちとしても楽なんだがな」
「? それどういうこと?」
「バカで扱いが助かるってことだ」
「…………。なんですってえ!!?」
ほんの数秒のフリーズの間、脳内ではノアの言葉がやまびこのように響きながらとリピートされる。
その言葉の意味を理解した時にはノアの片腕をポカスカとグーで殴っていた。
「ちょ、おいやめろ、やめろって」
そう言うノアの表情は殴られているにもかかわらずとても嬉しそうに喜んでいた。
(この男、ドSかと思っていたけれど、もしやドM………?)
その考えが脳裏を過った瞬間、急に冷静になった。きっと近づいては行けないと本能が訴えているのだろう。
ピタリと動作を止め表情の感情を消しおずおずと後ろへ後ずさる。
「え? おい、ラヴィニア……なんでそんなゴミを見るような目で俺を見ている」
「……………」
「せめて何か言えっ」
「……………私は例えノアがそっちの人でもいいと思うわよ」
「???」
優しく諭すような笑みを向けその方に手を置く。
するとノアは訳が分からないといった様子で眉根を寄せた。
「おーーーいっ! 誰かーーーっ!」
何やら声が聞こえ耳を傾けると、他の受験生たちも視線を向ける。
「あっちでなんか乱闘騒ぎが起きてるぞーーー!受験生と学院生が女取り合ってるみたいだ!!今は他の生徒が対応してるみたいだけど。誰か先生呼んできてくれないか!!」
突然耳に入った暴動騒ぎ。
息もたえだえに走ってきた少年は首からかけている仮学生証を見るに受験生のようだ。
その後に継いでもう一人別の少年が呼吸を整え新たな情報を伝えた。
「ハア、ハア………学院生の、方は……中級生、だ……」
「「「!!?」」」
硬直したのは私たち受験生ではなく、主に生徒側の人達だった。
ここで言う上級生とは、五年生以上の人のことを言い。私たちがこれから入る初等部、その一つ上の中等部、更に頂点に君臨する高等部。
中等部からは本格的な実践訓練が始まり、高等部ともなれば、現役教師をも軽く凌駕する実力を持つことも有り得るという。
今騒ぎを起こしているのは中等部。少なくとも中等部に在籍して一年は経つ生徒だ。
そしてさらに悪い情報は、彼らが走ってきた方向は丁度ノアが先程顎でさした方と一致しているということだ。
「嫌な予感がするわね」
「その予感が当たらないことを祈る」
悶々と頭の中にある人物が浮かび上がり、お互い少年へ首を向けたままげんなりした顔に。
そこへ新たな情報が追加される。
「なんでもその受験生、金髪のものすごい美少年らしいぞ」
「もう雰囲気からして貴族だろアレは」
こそこそ囁く声に私たちの耳がピクピク反応する。
「金髪に貴族で美少年って……私、入学前からこんな騒動で目立ちたくないわよ……」
「俺だって面倒事はごめんだっての」
「だったら、なんで、一緒に連れてこなかったのよ!」
「それについては悪かったって。まさかこんな事になるとはな」
これがきっかけで入学式やクラスで馴染めずひとりで雲を眺めるだけの生活を想像し、身体が灰になって飛ばされていくよう。
(今私が助けに行ったらきっとかなり目立って後々事情聴取されたりして悪目立ちすると思う。
でもやっぱり、大切な家族を見捨てるなんてこと、ありえない!)
「ノア。ちょっと私に付き合ってくれるかしら」
「うちの姫さんならそう言うと思ってましたよ。というかそもそも、そのお願いに拒否権なんか与えてくれないでしょう。………ったく、面倒事は嫌いなんだけど俺」
そうして私達は走り出した。
ため息ついて頭の後ろをポリポリかきながら、ノアはいつものように私の横に並んで走る。
「ありがとう。迷惑かけるわね」
「今に始まったことじゃないからな。お礼はきっちりあいつに払ってもらう」
「お礼なら私が払うわよ?何がいい?欲しいものがあるなら何でもあげるけど」
「…………はあ。なんで俺、こんな世間知らずな姫さんのことを」
「え?」
「なんでもねえーよ」
前見ろ、と頭を強制的に前に向けられる。
く、首が痛い……
私たちが去った後の噴水の近くではさらなる情報が行き交っていた。
「そういや、さっき目撃した受験生の何人かが生徒会の人たちに事情説明しに行ったらしいぞ」
「えっ!? マジかよ……。生徒会って各学年のトップの成績のヤツらの集まりだろ」
「歩く校則って言われるくらい厳しいらしい。そんで、一番厳しいのは副会長らしいんだ」
「生徒会長じゃなくてか?」
「あー。そういえば、生徒会長って何者なんだろうな。普段あんま見かけないし、会長スピーチとかも全部副会長に任せてるし。噂だと色んな国を旅して学院長から言い渡された仕事をこなしているとか」
学院生さえもその存在を知る事が無い、王立ギルド学院生徒会長。
「どんなであろうと、生徒会長って言うからにはこの学院のトップなんだろ?」
「そう考えると、なんだか何も知らないってことが怖いよな」
投稿めちゃくちゃ遅くなってすみません!
次回は来週の金曜日です。




