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悪役皇女は二度目だけど溺愛ENDに突入中  作者: 人参栽培農園
氷の都編
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29話・春の都⑨

 


 騒いだってどうせ何かの魔法を掛けられて声が届かないようにされているだろうから、途中で文句を言うことをやめた。


 目隠しをされていると感覚が鈍るらしい。

 あれから何分経ったのかなんてもうわからなくなっていた。


「ほら、着いたぞ」


「着いたって、ここどこ───」


「ここまでお膳立てしてやったんだ。あとは上手くやれよ」


 地面に下ろされると拘束していた縄を解かれる。色々と疑問は山盛りだったけど、一番なぜ目隠しは外さなかったのか、ということだ。

 ポンと背中を押され咄嗟に右足が出てバランスを保とうとしたけれど、勢いに負けてよろめいてしまう。


(着いたって、ここどこなわけ……?だいたいあとは上手くやれって、意味わかんないんだけど……)



「───テオドロス?」



 その声に耳を疑った。聞き慣れた、けれど懐かしく感じた声。

 間違えるはずもない。何年も、生まれてから何度も聞いたのだから。


「…………父、さん……?」


 緩く結ばれた目隠しは何も触れずとも簡単に解けた。

 解けた瞬間最初に目に入ったのは驚いた顔をした父の顔。


「テオ……ッ」


 よろめいて低姿勢になった僕に両手を広げ名前を呼ぶ父の声。

 しかし、直ぐに伸ばした手を引っ込めて戸惑いを隠すかのごとく湖へと顔を背けた。


(どうして、僕を見てくれないんですか………またそうやって目を背けるのですか、父様………)


 行き場を失った手は情けなくも静かに自身の胸元へ戻り、唇を噛み締めるのと同時に拳に力が篭もる。胸元へあてられた自身の拳に視線を向けると、自然に俯いたような姿勢になる。


その時父のはにかんだ笑顔と嬉しそうな声が聞こえた。


「父さん、か。そう呼ばれるのは随分と久しぶりだな。そうか、これはラヴィニアさんが」


 聞こえた少女の名前に反射で顔を上げると、口に手を当て柔らかく微笑む父の姿があった。

自分に対して可笑しそうに微笑む父を見るのは何年ぶりだろう。


「あのっ、父さん………!」

「? どうしたんだ、テオドロス。そんな勢い込んで」

「っ、あ、えと……その………」


 なにか話さなければ、と焦って気がつけば父さんのがっちりとした手首を握ってしまっていた。

 だけどいざ向かい合ってみると何を言えばいいのかわからなくなって、余計に焦りが増してしまう。


(ラヴィニアやセドリックと同じように扱うわけにはいかない。父さんは父さんだけど、同時に国王で、僕だけの父さんじゃなくて………)


 言い訳は山のように出てくるけど、どれも本心とは言い難く、口から出てくる言葉といえば「あの」とか「えっと」とか。


「はっきり言いなさい。なんだって聞いてあげるから」

「……あ、……う……」


(父さんのキョトンとした顔が目に浮かぶ……)


 情けない、と自分を責めたのはこれが初めてではない。

 暗い表情で俯いて、ついには何も言えなくなってしまった。

 その時、後ろの草むらからガサゴソと物音がする。

 方向や距離からしてラヴィニアとノアの二人だろう。


『………ノア、今よ! 早くしないとむしろ関係が悪化しちゃう! 非常事態、そう、非常事態なのよ!』

『わかっているから、そんな急かすな』


 何に熱くなっているのか、ラヴィニアがノアの頭を両手を抑え込み『は~や~く~!』と急かしている姿が思い浮かんだ。

 見えてはいないのに簡単に想像できてしまうくらい、密接な関係になったのだと改めて思う。

 話し合っている内容はこの一部分だけでは読み取ることは出来ないけど、


(丸聞こえなんだけど。二人仲良く隠れるの下手なわけ?)


 呆れてモノも言えずと言った様子でため息を着く。

 父の顔は見れていない。どうせ僕があそこに隠れている二人に向けた視線と同じように呆れた目で見ているに違いない、そう思ったからだ。


「この氷の湖、最後に来たのはいつか覚えているかな」

「…そ、………れは…」

「…………覚えていないなら、無理に答えなくてもいいんだ。でもあの時の景色は僕が今まで見た中で一番美しくて尊いものだったんだ。覚えていないのなら、また見せてあげたいな……」


(覚えて、いるんです………ちゃんと、鮮明に、あの景色を……あの時、父さんも僕と同じように思ってくれていたって知れて、嬉しかった……!)


 声は出ない。ラヴィニアにかけたよな魔法がかかっているのでは無い。

 それほどまでに二人の溝は深く刻まれていた。


 頬を伝う涙はやがて地面へと落ちていく。

 身体中の力が抜けて腕が重力の赴くままに下へと垂れる。

 その時、頭上から父の喜びや驚きが入り混ざった声が聞こえた。


「テオ、見てご覧。湖が………」

「───?」

「湖の氷が全部………」


 父の声で顔を上げると、先程まで凍っていたであろう湖が揺れて、水面を作り、空の雲を美しく写していた。


(これは、リケーネの春!? でもなんで。あの二人が春の周期を知るはずも無い。ということはこれは全部──)


 思い当たることなんてひとつしかない。

 先日、自身の身をもって確かめたその存在。


「魔法…………?」


 その光景に目を奪われた。

 大袈裟かもしれないけれど、一切の身動きも取れず、親子揃って目を見開いていた。


 その背後の草陰では、二人の様子を静かに眺め『よしっ』とガッツポーズを決め込む少女の姿と、その隣で『上手くいっているな』としたり顔でニヤける少年の姿があった。


『いくよっ、オリジン!』

『オッケー、いつでもドンと来い!だよっ』


『──風よ、大地よ、大空よ。季節を巡らせその未来を現し給え──』


 目を閉じ、凛とした声で詠唱を開始する。

 微かに聞こえてきた詠唱と呼応するようにラヴィニアの姿は光に包まれていき、


「っ、眩し───!」


「テオ───っ!!」


 真っ白な光に襲われ、父の大きな腕の中に守られた。

 少し離れた場所にたっていたのに、光が瞬いた瞬間、すぐ側まで全力で駆けつけてくれた。

 その証拠に父の息はほんの少し乱れている。


 光は消え去り、まだ自然の明るさに慣れていない目をゆっくりと開ける。

 地面に違和感を感じたのはほとんど同時だった。


「っ!! なんで、今は冬期のはずなのに、どうして───………?」


 地面に手を着くと柔らかい感触が手を包み込む。

 雪一面だった銀景色はガラリと様変わりし、七色の草花で彩られた綺麗な花畑へ。

 かつて父と見た思い出の景色へと変わっていく様子に言葉を失った。


「これは………言葉も出ない程に……」


 父の一言で、自分が未だその腕の中にいることを認識する。


(い、いい今! 僕、ととととと父様に………っ!?)


 いつからか父を離れた場所からしか見ていなかったからか、急に距離が縮まったようでボンっと頭が噴火する。


『ああいうのをファザコンって言うのね』

『ああ。典型的なファザコンだな』


(………ちょっと黙ろうかバカップル)


 と、護身用で腰に仕込んでいたナイフを草むらへ向けて真っ直ぐ投げつける。

 鋭い音がビンっと張った音に変わったところを見ると、どうやら上手く交わされたらしい。


『ねぇノア、今の聞いた? カップルですって』

『カップルというよりは猛獣とその飼い主と言ったところだな』

『そう言うところよ。全く、素直じゃないんだから』

『俺はいつでも素直な良い子だ』


 何故心の声が伝わったのか。

 読心術でも覚えているのか?それとも既に別の魔法をかけられているというのか……

 心が読まれているなら油断も隙もあったものじゃない。


(人の心を読んだこと、後で後悔させてやる………)


「フフフフフフ………」


 左の口角だけを上げ不気味に笑う。

 それを恐怖の眼差しで見つめ返す父の姿。


「て、テオ……? おや、そこの草陰にいるのはラヴィニアさん………と、誰かな?初めましてだね」


 しまった、といった表情で慌てて立ち上がるお子様二名。

 それでバレていないと思っていたのか、とジト目で見下す。

 ギクッと肩を揺らし視線を泳がせるラヴィニアとは対象に堂々とした態度で一歩前へ出てくるノア。


「俺はノア。姫さんのお()りでここにいます」

「初めまして。僕のことは……その様子だと、ご存知のようだね」

「ええ、ほとんどおとぎ話の英雄扱いですよ。その見た目とは裏腹に圧倒的な武力と頭脳で戦場をかける皇帝の剣。前の職場でよく聞かされていましたから」


 丁寧な物腰で一礼し敬う心は持っているようだが、どこかぶっきらぼうな物言いをする。

 皇女であるラヴィニアに対してはもっと気兼ねない、というか遠慮のない言い方をするから、ノアの主人は恐らく皇帝だろう。


(だけど、昨日脅されてだいぶ恐怖を感じたはずなのに、それでも、自身の魔力を削ってまでこんなヤツを救おうとするなんて)


 ここまで他人に甘い人間は初めて見た。

 腹の底から何かが沸きあがるような感覚に襲われ、気がついた時には笑いだしていた。


「ぷっ、あはは! やっぱりあんたたちバカでしょ!バカで、お節介で、それでいてすっごくお人好し………いつかその善意につけ込まれても知らないよ?」


 ニッコリと不敵に笑い、目の前に立ち尽くす二人の顔を覗き込んで挑発する。

 突然大声で涙しながら笑いだした僕に、その場にいる誰もがポカーンとした表情で硬直し見ていた。


「テオ……? いつもと様子が少し違う気がするのだけど」


 心から心配する眼差しでおどおどと慌て始める父。両手で抱きしめるべきか、頭を撫でるべきなのかと父の両腕は上下左右に慌ただしく振られていた。


 礼儀正しく、いつでも丁寧に。誰に対しても物怖じせず、しかし周りを立てる未来の国王陛下。


 この肩書きにすっぽりと納まっていれば、いつか父さんが振り向いてくれると、そう思っていた。また昔みたいに戻れると思っていた。


(ラヴィニアを見ていると、いきあたりばったりな行動ばかりとって、相手を疑うことを知らない、無垢でバカで、それでも愛されているのが伝わってくる…………肩書きじゃない。本当の姿を見せもしないで殻に閉じこもっている僕とは違う)


 父と勝手に距離を置いて離れたのが誰だったのか。それは紛れも無い自分自身だと気付かされた。


 立ち上がり胸を張って、ノアのように堂々とした目で、ラヴィニアのように疑うことなく、父を見据える。


「生憎ですか父さん。これが本来の僕です。わがままで、憎たらしくて、生意気で、周りからの印象なんて気にもとめずに突き進んでいくのが僕なんです」


 胸に掌を当て叫ぶように、しかし強く訴えるように言葉を選ぶ。

 言い終えると後押しするかの如く一陣の風が背中へと吹き付け銀の髪が揺れる。


 静かな空間が続く。

 父は空を仰ぎ、湖へと視線を移し、最後に僕を見た。

 その瞳には先程映っていたテオドロス王子ではなく、一人の息子としてのテオドロスが映っていた。

 やがて父はポツリと呟き始める。



「………知っていたよ。知っていた、しかし忘れてしまっていた。ずっとずっと閉じ込めてしまっていたんだ。妻が亡くなり、僕達二人だけになって、守ろうとしていたことが、いつしか君を閉じ込めてしまうことになった」


「……………」


「妻のように君を失うことが怖かった。だから安全な城の中(場所)にずっとずっと閉じ込めて。それが僕達親子の溝を深めるとも知らずに」


「……………」


「ごめんね、テオドロス。息が詰まるくらい、苦しくなるくらい自分を傷つけて、それでも僕の為に君は何度も関わろうとしてくれたのに、僕は……」


「……父さん……」


「僕はその手を話してしまったんだ……っ」



 過去の自分を悔やみ、両手を強く握りしめて膝を着き、その場に項垂れる。

 そのエメラルドの瞳からは大粒の涙が溢れ出ていた。


「テオ王子は──

「ラヴィニア」

「っ」


 その様子にいてもたってもいられない、と身を乗り出したラヴィニアをノアは静かに首を横に振って制した。

 下唇を噛み切る勢いで口を固く結ぶラヴィニア。


(本当に、どこまでもお節介なんだから……でも、ありがと)


 このじゃじゃ馬皇女のおかげでようやく今自分が進むべき未来がわかった。

 胸に手を当てたまま一つ深呼吸をして呼吸を整え、笑顔を向ける。


「久しぶり、父さん」

「……テオ………?」

「この景色、懐かしい。昔も来たよね。あの時は母さんも一緒で………三人でこの花畑を眺めながらパンを食べていたっけ」


 腰に手を当てて一面に広がる花畑を見回す。


 楽しそうに花畑を駆け巡る僕とデタラメな走り方で追いかける父、それを遠くから見守る母の姿。

 今ではもう遠い過去の記憶───。


「また始めよう。間違いに気づけたらあとはやり直すだけ。そう教えてくれたのは他でもない父さんだよ」


「………また、やり直してくれるのかい?」


「あたりまえでしょ。僕は父さんの子供だからね!」


 当たり前のことを堂々と胸を張って言う僕に、「ぷっ」と吹き出して弾けるように爆笑し始める父。

 こんな風に笑う父は滅多に見たことがなかったから、僕を含めた三人は呆気に取られた表情で棒立ちになる。


 ハッと我に返り急に壊れたように笑いだした父の顔を除きみて、「と、父さん……?」とおそるおそる声をかける。


「あはは!ふふっ、そうだね、お前は僕の息子だからね。お前のそういう本性を隠し通すところはきっと僕に似たんだよ」


 白く長い指先で涙を拭う。

 ふふっ、と笑い声はまだ止まらないようだけど、「笑い疲れた~」とか言って少し体を落ち着かせる。


「政治の世界では僕はだいぶ恐れられている。国民からはおっとりした癒し系国王として見られている」


「今自分のこと癒し系って言ったわよ……」

「そういうことは気づいても気づかぬふりをするんだ」


「聞こえているよ、二人とも」


 笑顔だが目が笑っていない。ブリザードの吹き荒れる極寒の地で凍死する勢いでピシッと固まる。


 その様子が可笑しくて、楽しくて、また盛大に笑い出す。


(今日はよく笑う日だな。これからも笑える日が続いたら……いつかきっとあの人とも一緒に)


 脳裏をよぎる()()()の姿。

 明るく未来には必ず影が差す。

 長いまつ毛が未来への不安と呼応して僅かに揺れる。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ラヴィニアとテオドロスは子供らしく湖の浅瀬で魔法を駆使した水の掛け合いを行っていたり、攻撃力の低い魚型の小型モンスターを狩ったりと元気に遊んでいる。

 訂正しよう。あれはただの子供ではない。野蛮な原始人だ。


「ノアくんは混ざらなくていいのかい?」

「俺は見ているだけで十分楽しいんで」

「ふふ、おじさんみたいだね」

「現役の人に言われたく無いですけどね」


 生い茂る木々の木陰で休む精神年齢おじいちゃんの俺とサミュエル陛下。

 寝転がった格好の俺と後ろに置いた両手に体重をかけ湖で楽しそうに笑う二人を微笑ましく見ているサミュエルは、見た目を除けば完全にどこにでもいるおじいちゃんだ。


「今日はお疲れ様、そしてありがとう。君たちのおかげで僕はまたあの子の父として隣に立つ資格が戻った気がするよ」


 愛おしい息子を見守りながら感謝を述べるサミュエルは初めと違い、しっかりと父親の顔をしていた。


「感謝ならラヴィニアに言ってください。この花畑もラヴィニアが魔法の練習を努力した結果ですし、何よりあいつ自信がこの結末に満足しているんで」

「ふふ、そうだね。後で伝えておこう」


 柔らかい笑みは本当に女のようで、顔立ちもとても整っているため余計に女性に見える。それもかなりの美人。


「紅茶をご用意致しました。ぜひノア様も」

「あ、どうも」


 優雅に紅茶を注ぎ入れるのはテオドロスの執事であるセドリックだ。

 王室執事なだけあって、手際の良さが引き立っている。


 優雅に紅茶を飲みながらサミュエルは遠くを眺めて話し出す。


「………本当はね、ラヴィニアさんとテオを婚約させようと思っていたんだけどね」

「ぶフッ!!?……ゲホッ……ゴホッゲホッ…!」


 とんでもないカミングアウトに飲んでいた紅茶を吹き出す。

 むせてしまった俺の背中をサミュエルが、「大丈夫かい?」と驚きつつもさする。

 だいぶ息継ぎも楽になったため、背中をさするサミュエルを片手の手のひらを差し出して制止した。


「……ハァ、ハァ……俺の聞き間違いかもしれないんですけど、今、婚約って……?」


「うん。言ったね」


 バキューンと豪速球に胸を撃ち抜かれた気分だった。

 実際、俺は今自分でも驚くくらいショックを受けている。


(そりゃあ皇女だからいつかは婚約して結婚するだろうとは思っていたし、俺がそれを否定することなんてできるはずがない)


 晴れやかな景色の中にズーンと暗く沈んだ場所が一点。

 紅茶のおかわりの準備をしていたセドリックまでもが俺を慰めてくれる。


「でも諦めたよ」

「…………は?」

「彼女のことは諦めた。彼女にはもう相応しい人がいるみたいだしね」

「………相応しい人、って誰だ………?」

「エルヴィスもエルヴィスだけど、君も君だね」


 やれやれ、とテオドロスそっくりなため息。さすが親子。嫌なところばかり似るもんだ。


「僕が相応しいと思ったのは君だよ、ノアくん」

「すいません。俺、幻聴が聴こえているみたいで………なんて?」

「ノアくん、ノアくん。それ幻聴じゃないって」


 耳に手を当てもう一度その言葉を促す俺に、「面白いね~ノアくんは~」と片手を上下に扇ぎながら呑気にヘラヘラ笑う。

 こっちはそれどころじゃねーよ、と心の中でツッコンでおいた。


「といっても、エルヴィスには即答で却下されてしまったのだけどね。ハハハ~」

「ハハハ~、じゃありませんよ。それを早く言えってんですよ」

「語彙がこんがらがっているよ、ノアくんや」


 サミュエルの緩いツッコミは放っておく。

 俺は両手で額を覆いごちゃ混ぜになった気持ちを溜め息として吐き出した。


「うんうん。これぞ若者ってね。エルヴィスは反対するかもしれないけど、僕は応援しているよ!」

「ちょっと待て。俺がラヴィニアを好きだとか、そういうことについてはもう肯定されているのか……」

「あんなに必死に頑張っていたから………違うのかい?」

「俺に聞かれましてもね………」


 湖を向いている俺からは見えないが、サミュエルが今、ヘラヘラしたお気楽な顔でこっちを見ていることだけはわかる。


(そもそもこういう色恋の話は親子どころか、こんな年頃の少年にするもんじゃないだろうが)


 ラヴィニアをどう思っているか。その質問をされた時、俺は決まって「主」だとか「生徒」だとか、時には「妹のようなもんだ」と答えていた。

 いつもは大抵遠回しに聞いたり、あのバカどもも揃っている時に聞かれていた。

 だからいざ真正面から聞かれてみると少々返答に困ってしまう。


「俺はラヴィニアが()()なのか………?」

「ふふ、それは君にしかわからない事だよ。青いね~いいね~。テオにもいつかこんな日が来ると思うと…………」


 ズーンと凹んだのは俺ではない。

 息子の将来を思って涙する父親。ついさっきまであんなにギクシャクしていたというのに。

 テオドロスも親離れできていないが、サミュエルも子離れができていないようだ。


(テオドロスはまだまだ子供だし、もう少しくらいはいいと思うけどな)


 親子の大切さは俺もよく知っている。


「今まで俺は、ラヴィニアを守らなくてはいけない大切な存在だと認識していた。今もそれは変わらない」


 サミュエルは何も言わずただ黙って俺の話を聞いていた。


「でも、今は少し違う。俺はラヴィニアが好きだ。初めてできた、自分をかけて守りたいもの」


 湖ではちょうどラヴィニアが魚を捕まえた瞬間が目に入った。


 ──好きだ。


 口にすると小っ恥ずかしい気持ちになるが、嘘ではないのだとわかる。

 万遍の笑みで魚を掲げるラヴィニアは何よりも輝いて見え、顔が綻んでいることに気づく。


 取った魚を自慢しようと体を俺の方へ向けるラヴィニア。

 高く一つに結った赤い髪が風でなびいている。


「俺はあいつが幸せなら、それでいい。

 たとえ一緒になれなくたって、それで構わない」


「君はそれでいいのかい?」


「あいつの幸せが俺の幸せだって、今ならはっきり言ってやれる。あいつが俺を選ばなくたって、どんな奴を選んだって、あいつが選んだならきっと大丈夫だ」


「………最近の子供はみんなこんな大人なのかい? 君は、もう少し欲張るべきだよ」


 悲しげに笑い湖へと視線を移す。


 ラヴィニアが勢いよく水面を蹴り、水しぶきは高く上がった。




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